2015-08-23

生物と無生物のあいだ : 福岡伸一

『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一
 
 理系本3冊目も生物学から。

 『生命とは何か?』 『この世界を見て、そこに生物と無生物とを識別できる』私たちはそこに何を見ているのか?

 生命の営みについて、池田清彦氏の『生きているとはどういうことか』にも書かれていた「生きている」という現象~生物の細胞の中でのさまざまな物質のふるまいが語られる。

 語り口は非常に抒情的というか、むきだしの科学用語のようなものは使われず、生物学の研究が『生命とは何か?』へと迫る過程が、著者の少年時代や研究者として過ごした街の情景、著者の心象、生命の謎に挑んだ先行する研究者たちの挿話を織り込んだ美しい物語として語られる。いや、科学の本で泣いてしまうとは・・・。

 読みやすく、感動的である反面、理系的な感じ方、考え方の訓練をしたいと思う私としては「これじゃ訓練にならないんじゃないか?」と思う。ともあれ、「読みやすい」「イメージしやすい」ということは読者(特に文系の)にとってはありがたいことだ。

 肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。

 生命とは高速で入れ替わる分子の「流れ」そのものであるという生物学が明らかにした事実は「生生流転」「諸行無常」「行く川のながれは絶えずして・・・」という古くからある言葉を思わせ、
 (物理法則の制約を受ける)生きている生命は絶えずエントロピー(ランダムさ)を増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。

 という考察は、中沢新一の『精霊の王』に『秩序の中で安定しようとする世界を揺り動かす破壊的なまでの創造の力』として語られた「翁」「宿神」「後戸の神」などと呼ばれるものの姿や、それらを祀ってきた人々の営みを思い起こさせる。(物質の世界の話と、精神世界の話とでは「ランダムさ」「秩序」という言葉のとらえ方が逆であるようだけど)

 細胞内の分子のレベルと人間の精神的な思索のレベルでおなじようなことがおこっていることに、驚くというか、感動するというか・・・。

 ああ、何かものすごく文系な読み方をしてしまった気がする・・・。




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