2010-10-09

歌舞伎のことば : 渡辺保

『歌舞伎のことば』 渡辺保

 何故か気持ちが乱れて、ちょっと泣きそう・・・なんである。

 私が、感じたい、解りたい、近づきたいと思っている歌舞伎の美しく妖しい姿を、夜空の月を水盤の水に写すように、著者はすっかり手に入れて、その水盤にたゆたい煌く月の姿を、私たちの前にも披露してくれる。

 指をのばせば触れることさえ出来そうな間近で揺れる月の姿に陶然としてしまうが、同時に、密かに想いを募らせてきた片思いの相手が、他の女の手に落ちてしっぽりといい感じなところを見せ付けられているような気持ちにもなって、くやしく、遣る瀬無く・・・ 渡辺保先生を相手に、泣いても、妬いても仕方ないのだが・・・。


 役者の身体をめぐる点から、劇場という空間、作劇の方法論、歌舞伎を支える思想の面から、「型」「つけ廻し」「偽せ宙」「花道」「綯い交ぜ」「やつし」「仁」「性根」「肚」「居どころ」「白化け」・・・歌舞伎の世界の言葉に込められた、またその言葉が体現する歌舞伎の精神、哲学、論理について語っていく。

 例えば「偽せ宙」 ~ 立廻りの中で、主役がスーッと体を前に出し、そこへ捕手が襲いかかるところを、スッと体を引込める。襲いかかった捕手は空を打つという動きを指す用語 ~ について。

 たとえば「市川団十郎」という役者がそこに立っている。搦みが「ヤアッ」とかかる。前の空間へ団十郎の身体が出る。その時、空間には、たとえば「曽我五郎」という身体が出る。しかし搦みが曽我五郎をつかまえようとした瞬間に五郎の体はなくて、搦みの手は空をつかむ。搦みは私たち観客の代表であり、曽我五郎の虚像は消える。しかし間違いなく残像がのこる。「五郎」の実像はなく、もとのところには「市川団十郎」が立っている。
 これほど役者と役の関係、それを見る観客の、三者の構造が隠喩的に語られる瞬間はないだろう。


 心の中でモヤモヤと感じていることが、言葉として明確に示される快感と、それを語るのが他人の言葉であることのもどかしさ。

 他人の水盤の月を指をくわえて見てるだけじゃなく、いつか私も自前の桶に月の姿を捕らえたい。 



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