2015-01-10

ゴロツキはいつも食卓を襲う-フード理論とステレオタイプフード50 : 福田里香 オノ・ナツメ挿画

『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』 福田里香 オノ・ナツメ挿画

 とにかく、オノ・ナツメさんの描く表紙が目に飛び込んできた。

 「数多くの物語の中で、慣用句のように繰り返され、多くの人に判で押したように同じ印象が浸透しているフード表現」=「ステレオタイプフード」50例についてさまざまに語ったエッセイ集。

 この本、各章のタイトルとそこに添えられたオノ・ナツメさんのイラストだけでほぼ完結してるんじゃなかろうか? タイトルを目にするだけで、そういう食べ物にまつわるステレオタイプなシーンの記憶やイメージは次々と溢れてくるし、オノ・ナツメさんのイラストはそんなイメージや記憶をスタイリッシュに彩って、気分を高めてくれる。

 ところが、各章の内容を読んでいくほど、その鮮やかな印象がぼやけてくるのだ。広がるでも、深まるでも、新たな視点を与えられるでもなく、ぼやける。なんでそうなるかっていうと、多分、著者が例として挙げる「ステレオタイプフード」が登場する場面や、その場面に続く展開が、ほんの少し、ホントにわずかに私の頭に沸いてくるイメージや記憶とずれているから。

 例えば、第46章「事件についうっかり目を奪われると、食べこぼす」で列挙される「目を奪われる事件」の例の中に「目の前に現れる宇宙人」「派手に喧嘩するカップル」「世にも珍しい動物」「テレビで流れる予想外の仰天ニュース」があるのに、「とびきりの美人が通り過ぎる」がないのは私としては納得できない。(ちなみに「派手に喧嘩するカップル」に目を奪われて食べこぼすというシーンの記憶は私の中にはない。)「美人」云々については実は次の第47章「美人についうっかりみとれると、調味料をかけすぎる」でとりあげられているのだが、う~ん、やっぱり・・・何か微妙にズレるんである。

 著者は「それが登場する具体的な作品名や前後の場面を明確に思いだすことはできないが、確かに過去に何度も見たという記憶があるフードシーン」を「ステレオタイプフード」と呼んで、具体的な作品名や場面を提示することなく、ただ多くの人の共感をたよりに語っているわけだから、著者との間に共感が薄いと印象がぼやけてしまうのは仕方がない。

 私がもっとも飲み込みづらい違和感を感じたのは、第7章「賄賂は、菓子折りの中に忍ばせる」で、「甘いお菓子」のアイコン性について「かわいくて、たわいなく人畜無害なもの」と「誘惑、欲望、快楽、陶酔」という二つの面を示し、後者の例として章タイトルでもある「賄賂を忍ばせた菓子折り」を挙げていること。

 それはちょっと違う。この場面において、「誘惑、欲望、快楽」を表しているのはやはり「賄賂=小判」そのものであって、「菓子」の役どころはそれを包み隠す「善良で穏当なもの」である。小判を指す隠語「山吹色の菓子」についてもしかり。

 「菓子」そのものを「誘惑、欲望、快楽、陶酔」を表すものとして登場させるなら・・・たとえば、ショーケースの中でお子様や女子たちの視線を釘づけにするケーキや高級チョコ、少女が口のまわりを真っ赤にして頬張るチェリーパイ、美女が思わせぶりな目つきで口にするクリームたっぷりのケーキとか色鮮やかなフルーツ・・・なんてことだと思うんだけど?



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