2016-02-20

父のおすすめ本

『蜩ノ記』 葉室麟

 父のおすすめ本・・・と言っても、はっきりと言葉にして勧められたわけではない。帰省した折に朝の食卓につくと、整えられた朝食の横にただ黙ってこの本が置かれていたというのは、口数の少ない父なりのコミュニケーション ~ 「悪くなかったから読んでみなさい」ということなのだろう。

 豊後・羽根藩。藩主側室との密通の疑いで、十年後の切腹とその間の家譜編纂を命じられ幽閉の身となっている戸田秋谷。切腹の期日が三年後に迫った秋谷のもとに一人の若い武士・檀野庄三郎が遣わされる。城中で刃傷沙汰を起こし切腹となるところを、助命と引き換えに秋谷の監視と身辺探索を命じられた庄三郎であったが・・・。

 秋谷は正しい。逆境にあってもその思い、生き方は強く真っ直ぐで、謂れのない死を前にしてもまったくぶれることなく自分に恥じることのない生き様を貫いた秋谷の姿は凛として清々しい。

 どんな困難の中にあっても折れることのない秋谷の正しさ、清廉な生き様は、周囲の人々の行く末と日々の暮らしを照らす光となるのだろう。しかし一方で、一歩も引くことのない秋谷の正しさに追い詰められた人々がいたこと、その苦く、辛い心情を思うと、「正しい」ことはそんなに美しく、素晴らしいことだろうか・・・と遣る瀬無い気持ちにもなる。

 秋谷の命の期限が切られていることで、「どう生きるのか」という問題がクローズアップされた小説だったが、私たちも皆、「いつか死ぬ」という意味では命の期限が切られているのだよな・・・なんてことも思わされるのだった。




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