2011-07-09

絶叫委員会 : 穂村弘

『絶叫委員会』 穂村弘

 思わぬ一言が、普段何の疑問も不都合も感じていない日常の壁を突き抜け、世界が混沌とした底なしの広がりを隠していることを暴いてしまうことがある。例えば、中国製ねずみ花火の説明書き。

この花火はぐろぐろ回ります


 そんな、日常の割れ目、世界の深淵を垣間見せる言葉に出会っては、ときめいたり、恐怖したりで“うわぁ~っ”ってなっている穂村氏を見て、私も違う意味で“うわぁ~っ”と思ってしまう。

 何と言うか・・・日常の中に稀に降ってくる、そういう奇跡的な言葉に対する穂村氏の憧れは強すぎる。その憧れの強さは、「日常」とは次元を異にする「世界」への畏怖ばかりじゃなく、“自分の言葉で世界への入口をこじ開けたい”という欲求の表れでもあって、そんな怖い欲求を持てる人の心の強度に、私は“うわぁ~”ってなってしまうのだ。


 本書の中で、穂村氏は「言葉」によって「日常」にできた割れ目から「世界」が、予想外に可愛かったり、怖かったり、理不尽だったりする姿をのぞかかせる瞬間をたくさん書いているが、先日読んだ保坂和志氏の『世界を肯定する哲学』も、「世界」と「私」のありようについて「言葉」で考察する内容であった。

 保坂氏も、穂村氏も、「世界」と「私」、そして「言葉」にこだわっている。「言葉」の体系を、見る、聞く、感じる、思考する、伝える、等々々々・・・様々な演算を行うためのOSのようなものとして意識されているところも、お二人に共通しているように見える。さらに、保坂氏にとっても、穂村氏にとっても、「世界のリアリティ」に触れる感覚というのは、「日常」を曖昧に生きている中では感じることのない、「日常」もしくは「私」と「世界」との間にある「ズレ」に気付くことでもたらされている。ただ、その「ズレ」との出会い方には、お二人それぞれの個性があるようで・・・。

 保坂氏は、『中学二年の夏の終わり、部屋の窓を開けると外の風が予想以上に冷たかった。』というご自身の体験・・・その時身体に感じ、心に思った、通常は言葉になる以前の様々なことを出来る限り精密に言語化する~思考するための「言葉」の精度をジリジリと上げていくという方法で、「私」と「世界」のズレを検出してみせる。

 穂村氏は、吉行淳之介の『おい、驚いたよ。俺ん家にもうひとつ部屋があったんだ』という言葉や、池の側の看板の『噛みつきますから白鳥に近づかないで下さい』によって、突如顕わになる「日常」の割れ目、「世界」の歪みにわなわなしている。「天使的」、言葉の「翼」、「飛翔」・・・何かを一気に飛び越える「言葉」にわなないている。


 

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genre : 本・雑誌

tag : 穂村弘

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