2007-04-11

人身御供論-通過儀礼としての殺人 : 大塚英志

 初出は1994年とある。加筆・訂正の上、「補 <癒し>としてのクマ 移行対象論」を加えて2002年に文庫化。

 ムラ社会に伝えられた民話や、それと同様の構造を持つマンガ・・・「ホットロード」「タッチ」「めぞん一刻」「トーマの心臓」の中から通過儀礼の図式を読み解き、「社会」に参加するための、また個人としての「成熟」のあり方・可能性を考察した評論。

 題材に取り上げられているマンガは、私の世代には馴染み深いもので、私と同世代の人はそれだけで興味をひかれるんじゃないかと思う。

 「通過儀礼」「成熟」ということにこだわり続けておられる大塚氏らしく、考察はとっちらかった印象がありつつも“何とか「成熟」に到るための示唆を与えたい”という熱意にあふれている。この本の先・・・“いかにして「成熟」に到るか”は個々人に委ねられた課題なのだろう。

 文庫版あとがきで著者自身~「人は共同体や国家という大きな物語と同一化しなくともライナスの毛布を抱えていけば他者と折り合い自分の居場所を見出せるのではないか。ただし事が済んだらライナスの毛布はやはりただの薄汚れた毛布であるという事実を静かに受け入れることの必要なのだが」~と本書の趣旨をざっくりと要約されている。

 「ライナスの毛布」とは、弱々しいまま世界に放り出されてしまった赤ん坊である人が現実と折り合っていく際に、共にあり拠り所とも避難場所ともなってくれるモノのことであり、上の言葉に続いて、氏のマンガの原作者としての仕事は『「ライナスの毛布」たり得る物語-読者が他者と折り合うまでの束の間の一瞬のみ愛されやがて捨てられる-』を産むための作業であるとも語られている。

 思春期-“この歌を唄っている人は・・・この小説を、マンガを、詩を書いている人は、きっと誰にも理解されない私のことを知ってくれている”“私にだけは○○の本当の姿が理解できる!”と思わせてくれるものは大概自分にとっての「ライナスの毛布」であるわけだけども、自分にぴったりの「ライナスの毛布」を手にするためには、やはりわずかばかりでも行動と努力が必要で・・・これ!と思える「ライナスの毛布」を手にするというのはそれだけで幸運なことかもしれない。この文庫の発行時からまた数年が経って、今はその毛布すら手にできず(しようとせず)にいる人が大勢いる気がするのだが・・・。


FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

やぶからねこ

Author:やぶからねこ

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログランキング
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
検索フォーム
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
魂に喰い込んでます
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ