2010-07-07

千本桜―花のない神話 : 渡辺保

 「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」とともに歌舞伎三代名作に数えられる「義経千本桜」。「義経千本桜」の世界を貫くものとして、作者たちは、知盛、権太、狐忠信を主役とする各段のストーリーの背後に、日本人にとっての神話とも言える三つの伝説をしのばせていると著者は語る。その伝説を形づくる要素とは「判官贔屓(義経)」「天皇制」「狐」。そしてこの三つの伝説をつなぐ「桜」「吉野」「鮓」。これらのキーワードから神話劇としての「義経千本桜」の構造を読み解く。

 私には、著者が示したような「義経千本桜」の持つ神話的な物語の構造がのみこめた訳ではなく、むしろすっかり混乱してしまっているところだが、まぁ、いくつかの段をバラバラに一度ずつしか見たことのない私に(しかも私が見られるのは現代の舞台でしかない)、この狂言に秘められた謎を理解しろというのが無理な話だと一旦あきらめるしかない。

 もともとの原作である浄瑠璃は、太夫が語る物語という形態の為、文学性を保持できるが、歌舞伎にうつされると役者や観客の生理的に気持ち良い方へと流れていく傾向があるため、作者が意図していたものが変形されていたり伝わりにくくなっている部分もあるとは言うが、それ以前に私が戸惑ってしまうのは、この狂言を書き、見た江戸の人たちと、現代の私との距離感をどういうふうにとればいいのかということなのだ。

 例えば桜・・・「桜」と聞いて私が思い浮かべるのは群がり咲くソメイヨシノだが、吉野に咲くのは赤味がかった新芽と共に小さな白い花を咲かせる山桜だ。(私はその吉野の桜を見たことがない)考えてみれば当たり前のことなのだけど、この物語の背後に人々が見て、愛していたのはソメイヨシノではなくて山桜だということを改めて知らされると、それだけで少し江戸の人の心が遠くなってしまう。

 現代人のメンタリティと江戸人のメンタリティ、どこがどのくらい違うのか・・・その辺が私の中でもやもやしたままだから、著者が指摘した神話的なもの ~ 作者たちが、人の情に訴えるだけでなく、時代を批評する目も持った上で巧妙に織り込んだ物語 ~ が、江戸の人々にどのように作用したのか、そして現代の私にどのように作用するのかイメージできない。


 「あ~ 何だか解んね~!!!」とジタバタしているが、これまで舞台を観てちょびっと違和感を感じていたこと ~ 「安徳帝って割とサックリ知盛から義経に乗り換えちゃうのね~」とか、「弱いもの、滅びるものにあわれを感じる心情を判官贔屓というとは言いながら、対知盛戦では義経ってガッチリ勝者なんだよね~」とか ~ について、「なるほど、そういうことなのか」と気付かされる記述もあり、もう少し歌舞伎体験を積んでから改めて読み直してみなきゃいけないと思う。

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