2006-10-28

小川未明童話集~SONGS OF INNOCENCE : 小川未明

小川未明童話集を読んでいて、読後感が妙だったものを二つ。

「月とあざらし」

 北方の海、子供をなくしたあざらしが氷山のいただきにうずくまり悲しみにくれている。
 あざらしに、子供を探してあげると約束した海を吹く風は、それきりあざらしのもとに訪れない。世の中のすべてを見ている月にも、あざらしの子供を見つけることはできない。

 子供を失った悲しみを忘れさせ、何とかあざらしを楽しませたいと思った月は、花の咲き乱れる南の野原で拾った小さな太鼓をあざらしに渡す。あざらしはこの太鼓が気に入ったらしく、しばらくの後、波の間からあざらしの鳴らす太鼓の音が聞こえてくるようになった。


 こんな風に私のつたない文であらすじだけにしてしまうと随分味気ないものになってしまうので、是非原文を読んで頂きたいところですが・・・。
 
 何が妙だったか・・・あざらしの必死さに押されて、子供を捜してあげると約束する風は「探してみるけど、もしかしたらもう人間に捕まってるかもしれないし、あきらめなよ~」という言葉を残したまま、本当に探してるのか、それとも約束を忘れちゃったのか帰ってきやしないし、親切な月も「子供が何処にいるのか教えて下さい」と哀願するあざらしに「でも、世の中にはあなたの他にも子供をなくしたり、さらわれたり、殺されたり、悲しいことはいくらでもあるんだからいちいち覚えていられないよ」と困惑気味。 え?ええ~っ? そんな事言うの~? 世知辛い、童話なのに何て世知辛い。

 この世間の世知辛さに対して、拍子抜けするほどあざらしの無垢なこと。あざらしが悲しんでいるのはいなくなった子供のことだけで、世間の冷たい仕打ちを恨んでわが身の不幸をかみしめたりしない。挙句には月にうまくまるめこまれて太鼓を叩いてしまう始末。・・・何か釈然としない。



「飴チョコの天使」

 町の工場で作られる飴チョコの箱には可愛らしい天使が描かれています。子供たちが興味があるのは中身のチョコだけですから空き箱は用無し。そういうわけで、この天使たちの運命はといえば、破ってくずカゴへ捨てられるか、ストーブにくべられるか、ぬかるんだ道の上に放り投げられるか。それでも天使達は痛がりも熱がりもせず、ただ地上にいる間は面白いことと、悲しいこととがあるばかりで、最後には魂はみんな青い空へと飛んでいってしまうものと思っています。

 さて、田舎の駄菓子屋に置かれた三つの飴チョコ。田舎ではなかなか高価な飴チョコを買う子供はなく、チョコの天使たちは憂鬱な日々を送っていましたが、ある日ひとりのおばあさんに買われ、町に住む三人の孫に届けられます。子供たちは中身をすっかり食べてしまうと、その空き箱を一人はドブに捨て、一人は破り、もう一人はそばを駆け回る犬にやってします。

 こうして地上の日々を終えた三人の天使たちは青い空へ上ってゆきました。地上には美しい燈がともり、行く手には美しい星が光っていました。


 この童話に何を感じるべきなのか? 心を無くした消費社会を憂うべきなのか、無残に捨てられる天使に同情するべきなのか。でも無垢な天使は己の運命を不幸と思っていない。ただ地上での役目を終え空に向かうのみ。


 あざらしも天使も無垢だなぁと思う。無垢というのは己のみで足りている状態。一見かわいそうで同情すべき状況にある時でも、無垢な心は自分を不幸であると理解していないかもしれない。不幸であることに気づくべきか否か。知恵の実を食べるか否か。

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