FC2ブログ
2009-09-12

歌舞伎 型の魅力 : 渡辺保

 現代演劇は苦手な私だが(現代演劇の舞台は片手で足りるほどしか見ていないので、食わず嫌いであることは否めないが)、どうした訳か歌舞伎は大好きなのだ。そして、私の歌舞伎の楽しみ方は、どうも「キャラ萌え」であるらしい。ドラマの中で役が動くんじゃなくて、ドラマは役にくっついてくるもん位に思っているし、舞台でドラマを演じるモノは人格を持つ個人であるよりも、個人としての形を持たないもの~様々な属性の集積~(それをキャラクターと呼んでよいのかどうか解らないのだが・・・)であってくれた方がありがたい。

 現代演劇嫌いでキャラ萌え気質の私が、なぜ歌舞伎にどっぷり魅せられてしまうのか? そこに歌舞伎の「型」というものが関係しているのではないかという気が何となくしていたのだ。

「型」とは

 その役の扮装から、小道具、大道具(舞台装置)の指定、テキスト・レジ(上演台本の作成)に至るまで。あるいは役者の動きの段取りから、その役の解釈に至るまで。要するにその役を表現するためのシステム全体をいう。



 役者の身体性に依るところが多く、役者の「仁」というものが言われる歌舞伎において、しかしその舞台上に、現代演劇に時々感じたような役者の人間としての生臭さを感じたことがない。

 役者の身体性を含めた個性、表現を「型」として凝縮することで、リアルな感情と人格を持った人間ではなく、とびきり魅力的な、まるで生きているようなお人形が舞台の上に現れる。人形と言ったってただの人形じゃない。魂を持った生き人形。「型」によって現れるのは、人格・個性・感情などではなく、魂だと思うのだ。

 歌舞伎の舞台の上にいるのは、例えば「合邦」なら玉手御前という個人としての女ではなく、「玉手御前」という魂。歌舞伎役者はその魂を入れる人形。

 歌舞伎役者は自分自身を人形として使う人形使いだ。いつも贔屓の役者にきゃあきゃあ言っている私だが、厳密に言うと私は彼等自身が好きというより、彼らの操る人形が好きなのだ。

 では、一個の人間でなく「人形(魂)」が演じるドラマって何なのか? っていうことは、まだよく解らない。これからゆっくり考えてみようと思う。


 本書は「陣屋」の熊谷、「御殿」の政岡、「十種香」の八重垣姫、「五・六段目」の勘平、「寺子屋」の松王丸、「千本桜」のいがみの権太、「合邦」の玉手御前・・・他、様々な役の型のバリエーションを収集、記録、紹介したもの。“「型」によって舞台上に何が起こるのか”を言葉にして教えて欲しかった私の期待とは少々ずれたが、読んでいる間中、脳みそがゴゥンゴゥンと音を立てて回転した。(オーバーヒートで暴走気味かも) 何故歌舞伎が好きなのか ~ 頭の中で混沌としていたものが、おかげで少しずつ形を成し始めた。

FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト



theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

やぶからねこ

Author:やぶからねこ

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログランキング
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
検索フォーム
カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
魂に喰い込んでます
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ