2010-05-15

虚無への供物 : 中井英夫

 高校に入学したばかりの頃、兄の薦めで読んでいるのだが、色の名を持つ兄弟の話だったこと以外印象にないのは、私に中井英夫を読む資質が薄いからなのだろうなぁ。


 洞爺丸の事故で両親を失った蒼司、紅司兄弟と従兄弟の藍司、叔父橙二郎・・・氷沼家を覆う暗い噂と悲劇の影。影が一つずつ実体となっていくかのように現れる密室と横たわる死体。次々と氷沼家にふりかかる悲劇は、ただ“無意味な死”なのか? それとも何者かによる殺人なのか? 
  
 舞台は洞爺丸沈没事故のあった昭和二十九年から三十年。さすがに今読むと古めかしい感じがするだろうと思ったが、意外にもモダンな質感。(「モダン」という言葉を思い浮かべてしまうのが、すでに古めかしいっつったら古めかしいし、昭和の風景に古さを感じないのは、私が昭和の女だからかもしれないが・・・)

 探偵小説談義、呪い、予言、薔薇や不動をめぐって囁かれる因縁譚。現実の事件は非現実の領域に引き込まれ、夢幻の類の想念の中から現れた人物たちが現実の事件に姿を見せる。

 この現実は果たして本当の現実か・・・ 非現実の側に自分の現実を打ち立てようとする青年の暗い心。

 虚無・・・現実と非現実が平気で入れ替わってしまう世界・・・この作品には、大量に人が死んだ戦争の落とす影が濃い。しかし、現実が多層化する、非現実が現実となる・・・そんな危うさは今もある、と思うと、やはりモダンな作品。


新装版もあるけれど、『虚無への供物』といえば、やっぱりこの↓表紙。

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