2010-08-14

僕にはわからない : 中島らも

 前回のエントリーで感想を書いた京極夏彦氏の『幽談』と並行して、中島らも氏のエッセイ『僕にはわからない』を読んでいたんである。ランダムに手にした2冊の本を、偶々同時進行で読んでいただけなのだが、ジャンルも、書かれた時期も全く違うこの2冊の本の内容が所々で見事にシンクロしていて驚いたのである。

我々は自分の大きさに即したスケールで物を見るように作られている。アリにはアリの視界のスケールがあり、恐竜には恐竜の、ヒトにはヒトのスケールがある。そのスケールをはずれてミクロスケールにはいってもマクロスケールにはいっても、その生物は生きていくことができない。  「なぜ人間は無知なのか」(『僕にはわからない』)

例えば、限りなく俺たち人間に近い宇宙人がいたとしよう。でも、大きさが千倍だったらどうだ。逆に千分の一だったらどうだ? ~中略~ 千年が一秒程度のスケール感の相手だったら、俺たちは目の前に出た途端に死んでるよ。     「十万年」(『幽談』)

 

一匹のアリが人間と言うものの全体像を理解したとすると、そのアリはどうなるだろうか。恐らくは恐怖のあまりに瞬時にして死んでしまうのではないだろうか。  「なぜ人間は無知なのか」(『僕にはわからない』

人間は、世界の半分見ていれば足ります。~略~」
「半分、でいいのです」
  こんなにこわいものは。  「こわいもの」(『幽談』)



 部分的なとこで奇妙に一致しているだけじゃなく、全体に何か通じ合うものが流れているような気がする。書かれた時期は随分違うのだが、多分、それぞれの時点でのらも氏と京極氏には、“世界”のとらえ方や“怪しいもの”との関り方において似たところがあったのだろう。

 時間感覚、スケール感、文化的な枠組、外部からの刺激を受け取る器官の違い・・・ “世界”と接する部分が少し変化するだけで、世界はぐるりと裏返ってしまう。“よく知っているもの”が“知らないもの”になり、見えなかったものが見え、あるはずのものが消え、生きていることは絶え間ない死の連続になり、死は生きていることと変わりがない。

 人の認識の頼りなさを知っているからこそ、「僕にはわからない」。

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theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

comment

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はじめまして。

すみません、私、らもさんの本も京極さんの本もボチボチ読んではいますが、この2冊は読んでません・・・。

並行して読んでいる本がシンクロする、っていう経験が懐かしくて、しゃしゃり出てきちゃいました。なんか、不思議な、素敵な、驚きですよね。
でも、それは読み手の精神が研ぎ澄まされていないと、見過ごしてしまう一致でもあると思うのですけれど・・・。そういう不思議が続くとき、大袈裟に言うと「読書の神様」が自分についてる、みたいな気持ちになったりして・・・。真剣に読んでいるご褒美とでもいいましょうか。

えーごめんなさい。怪しげな宗教みたいな話で。この2冊に共通するものを捉えられた、やぶからねこさんの読書が素敵だなぁと、思ってコメントさせて頂きました。

コメントありがとうございます

彩月氷香さま
こんばんは。
ああ・・・なんというか・・・素敵なコメントありがとうございます。

考えてみれば、好んで読む作家、文筆家にはどこか共通する傾向があるわけで、その作品の内容がシンクロする確率は低くはないのかもしれません。

でも、この二冊の内容の不思議な一致には、やはり驚いてしまったのです。
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