2016-12-14

忠臣蔵 もう一つの歴史感覚 : 渡辺保

『忠臣蔵 もう一つの歴史感覚』 渡辺保

「忠臣蔵」はなぜこれほどうけるのか。「忠臣蔵」をつくったのは本当はだれなのか。
 
 歴史的事実と人々の幻想が綯交ぜになって生まれた「忠臣蔵」という物語そのものを狂言回し的な位置に配して、そこに関わった人々の姿、生き様、そこで起こった出来事をたどり、その深層を見つめる。

 武家社会での出来事に「金」と「恋」という市井の感覚を持ち込んで忠臣蔵の基となる芝居を作劇した吾妻三八。歴史上の大石内蔵助を芝居の大星由良之助へとつくりかえ完成させていった宗十郎、菊五郎、九代目團十郎の芸と精神。おかるを演じてその恋を体現し自らも恋に生きた中村松江。竹田出雲ら竹田一族がからくりの技術を通して得た世界観とドラマづくりのシステム。元禄十四年三月十四日、元禄十五年十二月十四日、元禄十六年二月四日、それぞれの日に現実の世界で起きた出来事。

 ひとつひとつが「忠臣蔵」をめぐって息づく小宇宙。



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2016-12-03

有頂天家族 二代目の帰朝 : 森見登美彦

『有頂天家族 二代目の帰朝』 森見登美彦

「我が子が鍋に落ちそうだっていうのに、どうして父上は笑ってるんです?」

「我々は狸だ。笑うべきでないときなどない」

「狸というのは健気なものだね」

 天狗と狸と人間の三つ巴でぐるぐる回る浮世の物語『有頂天家族』第二弾。

 落魄の老天狗・赤玉先生こと如意ヶ嶽薬師坊の二代目が突如欧州から帰国した。かつて三日三晩にわたり天地をどよもす大喧嘩をやってのけた父子の再会に京都の街は緊張を高める。一方、狸界では陰謀渦巻く果てしない覇権争いが続き、人間界では狸を喰らう怪人たちが暗躍する。そんな中、糺の森の下鴨四兄弟にもそれぞれに狸生の岐路がおとずれ・・・。

 考えてみれば、なかなかにハードな暴力と愛憎の物語なのに、舞台を右往左往しているのがふはふはした毛玉たちだというだけで、こんなにものほほんとした気持ちで読めるものか。

 己が身体に流れる阿呆の血をいかんともしがたい狸たちの笑いには、したたかさと無力さ、喜びと哀しみが混然一体となっていて、とても切ない。

『有頂天家族』感想http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-281.html



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2016-11-19

オーケンの散歩マン旅マン : 大槻ケンヂ

『オーケンの散歩マン旅マン』 大槻ケンヂ

 大槻ケンヂの古いエッセイ、再読。

 このところ日々のホントに小さな小さな小さな・・・ストレスの蓄積で心がささくれだってる自覚があったので、何か優しいものを摂取したかったのだ。

 オーケンが色々と大変だった時期に書かれたエッセイが多いようで、全編に漂うローな感じが、あまり好調とはいえない今の私には心地良い。

 バンドのツアーでいろんな街に行く。何もかもが嫌になってふらりと旅に出る、ぽっかり空いた無為な時間にほてほてと散歩する。バッグには何冊かの旅友本。

 どれも穏やかに凪いだ気持ちにさせてくれる、うら寂しくも思いやりに満ちたエッセイの中で、白眉は(というと大袈裟だろうか)「熱い湯にとっぷりとつかりたい」と思い立ったことから始まった一日の顛末を書いた「熱海の手前でカレーを食べた」

 都内の温泉に行こうと最寄の駅に向かったはずが、駅ビルで文庫本を2冊買うとどこか遠くに行きたくなりそのまま熱海へ。駅ビルで買った本を車中で読みつつ(ここでの小さく「!」なエピソードは本好きにとってはプチご褒美的なワクワクする話)、「海が見えた」と降りたったのは熱海より少し手前の駅で・・・。あまりにさらさらとした純粋に自由な一日が、色々な関係やつながりから切り離されてしまった(あるいは自ら断ち切った)寄る辺のなさを際立たせて、ちょっとたまらない気持ちになる。

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2016-11-05

雷の季節の終わりに : 恒川光太郎

『雷の季節の終わりに』 恒川光太郎

 恒川光太郎の描く世界に触れると、いつもどこか傷つけられたような気持ちになる。だが、その傷は必ずしも不快なものではなくて、むしろ切なく懐かしい。

 この世の地図からは隠された地「穏(オン)」 ~ 春夏秋冬の他にもう一つ、雷の季節を持つ世界。雷の季節に起こる不思議は魔物の仕業。公然と語られることはない「穏」の闇。風の魔物「風わいわい」憑きの少年・賢也にふりかかる数奇な出来事と、その残酷な運命を生き延びた少年の物語。

 賢也少年は残酷な異界を生き延びた。しかし、彼の進んだ道は彼の意志や力によって拓けたものではない。圧倒的な力はいつも世界の方にあって、少年は世界の巡り合わせの中でいくつかの選択を強いられたに過ぎない。

 旅の終わりはどこか虚ろだ。異界を行く賢也と共にあったもの・・・風にのって様々な生を渡る不死の鳥~呪いであり祝福でもある「風わいわい」も去った。そして通り抜けてきた異界は怖ろしくも懐かしい。




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2016-10-22

青蛙堂鬼談 : 岡本綺堂

『青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二』 岡本綺堂

 「青蛙堂主人」を名乗る好事家に招かれた男女が一つずつ怪談を語るという体裁で十二のお話しを収めた『青蛙堂鬼談』と、附録として「梟娘の話」「小夜の中山夜啼石」の二篇。

 タイトルは「鬼談」となっているが「奇談」とも「綺談」とも呼べそうな、不可思議で怖ろしい、とともにどこか風雅の香りのする怪談集。

 往来の多い渡し場のある利根川の岸に立つ座頭(「利根の渡」)。夏~秋~初冬と移っていく信州の山の季節感(「兄妹の魂」)。上野広小路の道端に薄い蓙をひいて夜店を出す落ちぶれた浪人風の男(「猿の目」)。満州の戦地の村の柳(「窯変」)。竹藪が繁り狸や貉の棲家であった明治半ばの新宿あたりの様子(「黄い紙」)。月夜に冴える笛の音と月光に照らされる芒の河原(「笛塚」)。泣き弱ったこほろぎの声がきこえ、九月の末でも火鉢をひき寄せたいくらいの夜寒がしみる白河の旧家の奥座敷(「龍馬の池」)。

 情景の描写が鮮やかで艶めかしく、昔の歌や物語の舞台になった土地に心が旅するような楽しみもある。




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2016-10-08

マインド・クァンチャ - The Mind Quencher : 森博嗣

『マインド・クァンチャ - The Mind Quencher』 森博嗣

 物語が始まった時、ゼンは「自分が何者であるかを知らない若者」だった。絶え間なく思考することで自分という存在を、自分が存在する世界を量り、都へ向かう旅の途中で人と出会い交わって世の中の仕組みや様々にからまる人の思惑というものを知り、幾多の強敵と刀を交え、その軌跡のひとつひとつを身体に刻み・・・

 ゼンの行く道筋は螺旋を描くように一周し、彼はまた「自分が何者であるかを知らない若者」となった。だがその自然な在りようは、「私」というものについて思考することで「私」を見出していた旅の初めの彼とは位相を異にしている。

 剣の道を究め、究めて行き着く先・・・そこでは、思考する「私」は消える。「無」・・・それは死に近い。剣の道の究極にある「無」と自分がこの世の中で生きていることの矛盾。何だか仏教的な問いだ。ゼンはいつか答えを見つけるだろうか。

 あまりにも大きな人々の思惑に関わることになってしまったゼンの行く末が少し心配になった。だが、ゼンはそのような思惑には関係なく、自分に見える道を行くのだろう。




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2016-09-24

その日の天使 : 中島らも

『その日の天使』 中島らも

 久しぶりにらもさんのエッセイを読む。この本自体は初めて手に取るが、内容はほとんど他のエッセイ集などに収められていたもので、何度か読んだことがあるものが多い。

 10代の後半から所謂「大人」になる頃までらもさんのエッセイをたくさん読んだ気がする。もうゥン十年も前のことなので、いつ何を読んだとか細かいことは覚えていないのだけど。思えばその頃は、私もそれなりにうっすらとした暗黒の中にいて、その中でらもさんの言葉を読んでいた。私の魂の何割かは、らもさんの言葉で養われたと思っている。

 ・・・と、私の血肉の一部とすら思っていたらもさんの言葉なのだが・・・、久しぶりに読んでみると何だかよくわからない・・・のだ。この言葉たちは、らもさんの何処から、らもさんが何を想って・・・生まれたのだろう? らもさんは何を見ていたんだろう?

 あの頃の私には、らもさんの言葉がわかっていたんだろうか? 独りよがりな共感をしていただけなのかも知れない・・・けれど、今よりは「わかって」いたようにも思う。らもさんの言葉の中に感じる、らもさんの「きれいさ」に私は救われ、守られ、養われていたのだろう。

 ユーモア、笑い、苛立ち、怒り、絶望、恋愛、病、薬物、中毒、仕事、生活・・・色々なものを語る言葉の中からキラリとこぼれる「美しいもの」に胸をうたれる。

 らもさんは私の天使だ。



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2016-09-10

すぐそこの遠い場所 : クラフト:エヴィング商會

『すぐそこの遠い場所』 クラフト・エヴィング商會

 あぁふ・・・心地良い時間を過ごした・・・。

 様々な種類の「白い紙」だけを販売する紙肆。永遠の夕方のような街の「本物の夕方」にだけ走る小さい列車と果てしなく長いプラットホーム。内部にみっしりと宇宙を充たした劇場。筆談のみで過ごす長い長い夜に食す幾皿ものオードヴル。夜光虫のように光る楽譜を手に森と荒野をさまよいながら世界を司る音楽をかなでる<かなでるものたち>。

 そんなものたちのことをとりとめもなく記したこの不思議な事典を開いている間、「私」という意識は消えて、AZOTH(アゾット)なる架空の世界で書かれた架空の事典を読む「架空の人」となって時をすごしていたようだ。

 つまりは私もこの事典に記されているような、AZOTHを訪れる「過客」になれたということだ。




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2016-08-27

シン・ゴジラ

『シン・ゴジラ』  監督:庵野秀明

 かつてゴジラ映画に夢中になった少年であり、今もゴジラを愛するおじさまである私の絵の先生が「良かった」とおっしゃっていたので観てみる気になった。

 「ゴジラ」にはたいして興味がなく、私にとって「ゴジラ」とは半ば「商品化されたキャラクター」だった。が、この作品の中のゴジラは「わけのわからない怖いもの」だった。ゾッとした。

 以前、山本弘の小説『MM9』の感想にこんなこと↓

 『人智を超えた怪しいものが人間世界に侵入し人々をパニックに陥れる「怪獣小説」としても、「気特対」職員たちの日々の活動と奮闘ぶりを描いた「お仕事小説」としても、「怪獣」という存在をいかに説明づけるかという「SF小説」としても面白い。』

を書いたが、『シン・ゴジラ』も「わけのわからない圧倒的恐怖」を描いた「怪獣映画」であり、政治家たちや自衛隊、米軍の仕事ぶりを描いた「お仕事映画」であり、「ゴジラ」を科学的に理屈づけた「SF」であり、自分の知識と能力に自負を持つ普段は煙たがられてる専門家(オタク)たちの活躍ぶりが痛快なエンターテイメントであり、複合的に面白い作品だった。さらに、SFと神話的、観念的な世界が近接してる風味があとをひくというか・・・。

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2016-08-13

百器徒然袋 風 : 京極夏彦

『百器徒然袋 風』 京極夏彦

 やはりどうも・・・これがあの『京極堂シリーズ』と同じ世界でのお話とは思いにくい。スピンオフを通り越して、デフォルメされた三頭身キャラでお届けする作者自身による二次創作的お遊び・・・っていう感じがしてならんのだが。シリーズ前作の『百器徒然袋 雨』よりもいっそうノリは軽く、味わいは薄くなったようだ。

 「五徳猫」「雲外鏡」「面霊気」の三篇が収められているが、引き起こされる事件はどれも人の心の闇などではなく現世の金銭的な欲から生まれた下世話で即物的なもので、妖怪のような妖しい事物に結び付けようとするのはどうも無理がある。こんな俗な事件のために京極堂が蘊蓄を語り、唯一無二の「探偵」榎木津が乗り出すのはもったいないような気がしてしまうんだなぁ。『京極堂シリーズ』コメディver.として楽しめばいいのかもしれないけど。

 最後、「ちょっといい話」になってるのも、いいんだけど、いいんだけど・・・確かに胸がちょっと・・・“ぽっ”としてしまうんだけども・・・でも、何かちが~う!



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