2010-03-06

人はなぜ「美しい」がわかるのか : 橋本治 → 風が強く吹いている : 三浦しをん

 人が“美しい”と実感する時、そこに何が起きているのか? 又、“美しい”ものを見つけてしまう自分とは何なのか?

 数多のものが、それぞれの在りようの必然に従って存在している世界の中で、人も自分なりの必然~自分の都合に従って生きている。

 人の都合に絡んでこないもの-「関係のないもの」は、人に気付かれることなく、あたかも“無いもの”のようにして世界に存在しているが、何かの拍子に、人は自分とは「関係ないもの」が、それでもそこに「ある」のを見つけてしまう。「ある」ということを見つけることは他者との関係の萌芽であり、「ある」という発見が自分の中の「欠落」を意識させるきっかけとなることがある。

 人は、世界から自立を要請された時に、おそらく自分の中に「欠落」を生じさせ、自らの孤独を知る。意識させられた「欠落」を「寂しい」と感じさせる自分の本来的な幸福の記憶が、「憧れ」を呼び起こした時、そこに「ある」他者の発見は、“美しい”という感動になる。


 “美しい”とはそういうものであるから、美しいものに出会った時の幸福感は少し切ないのか・・・。

 
 そうやって人が見つける“美しい”の前には、“人の都合と絡んだ「美しい」”である“かっこいい”や、かつて王侯貴族という特別な存在だけが所有、体現できた“制度的な美”なんていうものもあって、なかなかややこしいのだが、途中、何度もまかれて行方を見失い、非常に苦労して橋本氏の思考の後を追いかけながら、私は三浦しをんの『風が強く吹いている』のことを思い浮かべていた。

 走(カケル)の走りに、自分にとっての“真実”と思えるものを見つけた灰二。灰二は走の走りを「美しい」と思う自分の孤独を自覚しつつ、“美しいもの”=(橋本氏曰く)『自分のあり方と連動してくれる他者』を、自分の行く先を照らす光として「強い」ということを目指した。

 『風が強く吹いている』は、橋本氏の言う「孤独と敗北と“美しい”の連関」を、そして、“美しい”が外に向かって開かれていくべき他者との関係性であることを、感動的なストーリーとして伝えてくれていた。


「風が強く吹いている」感想
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