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2014-01-04

ハーモニー : 伊藤計劃

『ハーモニー』 伊藤計劃

 体内にインストールされた「WatchMe」によって人は常に監視され、身体的、精神的に害悪となるものは全て未然に除かれる。わたしの一部であるはずのものをわたしの外部にゆだねることで、誰もが健康で優しくあることができるように調整された社会に抗うべく、自殺を企てる三人の少女。彼女たちの企ては失敗し、不協和音を内包した社会は、更なる完璧なハーモニーを奏でようと動き出す。
 

 わたしは物理的に存在するのか。わたしは記述された存在なのか。わたしが「わたし」であることに、「わたし」がわたしを駆動することに疲れた時、例えば「諸法無我」という言葉は魅惑的に響く。しかし同時に、わたしという身体的限界、「わたし」という意識の限界の内にあるわたしは、その言葉を恐れる。

 わたしの絶えざる問いの中にあった「諸法無我」の境地が、化学物質とテクノロジーによって社会にもたらされ得るものになったとき、世界の無数のわたしには何ができるのか。

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theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2013-12-28

極楽長屋 : 岡田屋鉄蔵

『極楽長屋』 岡田屋鉄蔵

 世間からはじかれたものたちの吹き溜まり、地獄のような極楽長屋の住人達の人情話。どうにもならない事情を抱えた人たちのお話しですから、切なく悲しい結末もちょっとは覚悟しながら読んだのですが、ラストは寂しくもじわっと温かくて、ほっとします。

 定町廻り同心と見世物小屋の太夫のお話~二話目の「怪童子と熊」に登場する五尺八寸の女形・金太郎太夫がもうね~すごく良いキャラクターです。女らしくて、男らしくて、優しくて、可愛らしくて、逞しくて、三浦屋の揚巻が十八番の金太郎太夫。私も太夫に癒されたい~。


 町の人々の中に、眼鏡の色男がいる!と思ったら、あれは『ひらひら  国芳一門浮世譚』の藤太郎兄さん?




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theme : マンガ
genre : 本・雑誌

2013-12-22

ひらひら 国芳一門浮世譚 : 岡田屋鉄蔵

『ひらひら  国芳一門浮世譚』 岡田屋鉄蔵

 武者絵で一世を風靡した歌川国芳一門の浮世日記というか、これは・・・ちょんまげ色男たちの豪華グラビア! 藤太郎兄さん(歌川芳藤)の、丸眼鏡の奥の切れ長の眼差しから放たれる色気がヤバい。国芳のパトロン・遠州屋佐吉さんのタレ気味の三白眼に厚みのある唇なんて、何かもう凄いくらいの・・・。

 身投げしたところを国芳に拾われた若者~五歳の年から十五年間を父の仇討だけに費やして、人間らしいことを何一つ味わうことなく過ごしてきた田坂伝八郎の話が軸になる。過去に脅かされ、どこか虚無的だった伝八が、師匠、兄弟子、姉弟子、おかみさんたちに見守られ、浮世のすべてを糧にして絵を描く、「芳」の字を背負う絵師になるまで。

 国芳が懐に入れた伝八は何やら謎の過去を背負った不器用者。シリアスなお話でもあるはずなんだが、とにかく師匠・国芳をはじめ一門の男前たちがよってたかって、伝ちゃん可愛いや、わっしょいわっしょいなんである。微笑ましいことこの上ない。


 続編はあるのかないのか・・・ 一門の他のキャラクターを中心にしたお話もあったらいいなと思う。




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theme : 漫画の感想
genre : 本・雑誌

2013-11-30

梟の系譜 宇喜多四代 : 上田秀人

『梟の系譜 宇喜多四代』 上田秀人

 岡山城ってこれまであんまり気にかけたことがなかったのだけど、昨夏、青春18きっぷの旅で訪れた折、天守閣内の展示パネルの一つに城主にまつわる黒い噂が記されているのを見て、この城の主となった宇喜多直家にむくむくと興味がわいたのだ。


 主君・浦上宗景と同輩・島村豊後守の謀略により非業の死を遂げた猛将・宇喜多能家。武将としての才に恵まれなかったために、むざむざと父・能家を死なせねばならなかった興家。宇喜多家再興…祖父・能家と父・興家の怨念を背負い、城を落ちのび浪々の身となった幼き八郎~後の直家。

 岡山城の展示パネルに多少遠慮がちに記されていた直家にまつわる黒い噂。その噂どおりの毒々しい悪人ぶりを期待したのだが、商家の庇護のもとで金や物資の流れと世の中の動きを肌身で学びながら成長した直家は、物事の趨勢を見るに敏な知的な武将として描かれる。その日の食べ物にも事欠く父子二人での流浪の身から、備前だけでなく備中、美作の一部を支配するまでになったその道筋には、数々の暗殺や謀略が用いられているが、それは力と数に劣る者が生き延びるために考え抜かれた道理にかなった策であり、直家は共に辛酸を嘗めた家中の者たちを何よりも大切に思う「いい人」である。

 直家がなんだか「いい人」であるせいで、病に侵された自らの死さえも戦略として使いながら、織田に与し、毛利と対峙することに賭けた直家の、

 『小早川の信用と、宇喜多の悪名、勝つのはこちらだ。乱世ぞ。人を信じては生きていけぬ』


 という、格好いいはずの「悪党の台詞」が多少迫力に欠けるのである。直家その人よりもむしろ、直家に過酷な宿命を背負わせた能家、興家の怨念の方が怖ろしく思えた。

 直家の後を継ぎ、豊臣家の五大老になった秀家については、終章でわずかに触れられるのみ。しかも、ちょっと酷い言われようである。作者は秀家が嫌いなんですか?




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theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2013-09-21

薔薇の名前 : ウンベルト・エーコ

『薔薇の名前』 ウンベルト・エーコ

 映画『薔薇の名前』が公開されたのは、私が高校生の頃だったろうと思う。スチル写真で見た、中世の修道僧を演じるショーン・コネリーが素敵で、“いつか『薔薇の名前』を読もう。”と、ず~っと思い続けてきたのだ。(なぜか映画を見ようとは思わなかった。)

 しかし、そもそも翻訳ものが苦手であったのと、『薔薇の名前』が衒学的で難解な小説と言われているらしいということもあって、チャレンジする勇気がないまま今まできてしまった。

 で、20年以上敬遠してきた『薔薇の名前』に、意を決してというか、蛮勇をふるってというか挑戦をしたのだが、「手記だ、当然のことながら」と記された冒頭部分~中世の修道僧アドソの手記の写本を入手し、それを訳出し公開するに至った経緯を語る、本編の前置きとでもいう部分を読んでいる時点で、「無理だ・・・」と心が折れそうになった。作者が何を語ろうとしているのかまるっきり理解できない。“いったい何を言ってんだ、この人は?”

 “やはり読むのをあきらめようか”と思う心を励まし「プロローグ」を読んでまた挫けそうになる。世界史をちゃんと勉強したことがないので、宗教的背景はもちろん歴史的背景がまったくわからない。「神聖ローマ帝国って何?」というレベルである。

 半ば投げやりな気持ちで、それでも読み進める。すると・・・、異端審問に宗教的な図像たち・・・雰囲気ありすぎな中世の僧院を舞台に繰り広げられる書物をめぐるミステリーとして面白く読めるのだ。たとえ、ウィリアムたちの会話の中で話題にされ、参照される数々の書物がどういうものなのだか知らなくても・・・。

 写字室で一つずつ筆写される文字、施される細密画。迷宮のような文書館に秘蔵される書物への、学僧たちの激しい好奇心、知への欲望。何事かを記した書物が、あるいは書物に記された何事かが、人を動かし、狂わす。こんなにも深く書物に耽溺する人々を羨ましくも思いながら、僧院に起こる惨劇を、謎を解こうと奮闘するウィリアムとアドソの姿を眺め・・・

 読み終えて本を閉じ、“ああ、皆、行ってしまった。”という寂寥感の中に取り残されている自分に気づく。


 今は、『薔薇の名前』に惨敗した心を、ショーン・コネリー演じるバスカヴィルのウィリアムの素敵な姿に慰められたいと思う。秘密の地下通路を、文書館の迷宮を歩き、推理するショーン・コネリーの姿を見たい。・・・我が家にDVDプレーヤーがあるものならね。(そう、我が家にはDVDプレイヤーが無い。)




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theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2013-09-14

ブッダはなぜ女嫌いになったのか : 丘山万里子

『ブッダはなぜ女嫌いになったのか』 丘山万里子

 「道成寺もの」への興味から、何年か前に「蛇になる女」関連の本をいくつか読んだときに、「蛇になる女」のルーツが仏教にあることを知り、仏教の女性に対する嫌悪の激しさ、極端さに困惑した。

 著者は音楽評論を専門とし、現代音楽を理解する上で必要な東洋思想を学ぶうちに、生まれたばかりの息子に「ラーフラ」=「邪魔者」と名付け出奔したブッダの姿に素朴な疑問を抱いたという。

 原典を読み込み、解釈し、作品を再創造するという音楽演奏の手法に倣って、著者は原始仏教経典に残された痕跡から、出家前…王宮でのシッダッタの青年期を、その身近にあった三人の女性 ~ シッダッタの誕生後間もなく亡くなった「まぼろしの母」マーヤー、マーヤーの妹であり亡き母の面影を写す養母マハーパジャーパティー、シッダッタに捨てられた妻ヤショーダラー ~ との関係を中心に考察する。

 あくまでもそれが推論であることを自覚しつつ、知的探求の領域を逸脱しないよう抑制をきかせながらも、仏典に記された言葉の中に、それを語ったブッダという「人」を見つけ出そうとする著者の眼差し、大胆にめぐらされる想像力によって語られる、愛に渇き、愛に囚われ、まさに「蛇になる女」たちの間で愛に苦しむ若きシッダッタの姿。

 ひとは、例えば「愛」などという抽象的なものに漠然と悩んだりはしない。具体的な誰か、このひととの愛にこそ、じりじりと悩むのだ。
 若きシッダッタが囚われた愛執や愛欲も、自分ではない誰かと誰かの関係や、そのさまを他人事として見て、愛執の苦しみとはこういうものか、などと了解したのではなかろう。明らかに自分と誰かとのどうしようもないかかわりの中で実感したことのはずだ。


 仏教が宗教として確立されている今では、どうしてもそれが説く抽象的思考にとらわれてしまいがちだが、このような著者の視点、言葉は、仏教という世界的宗教のルーツが一人の生身の人間であったことに気づかせてくれる。

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theme : 読書メモ
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2013-04-20

平家物語の怪 能で読み解く源平盛衰記 : 井沢元彦・大槻文藏

『平家物語の怪―能で読み解く源平盛衰記』 井沢元彦・大槻文藏

 名古屋能楽堂のオープンを記念して行われた「能で観る平家物語」という企画での講演を書籍化したもの。この企画は、より多くの人に能を観てもらうため、能の演目の中でも数多い『平家物語』に関連する曲の中から十二の演目を選び、能の上演に先だって背景となる歴史や精神性について井沢元彦氏が講演をするというスタイルで行われたものであるとのこと。

 「能を観る」という気持ちが盛り上がるよう上手く構成されている。収録された井沢氏の講演は歴史解説としてはちょっとざっくりしすぎで物足らなくも感じられるのだけど、後に能の上演が控えてると思うと、それぞれの演目の主人公となる人物への興味がわき、その人となりへの一定の理解も準備できるといった、程よいウォーミングアップになっている。

 井沢氏のお話しの後には、観世流シテ方大槻文藏氏による、使用する面や、演じる上での工夫、様々な演出についての解説が付されており、これが抑えた語り口ながら演じる方の実感のようなものが感じられて、もう一段階ぐっと、これから演じられる能への興味・期待が高まる。

 ・・・で、“さあ、能を観よう”と身を乗り出すのだが、“あ、能の上演はついてないんだった・・・”っていうのを、きっちり十二回分繰り返してしまった。できれば「能を観る」のとセットで楽しみたかったなぁ。


 とりあげられているのは以下の曲

「松山天狗」…保元の乱に敗れ讃岐に流された崇徳院の怨念
「鞍馬天狗」…義経に力を与え守護した鞍馬天狗
「俊寛」…平家崩壊の序章。俊寛の孤独。
「頼政」…平家への反逆の狼煙をあげた頼政の修羅
「巴」…義仲と共に死ぬことができなかった巴御前の妄執
「清経」…行く末を悲観し自殺した清経。滅ぶ平家の悲劇。
「忠度」…一の谷の戦いに敗れた忠度の歌への執着
「屋島」…義経の亡霊が語る屋島の激戦
「船弁慶」…義経一行を襲う知盛の怨霊
「二人静」…義経を恋うて舞う霊に憑かれた菜摘女と静の亡霊
「安宅」…奥州へ落ちていく義経一行。主君義経を守り抜く弁慶。
「大原御幸」…後白河法皇の前で建礼門院が語る壮絶な懺悔話




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2013-03-02

夜の写本師 : 乾石智子

『夜の写本師』 乾石智子

 魔道師たちの書庫を埋める、世界中の文字、草花の名前、岩石の成分、国々の歴史、数々の魔法・・・ありとあらゆることを記した膨大な蔵書。書物を使って発動する魔法。写本工房の棚に所狭しと並べられ、作業台に広げられた様々な種類の皮や紙、インク、羽ペン。精巧に書写されるひとつひとつの文字。施される装飾。作中に息づく書物の気配にドキドキする。


 右手に月石を、左手に黒曜石を、口には真珠を含んで生まれてきたカリュドウ。月と闇と海~三つの品はカリュドウが背負った永きにわたる因縁のしるし。

 カリュドウは彼の誕生に立ち会った女魔道師エイリャのもとで成長する。が、まだ幼く自分が何者かを知らないカリュドウの目の前で惨殺されるエイリャ。自分が灼熱の闇に焼かれ、満たされ、染まっていくのを感じながら、エイリャを殺し、その力を奪った大魔道師アンジストへの復讐を誓ったカリュドウは、魔道師とは異なる魔法~記された文字の力を操る「夜の写本師」の修業を積む。


 暗い海のざわめきと月の光、闇の色彩の中、たっぷりと装飾的な言葉で紡がれる魔法と呪いと力と命の長い長い因縁の物語。物語を紡ぐ言葉の濃厚さに比べ、主人公カリュドウをはじめ登場人物たちの影がやや薄い・・・か? しかし、怨みや呪い、復讐といった暗い感情だけでなく、力強い生命力を湛えて描かれる闇と、その闇を背負いながら絶えることなく続く人の営みこそが、この物語の主人公か・・・という気もする。




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2012-10-27

男は美人の嘘が好き―ひかりと影の平家物語 : 大塚ひかり

『男は美人の嘘が好き―ひかりと影の平家物語』 大塚ひかり

 私が読んだのは1999年に出版された旧Ver.ですが、大河ドラマ『平清盛』放映に便乗したものか、今年、加筆の上『女嫌いの平家物語』と改題して、ちくま文庫より出版されています。

 『平家物語』を読んだ時、確かに思ったんですよね。“『平家物語』って、美しい女もたくさん登場するのに、男女の関係はごくあっさりとしか描かれなくて、男同志の関係ばかりが惜しまれ、愛でられ、繰り返し繰り返し、言葉を尽くして語られるのね。”って。

 悲しく美しい男たちの物語に、女の現実がくい込んでこないというのは、私にとってはむしろウェルカムなことだったので、物語には語られなかった女たちの真の姿、生き様を詮索しようという気は起きなかったのだけど、著者にとっては『平家物語』の作り手である男たちの願望のために意志や個性を奪われ、都合よく歪められた女たちの姿は到底容認できるものではなかったようで・・・。

 貴族や女房たちの日記や『源平盛衰記』『吾妻鏡』の記述と比較しながら、平家一門の繁栄の礎となった建春門院、以仁王の養母・八条女院、高倉天皇の愛人・小督、木曽義仲に従う女武者・巴御前、安徳天皇を抱いて海に沈んだ二位の尼~『平家物語』の女性たちが本当はどんな女性だったのかを様々に想像する。

 女だって源平の時代をちゃんと生きた。物語から取りこぼされた女の生を思い、確認するというのは必要なことだし、本書には充分面白くそのことが書かれているのだけど、男の願望と女の現実の違いに、『女としては、そういうの、白けるだけなんだよね。もういい加減、女に幻想を抱くのは、やめにしてもらいたいよ。』と力まれると、“いや~ 『平家物語』の作者って、女に幻想抱いてるっていうより、単に女に興味がなかったんじゃないかしら?(『平家物語』読んでるとそんな気がする)”って言いたくなっちゃう。

 せっかく男たちの悲劇の物語がたっぷりに歌い上げられ、聴衆だってその悲しくも美しい男たちの姿に涙しているというのに、その脇で、言わずもがなな女の現実を言い立てることもないんじゃないかと・・・。興醒めするじゃない?

 でも、私がそう感じるのは、著者自身が「二位の尼」の項で『「子供のために」と称して嫌いな夫とも別れなかった一昔前の女に、彼女をそうさせた時代背景も顧みず、反感を覚える』と吐露しているのと似たようなことなのだろうなぁ。


 

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2012-09-29

密やかな教育―“やおい・ボーイズラブ”前史 : 石田美紀

『密やかな教育―“やおい・ボーイズラブ”前史』 石田美紀

 現在、書店の中でも大きなコーナーを与えられている「BL」ジャンル。本書はタイトルの通り「やおい」「BL」という言葉の発生以前~その源流にある「少年愛の物語」が、少女マンガや小説の世界で、女性たちの手によっていかに生み出され、育まれていったかを、探り、語るものである。少女マンガにおいては竹宮惠子氏の、小説においては栗本薫氏の創作活動を主に追いながら考察が進められている。

 『車輪の下』『知と愛』『デミアン』など、ヘルマン・ヘッセの小説から抽出された「繊細で美しい少年身体」と「性愛化」。視覚イメージに溢れたヘッセの内面描写と少女マンガの表現との相性の良さ。稲垣足穂による少年愛の美の体系において用いられた視点(主体)を我がものとすること。「60年代アングラ文化」の中で男性によって描かれた男性身体と、70年代に女性が描き始めた男性身体との接点と、両者の間の差異。・・・等々、少女マンガで「少年愛の物語」を描く手法がどのように構築されていったのかについて、ヘッセ、足穂の作品をどう読むかという文学者の言葉も交えつつ、じっくりと述べられている。

 一方で、竹宮惠子、萩尾望都ら、人間の内面を描き、文学に並ぶ深みを求めた少女マンガの描き手たちが題材として選んだのがなぜ「少年愛」だったのかということについては、彼女たちを、足穂や、ヘッセ、ヴィスコンティの「美」にひきあわせた人物・増山法恵氏(竹宮惠子『変奏曲』の原作者であり、長らく竹宮氏のプロデューサーでもあった)の存在くらいしかその理由が見つけられなくて、なんともモヤモヤする。

 そのあたりを補うように、社会学者・上野千鶴子による『少年同志の恋愛物語は、少女読者に「ジェンダーの障壁の手前で、絶対安全圏に身を置いていられる」快楽を与えるのだ』という指摘や、男の人をかく方が「思考的にすごく遊べる」という萩尾氏の言葉が挙げられているが、それでは全然このモヤモヤは解消されな~い!

 少女マンガと「少年愛」の出会いは必然ではなく、増山法恵氏の存在によってもたらされた偶然とも考えられるのか・・・? 少女マンガの描く「少年愛の物語」がその後、様々に幅広く受容されたことを思えば、そこには偶然以上の意味があったのだとは思うけれど・・・。


 さて、70年代に「女性たちが紡いだ男性同士の性愛物語」には「耽美」という名が与えられ、雑誌『JUNE』が登場する。

 『JUNE』! 校内でマンガや雑誌を読むことが禁止され、「マンガの類を学校に持ってくる場合は中身の見えない不透明な袋に入れきっちり封をすること(校内での開封禁止)」という奇妙な校則のあった我が校の教室にも『JUNE』はこっそり持ち込まれた。竹宮惠子や栗本薫を読み、語るクラスメイトたちもいたけれど、私は当時その世界にハマることなく、むしろ純粋に少年マンガとしての『ジャンプ』に夢中であった(後に多少事情が変わってくるのだけど)。

 私がそっちの世界にハマるのはもうちょっと後・・・「翼」「星矢」の二次創作同人誌やアンソロジー次々と作られ、「耽美」よりも随分日常的になった「男性同士の恋愛・性愛物語」を出版する専門レーベルがボツボツと立ち上がり始めた頃のことだ。二次創作が原作の「受容」の一形態であるように、’80年代以降に色々なヴァリエーションでもって描かれ・書かれた「やおい」「BL」作品というのも「表現」であると同時に、’70年代に生まれた「少年愛の物語」の「受容」の姿という一面を持っていたのかもしれないなぁ。私が読み耽ったのは主にそういう作品だったんじゃないか・・・。

 だとしたら・・・“なぜ私はBLを読み耽ったのか”という私の問題は、「少年愛の物語」が「いかにして生まれたか」ではなく、「どのように読まれたか」ということの中にあるんだ、きっと。(だから私は、竹宮惠子氏や萩尾望都氏が少年や少年愛を通して何を描こうとしたかよりむしろ、自分の読みたいマンガを描いて欲しくて彼女らにヘッセを紹介したという増山法恵氏が『デミアン』に感じていた「モヤモヤ」が何だったのかということに興味がある。)

 でも、「女性がつくり楽しむ男性同士の性愛物語」の誕生と成長を語ったこの論考は、私の問題を解決はしてくれないで、何かを表現したいと欲し、何ができるだろうかと模索した女性たちの、それ自体が美しい物語として閉じるのである。




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