2011-06-08

ちくま日本文学28 梶井基次郎

『梶井基次郎 ちくま日本文学 28』

「檸檬」
 当時兄は高校生くらいだったと思う。普段それほどおしゃべりではない兄が、「梶井基次郎の『檸檬』は凄いんで。檸檬で丸善を爆破するんよ。」と、私には訳のわからんことを少し興奮気味に話してきた。

 そんな兄の姿が何だか忘れられず、「檸檬」が収録された梶井基次郎の文庫を私が初めて読んだのはいつのことだったのだろう? 文中にははっきりと「私」が暮らしているのは京都の町であることが書かれているのに、私は今まで、それを東京の憂鬱な青年の話だったと記憶違いしており、お茶の水の丸善が檸檬の爆弾で爆破されるイメージをずっと持っていたのだ。

 しかし、「檸檬」を「凄い」と言ったあの頃の兄は、心にどんな憂鬱を抱えていたのだろう。

「鼠」
 「戯れに遁してやった鼠」に向かって語りかける「俺」の言葉が、どこまでも他人事で気楽な“戯れ”であるために、鼠の味わった絶望的な恐怖がとても黒々として見える。

「愛撫」
 猫の耳を「切符切り」でパチンとやってみたい・・・なんと言う危険な思いつき。

「Kの昇天」
 悲しくて、透明で、不吉な、現実を離れた美しさ。初めて梶井基次郎の文庫を読んだ時、一番印象に残った掌編だが、私はここでも妙な記憶違いをしていた。Kが月へ登っていった後の浜辺には、Kの義眼が残っていた・・・と、そういう風に覚えていたのだ。

「母親」
 『~そして恐らくはこの間まで私は母をおそれていた。どこまでも母は私をおさえつける人であった。』

 私の母への感情も概ねこのようなものであった。しかし、私は作中の「私」のように母を失望させることができなかった為に、そして作中の「母」のように、母が私を諦めることがない為に、私は、「私」とは違う形で母を裏切りながらも、母に詫びる気持ちにまだなれないでいる。

「奎吉」「大蒜」
 ダメさの限りを尽くした挙句に進退窮まり、遂にいたいけな弟の貯金を騙し取ろうとする兄の心。(「奎吉」)

 新任の柔道師範に「大蒜」という渾名をつけて得意になっていた少年が、だんだんと恐ろしい想像に取り付かれ・・・。(「大蒜」)

 非常に限定された場面を切り取り、ミニマムな世界の中で起こる感情の変化を克明に写し取るうちに、切迫した悲壮感が同時に滑稽にも見えてくる。何だか町田康の小説と似てると思った。


 その他、収録作の多くに「分身」の感覚が満ちている。風景の中に移植された感情。感情の中に棲む風景。幽霊のように、自分から抜け出た「分身」を自らの視界の中にくっきりと見る。いつしか分身と入れ替わった自分が、抜け殻になった自分を見つめ返す。




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『檸檬』

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