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2008-04-09

猫だましい : 河合隼雄

 「たましい」というものを改めて考えてみても良いのではないだろうか、と河合隼雄氏は私たちに語る。「たましい」は「魂」とはちょっと違う。「スピリチュアルなんとか・・・」というアレとも違う。


 世界創生の神話が、天と地を分かつことから始まるという例に見られるように、混沌の中から何かを分離し取り出す、境界の判然としないものをはっきり切り離し、区別し、把握するという所から人間の意識は生まれた。

 近代になって人がついに「心」と「体」を切断して、強固な自我を獲得するに到って、一方で分離、切断によって生まれる影の部分が現れるようになってきた。

 人間という連続した存在を、ひとたび「心」と「体」に分けてしまうと、その途端に全体性は失われてしまう。もう一度、切断した「心」と「体」をくっつけたところで、元通りには戻らない。人間を「心」と「体」に分けた途端に失われるもの・・・言うなればそれが「たましい」ではないかと河合氏は考える。

 「無いもの」「失われるもの」を思い描くのは難しい。そのため河合氏は、私たちの身近な日常に、また物語に登場する猫を方便として使う。(「猫だましい」というタイトルには、「たましい」と「騙し」がかかっているのです。)


 平和に眠る炬燵猫。古代エジプトの神であった猫。虎やライオンに通じる、獰猛な狩猟者の本能を持つ猫。束縛を嫌い自由気ままに振舞うかと思えば、身をすり寄せて愛好者の心をとろかす猫。知恵と策略で主人に大きな富をもたらす一方で、恩を受けた主人を残忍に食い殺すこともあるおとぎ話の猫。化ける猫。

 変幻自在で、矛盾する属性をも平然と同居させる猫のありようを「たましい」の顕現と見て、古今東西の物語に登場する猫たちのふるまいを観察する。

 河合氏がひいてくる物語はどれも魅力的なのだけど、一番好奇心を刺激されたのは「長靴をはいた猫」の読み方。猫はなぜ長靴を履いたのか? 長靴をはいた猫が手袋までつけたらどうなるか?

 
 マンガ界からは大島弓子の「綿の国星」が代表選手として選ばれているが、「綿の国星」ってほんとよく評論に取り上げられるマンガだよなぁ。マンガで言えば・・・内田善美の「草迷宮・草空間」に出てくる日本人形の女の子(いつか人間になると思ってる)も“ねこ”と呼ばれ、これはもうはっきりと作中に「魂」というテーマが現れる。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」もアニメ化の際、登場人物たちが猫の姿で描かれた。

 猫をからめて語られる物語をこれだけ続けざまに見ていると、猫が「たましい」を語る方便だったことを忘れて、“なぜ「猫」なのか?”というところにまた興味が向かってしまう。これはまた違う分野の仕事になるんだろうけど・・・。

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