2009-01-24

水底の歌 - 柿本人麿論 : 梅原猛

 万葉の歌人・柿本人麿 ~ 数々の愛と死の歌を詠み、歌の聖と呼ばれる人麿の最期は、流人としての刑死であった。

 人麿の死前後に残された歌、そして人麿にまつわる伝承には水死のイメージがつきまとう。宮廷歌人として帝の側にあった人麿は、政治的権力を握らんとする藤原氏との軋轢の中で、罪人として流され悲憤の中で死を迎えたのではないか・・・。


 大胆な着想の下、それまでの定説を真っ向から批判する梅原氏の「柿本人麿論」。かつて読んだ井沢元彦氏の「猿丸幻視行」の中で、この「水底の歌」が引かれている部分があり、梅原氏の「人麿水死説」「柿本人麿=柿本サル=猿丸太夫説」については、その当時えらく興奮した記憶がある。その時は興味を持ちながらも、本著作を読むことはなかったのだけど、今回、あるきっかけで遅まきながら読んでみることになった。

 そのきっかけというのが、私が最近ファンになってしまった歌舞伎役者・市川亀治郎と梅原猛氏による「梅原猛「神と仏」対論集 第三巻 神仏のまねき」である。この対論中、新しい歌舞伎に話が及ぶところで、亀治郎から梅原氏への戯曲執筆のおねだりがあるのだが、その戯曲の題材を「水底の歌」にしようという構想が語られており、私としても“これは、読んでおかねば!”となったわけなのだ。

 ところが読み始めてみると、これがもうホントに読むのに体力のいる本で・・・。そのボリュームもさることながら、先人の残した権威ある説といえども、真理ではないと見れば猛然と挑みかかっていく氏の獰猛さにたじろがずにはいられない。それに、梅原氏エキサイトしすぎで、話がちょくちょく横道にそれていくんである。人麿の人物像を把握するためには、かなり広範囲なフィールドを視野に納めて考察する必要があることは解るが、その度に話が脇にそれては何時までたっても前に進みやしない。

 梅原猛ほどの巨人ともなれば、いくら話が脇にそれようとも、頭の中には完璧な全体の俯瞰図が展開されているんだろうが、私なぞでは脳のバッファー不足で、今語られていることの部分図解を頭の中に展開するのが精一杯なんだ。そう度々脇道に入られては折角頭の中に描いた図がブレる。今、何の為に何が語られているのか解らなくなってしまうんだよ!

 只もう・・・「いつか亀治郎が演るかもしれない」・・・それだけをモチベーションに読み終えた。



 第一部「柿本人麿の死」・・・人麿最期の地、鴨山に関する斎藤茂吉の考察「鴨山考」~定説になりつつある茂吉説への違和感・不信感から氏の考察はスタートする。

 人麿最期の地を自ら見つけ出し定めようとする茂吉の怨念めいたものと、その茂吉の怨念を、“真実をゆがめるもの”として告発する梅原氏の対決。あたかも、怪物茂吉と怪物梅原が「ギャオ~ス、ギャオ~ス」と火を吐きあっているかのような緊迫感。

 第二部「柿本人麿の生」・・・怪物茂吉をひとまずねじ伏せた梅原氏は、茂吉を初め後の多くの学者たちの人麿論の方向性を決定付けてしまっている、大いなる権威~江戸時代の国学者・賀茂真淵の人麿論へと挑む。その過程で、宮廷歌人としての人麿と、非業の最期を遂げる流人・人麿の姿があぶりだされていく。

 「万葉集」に採られた歌や、「万葉集」撰集について書かれた「古今集」序文、「続日本紀」など正史に関する記述、数々に伝わる伝承、中世・近世・近代の学者による人麿論 ~ あちこちに散らばる資料を検討しながら考察は進められていくが、史実に関する記録が極端に少ないため、伝承やその他の記述内容をどう解釈するか、または人麿の歌そのものをどう鑑賞するかという部分が鍵にならざるを得ない。

 人麿に向かう其々の学者たちの理性と感性の勝負。俄かには、誰が言っていることが真実に近いのか判断はできない。しかし、膨大な資料を調べ上げ、整合性をチェックするという、クールさを必要をする作業の先に人麿を「見た」という梅原氏の熱狂は、私を圧倒する。

 皇子たちの死を悼む挽歌から覗える帝や政治的権力者たちとの関わり。愛の歌に見える人麿の激しさ、奔放さ。そして、人麿の最期を歌う歌に、また数々の伝承につきまとう水死のイメージ・・・

 人麿を、そして人麿が生きた歴史を「見た」という梅原氏の目を持たない私は、本当のところ氏の熱狂に戸惑いもするのだが、確かに、梅原氏が語ると人麿の歌が妖しく生気を帯びてくるのだ。

 「水底の歌」はしかし、本格的な「人麿論」の準備の書のようだ。ここでの主眼は現代の国文学者達を縛り付けている真淵・茂吉の人麿論への懐疑表明と批判であり、氏の目が「見た」人麿はちらりとしか姿を現していない。人麿の姿が見たければ、次の書を読まねばならないようだが・・・それはまた、気力・体力が充実した時にでも。

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