2017-06-10

天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎 : 長谷部浩

『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』 長谷部浩

 劇評家として、また友人として十八代目勘三郎さん、十代目三津五郎さんと親交のあった著者が、お二人の遺した足跡、言葉、思い出を噛みしめるように語る。お二人を喪った著者の哀しみ、惜しむ気持ちがしみじみと胸に迫る。

 勘三郎さん、三津五郎さんの姿が目の前に蘇ってくるような文章を目で追いながら、頭の中には、ほんの少ししか観ることはできなかったけれども、忘れがたいお二人の舞台が浮かんでくる。

 歌舞伎というものを意識する前から勘三郎さんのことはTVで見ていた。勘九郎時代からTVではご一家を追った特番がしょっちゅう組まれていて、小さい勘太郎ちゃん、七之助ちゃんの可愛さもあって、私はこのTV特番を見るのを楽しみにしていた。私が歌舞伎を観るようになったのも、ひとつには勘三郎さんのおかげだ。

 勘三郎さんの舞台では忘れられない体験をした。平成二十一年歌舞伎座さよなら公演・八月納涼歌舞伎『怪談乳房榎』の上演中、震度4の地震が起きた。建替え前の歌舞伎座、私のいた三階は大きく揺れ、あちこちで悲鳴が起き、出口に向かって席を立つ人の姿も見られた。客席にわいた不安と恐怖、パニック寸前の緊張感に私も座席で身を固くしていたが、舞台の上で勘三郎さんは「久しぶりのお酒のせいで何やらユラユラ~」と笑ってくれた。その瞬間、客席を覆いかけていた黒いモノが雲散霧消した。不安と恐怖は祓い、鎮められて皆が平静と笑いを取り戻した。藝能者の力、その凄味を体感した一時だった。

 三津五郎さんを知ったのもTVから。八十助時代に司会をつとめておられた『ワーズワースの庭』『ワーズワースの冒険』。素敵な大人の紳士が進行する番組がとても心地よかった。当時は粋とか洒脱とかいう言葉を思いつかなかったけれども、多分言葉にならないなりに、そんな空気を感じていたんだろう。

 端正なイメージのある三津五郎さんだけど、平成二十年の納涼歌舞伎で観た『らくだ』遊び人の半次・・・バカバカしいことをやると底抜けに可笑しかった。翌平成二十一年の納涼『六歌仙容彩』では茶汲女・お梶の勘三郎さんとの火花散る踊りを観た。生の舞台ではないけれどシネマ歌舞伎『怪談牡丹燈籠』では円朝・三津五郎さんが高座にあがったところで思わずスクリーンに向かって拍手してしまった。

 私を幸せな気持ちにさせてくれた舞台の裏に、私の知らないたくさんの、たくさんの、たくさんの、ことがあったのだと思うと、小賢しいことを言ったりしたのが恥ずかしい。もうお二人の舞台を観ることができない寂しさはどうすることもできない。せめて、これから観ることのできる舞台は、小賢しいことなど考えず全身で全力で楽しみたい。



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