2012-06-23

浮世でランチ : 山崎ナオコーラ

『浮世でランチ』 山崎ナオコーラ

 視線を下げると、ビルとビルの間に、五センチほどのブルーグレーの線が見える。あれは海だ、と思うのだけれど、三年も働いているのに、確かめたことがない。他の人と、海の話をしたことがない。


 ゴフッッ・・・。いきなり繰り出されてきたこのパンチが鳩尾あたりにきれいに入って、思わず膝をついてしまった。ゲフフッ。これは、身に覚えのある私には痛すぎる言葉。

 わかりあえる人とだけ話したいという願望。くだらない人にはすり寄りたくないというプライド。しかし、現実には話し合える人は一人もいない自分の不甲斐なさへの忸怩たる感情。でも、結局、それが自分だと、その孤独を、ぐいと顔を上げるように凛々しい言葉で語る主人公。

 いつも、ランチは公園で一人でとる25歳の私。
 他から自分を規定されることに苛立ち、常に自由、反体制でありたいと思っていた14歳の私。

 私の二つの時間が交互に進行する。

 小さい頃は、この世界に不慣れで、いつも不安だった。自分の周りにあるものが一体なんなのか、うまく認識できなかった。


 周囲のものに触って、その手触りを確かめ、覚えておく。誰かのルール、外の社会によって自分を規定されることを嫌い、自由でいたいと思う私は、自分や、周囲のものごとに関して、自覚的、意識的、意志的であるために、自分の形を、自分の周りのものの形を、常に自分の力で見極めておこうと努めたのだろう。14歳の時の友人との「宗教ごっこ」以来、何かに祈ること、自分の外の大きな力に何かをゆだねることを止めてからは特に。

 
 25歳の私は、ルーチンワークだけで時間がつぶされていく会社での仕事を辞め、タイ~マレーシア~ミャンマーと旅をする。旅の途中で、元同僚と、時折、手紙やメールを交わす。旧友との偶然の再会はあるものの、劇的な何かが起こるわけではないが・・・

 物事や自分の輪郭にピリピリしていた主人公が、自分と他との境界をほんの少し曖昧にしていく。あいかわらずランチは公園で一人でとる。でも、近くに入ってくる人とは、場所をわけあって一緒に座る。自分の力では線がひけない領域を、何か他のものにゆだねてみる。ほんの小さなその変化は、『私は、アジサイの花が一番好きなんですよ。空気との境目があいまいでしょう。』と言った、主人公たちの中学時代の担任・並木先生の言葉と、ゆるやかにつながっているようにも見える。


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