2006-08-28

ワールズ・エンド・ガーデン : いとうせいこう

 この小説が発表されたのは1991年。終焉を迎えたバブルの残骸がまだあちこちに曝されていた頃だろう。

 地上げ屋が買い上げた東京の一角に冴島章平のプロデュースによって2年間の期間限定で出現した街“デゼール(砂漠)”。イスラム教のイメージを借り、コーランの詠唱やアラビア文字を真似た落書きがファッションとして氾濫する街にはアーティスト、ミュージシャン、DJ、モデル、編集者といった、東京の刺激的な、章平の言葉を借りればインテリ・チンピラ達が集められた。

 返還期限が半年ほどにせまった街に、記憶喪失の不良者が現れる。予言ともとれる意味不明の言葉を発するその男を、デゼールのブレインの一人であるサキミは自室に住まわせる。

 男の周囲に集まる者達の中で力を帯びた「予言」は「物語」を形づくり始め、章平のプログラムを狂わせる。街の中心にあって全てお混乱に陥れる男は果たして預言者なのか、それとも悪意に満ちた詐欺師なのか。

 「何者かでありたい」者達が「自分の物語」を求めて行き着く先は・・・

***

 強い自意識を持ち、「何者かでありたい」人達が群がる“デゼール”。その“デゼール”に突如現れる記憶喪失の預言者。

 自分の価値を欲する者達は、預言者の与える役割と物語に束の間満足と高揚感を得るが、自分を何か意味のあるものとして固定しようとしては失敗する。与えられた「物語」は人を、街を更なる困難へと巻き込む。

 混乱を極める事態に向かって“何故”と疑問を発し続けることで、何とか足場を固めようとする主人公・恭一だが、「意味」は固定する前に反転し「無意味」となる。

 意味を固定しないことがいとうせいこう氏の仕事であるようだ。与えられた言葉や物語によって価値や意味が定まっていくことを、そして生きる上で必要と思われる拠り所を得ることさえ憎んでいるように見える。意味やつながりを絶ちながらも強烈に「私」を主張するいとう氏にはもの凄いスピード感がある。

本書献辞より引用・・・

私よ、私を救いたまえと祈る私だけの宗教と、その教祖であり神であり信者であるたった一人の私に。

その私に救いなどあるものかと唾を吐く私に。

・・・

 さて、このエントリの中に、私の考えたことはどれだけ含まれているか・・・。他人のテキストの拝借でない文章が一つでもあるのか。

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