2011-06-18

吾輩は猫である : 夏目漱石

『吾輩は猫である』 夏目漱石

 夏目漱石の小説って、『こころ』の他には子供向けの文学全集で『坊ちゃん』を読んだことがあるくらいで、さすがに日本文学史に輝く文豪の作品をもう少し読まなきゃいかんだろうとつねづね思ってはいたんだな。

 教師の家に拾われた猫が、主人の家にあつまる奇妙な人たちや、その人たちが暮らす人間社会というものを観察し批評する。教師の家に飼われるだけあって、そこいらの愚民などおよびもしない高い見識を誇り、人間顔負けの理屈をこね、人間には相当耳に痛い批評を加える猫だけれども、そこはやっぱり猫だけに、どこもまでもかわゆらしさがついてまわる。運動と称して垣根を渡ったり、虫をとったりするのにも、ひとくさり理屈をこねなきゃいけねいのねぇ、猫さん。

 終盤では、突然といってもいい感じで、自己の自覚~個人主義の問題が顔を出し、そこにおける西洋と東洋の文化の相克なんてものも語られる。話は自殺の流行・奨励なんてとこにいきついて、滑稽な中に暗鬱な気分が薄く漂う。ああ、漱石はそういうことに悩んだ人だと、学校の授業で習ったなぁ。

 終盤のうっすら暗い感じはさておいて、私がいちばん好きなのはこのくだり~ 他人の素行や評判を嗅ぎ回るような卑しい真似をする成金・金田の屋敷に乗り込もうと決意する猫。

 吾輩は猫だけれど ~ 略 ~ 此冒険を敢えてする位の義侠心はもとより尻尾の先に畳み込んである。


 猫の義侠心の在り処を「尻尾の先」とキメた漱石先生の素敵さに何だか参ってしまった。 




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genre : 本・雑誌

comment

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はじめまして、ペペロンチーノと申します

僕は「吾輩は猫である」は読んだことはないんですが、曽野綾子さんの作品に「吾輩は猫である」を意識した?「ボクは猫よ」は読みました。(意識したのはタイトルだけかな?)

つまり子供は親が何も言わなくても、親も自分を育てるのに大変だったろう、一人で暮したら淋しかろう、と心ひそかに思い、そう言って労(いた)わるべきなのだ。親は親で子供が一緒にいようと言ってくれても、いやいや年寄りが若者の足引っ張るのはよくない、老世代としては歯をくいしばっても倒れるまで自分のことは自分でしよう、一人で生きることを任務と思おうとすべきなのである。それがでれば、親と子はお互いに尊敬と感謝で結ばれる。別々に暮らしても、心は温かい。人間だといばるなら、これくらいの譲り合いと思いやりがってしかるべきであると我々猫は思う。

  しかるに人間共はどうであろう。親は子供に、「親孝行するのよ」「親の面倒はみてくれるのが当たり前でしょう」と要求する。子供は子供で、「おれは頼んで生まれて来たんじゃないよ。勝手に生んだんだろ。それならおやじもおふくろも勝手に生きなよ。おれのことも別に気にしてくれなくていいから」などと言う。相手の言うべき科白(せりふ)を、自分たちが言っている。そこには譲り合いも、思いやりもない。権利と要求があるばかりだ。『ボクは猫よ』 曽野綾子 著

僕は猫好きではありませんが、キリスト教徒であり、日教組が嫌いな曽野さんらしさも出ていて、けっこう面白かったです。v-14
猫と曽野さんがお好きなら、読まれると良いかなぁ、と思いました。でも、絶版なんですけどね。v-39

ペペロンチーノさん、はじめまして。

実は私も猫好きではないのですが・・・

コメントいただいた作品は知りませんでした。猫の言葉を借りて人間社会を批評する・・・そういう内容なのでしょうか。

頂いたコメントの感じだと、漱石の『猫』よりも何やら道徳的な感じがしますね。
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