2013-05-04

舟を編む : 三浦しをん

『舟を編む』 三浦しをん

 ・・・主人公が荒木氏でなくて残念だ。

 若き日の荒木公平が、大学図書館の書架に清浄な光を放って並ぶ『日本国語大辞典』~十年以上の歳月をかけて編纂された全二十巻の大部の辞書~と対面するシーンは、荒木が『大渡海』編纂を託す運命の男・馬締を見出す場面よりも、馬締が早雲荘の物干台で大きな月を背に立つ香具矢に出会う場面よりも、はるかに美しく、感動的な「見染め」の場面だと思うのだ。こんな印象的な「見染め」の場を演じた荒木氏が脇役に回ってしまうのは何だか惜しい。

 荒木氏が脇に回ってしまったおかげで、何だかストーリーにずぶずぶとのめりこんで読むことができない。・・・となると、細かいことが気になってくる。

 その1・・・馬締の辞書編集者としての適性を示すエピソードとして、馬締の趣味が「エスカレーターに乗るひとを見ること」であり、電車を降りてホームに溢れた人波が整然と二列になってエスカレーターに吸い込まれていく様を「うつくしい情景」だと思っていることが語られるが・・・ 人が一時「モノ」となって整然と流されることにより実現されるスムーズな通行よりも、個々の人間としての我を通すことが優先されぶつかりあう博多駅では、ホームからエスカレーターに向かって動く人の群れは、美しいどころか「カオス」であると言える。確かに、東京の住人である馬締にとって、ホームからエスカレータに吸い込まれていく人波が「秩序だって美しい」ものであるというのは間違いではないけれど・・・「エスカレーターに乗るひとの流れが秩序だって美しい」のはすごく限定的な範囲でのことだろうと思う。

 その2・・・馬締と「(辞書の見出し語としての)男と女のことで揉めている」という辞書編集部員・岸辺が、『女』の語意について、例えば『男ではない方の性。または、そう自認しているもの』でもいいではないかと言う。では、“そうありたい”“そうである”と思いさえすれば、“そういうもの”として存在できるのか? 自称公務員、自称ウエスト56センチ、自称乳幼児・・・。

 その3・・・『あがる』と『のぼる』の違いについて考える馬締。『あがる』と『のぼる』の間に見出した法則にこだわりすぎて、すべての例を無理やりその法則に沿うようにこじつけていないか、馬締?

 その4・・・後楽園遊園地で観覧車に乗る馬締と香具矢。香具矢は観覧車を「楽しいけど、少しさびしい乗り物」だと言い、馬締は「少しさびしいけれど、静かに持続するエネルギーを秘めた」観覧車を遊園地の乗り物の中で一番好きだと言う。美しいシーンだ。だけど、美しいシーンであるだけに、観覧車は「少しさびしい乗り物」として固定されてしまい、それ以外の属性を失くしてしまう。


 ある事、物、言葉に何らかの意味を見出し、姿を与えた途端に、こぼれてしまうたくさんのもの(こと)がある。この小説は、刻々と姿を変え続ける広大な言葉の海に挑み、その海を渡る舟を編もうとする人たちの想いと願いと情熱を語ると同時に、そういうことをあらわにして(実践して)しまってもいるんじゃないだろうか?




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はじめまして。

私は「読書ログ」という読んだ本の管理やレビューを書くサイトの運営をしています。

ブログを拝見したのですが、ぜひ読書ログでもレビューを書いて頂けないかと思い、コメント致しました。

トップページ
http://www.dokusho-log.com/

こちらでメンバーたちのやり取りの雰囲気がご覧になれます。
http://www.dokusho-log.com/rc/

読書が好きな人同士、本の話題で盛り上がっています。
もしよろしければ遊びにきて頂ければと思います。

よろしくお願い致します。

ありがとうございます

「読書ログ」へのお誘いありがとうございます。
記事を読ませていただく方でお邪魔させていただきたいと思います。

レビューについては自分のブログの更新でいっぱいいっぱいなもので;;;

ご返信ありがとうございます。

もし、ご都合のよろしい時がありましたら、
参加して頂けるととても嬉しく思います。
今後ともよろしくお願い致します。

Re: ご返信ありがとうございます。

こちらこそ、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
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