2013-04-27

安土往還記 : 辻邦生

『安土往還記』 辻邦生

私が彼のなかにみるのは、自分の選んだ仕事において、完璧さの極限に達しようとする意志である。私はただこの素晴らしい意志をのみ―――この虚空の中に、ただ疾駆しつつ発光する流星のように、ひたすら虚無をつきぬけようとするこの素晴しい意志をのみ―――私はあえて人間の価値と呼びたい。


 宣教師たちとともに日本に渡来したジェノバ出身の船乗りが遺した書簡の形で語られる、戦国の実力者・織田信長の姿。

 そこに現れてくるのは、「事をなす」ためには「理にかなう」ことをこそ最上とし、「理にかなう」ためには自分さえも殺す~自分の習慣も、思惑も、情も、自尊心もすべてを犠牲にするという、極めて厳しく合理的な精神を持った信長。

 自分の目にした日本の都とそこに君臨する信長の姿を書き綴るこの書簡の主自身、不貞をはたらいた妻とその情夫を殺して故郷を離れて以来、「自分に襲ってくるすべてのことを、自分が意志し、望んだこととして」生きていくために、運命に追いつかれることのないように常に休む間もなく自分を追い立ててきた男であり、異国で出会った信長に、戦乱の世の武将として「事をなす」ために、比叡山の焼き討ちも、長島の殲滅戦も、強大な勢力に四方を囲まれた困難な局面も、一切の妥協なく自らの意志の力業で歩まんとする、自分と同様の厳しい克己の姿、それゆえの孤独を見るのである。 

 書簡の主が信長に見た、峻厳で気高く極限まで引き絞られた精神の煌めき、愛すべき瑞々しい好奇心と繊細な情愛、高みを目指せばそれだけ深く刻まれる悲愴な孤独の翳は、それはもう荘厳な美しさで・・・、それらを、しっかり、深く、味わいたかったのに・・・ ああ! ダメダメな私はしばしば頭をもたげる“この異国の男の信長への共感っぷりが憎らしい”という邪念に、気を乱されてばかりで。もぅ・・・自分自身にがっかりする。


 書簡の主は最後に思う。明智光秀を謀反に追い込んだのは、彼に向けられる信長の共感の眼差し~自分と同様に意志の力で自分自身を克服していく光秀に注がれる、更なる孤独な高みへと登りつめることを強いる眼差しではなかったかと。それは・・・あまりに悲しい。

FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2013-04-20

平家物語の怪 能で読み解く源平盛衰記 : 井沢元彦・大槻文藏

『平家物語の怪―能で読み解く源平盛衰記』 井沢元彦・大槻文藏

 名古屋能楽堂のオープンを記念して行われた「能で観る平家物語」という企画での講演を書籍化したもの。この企画は、より多くの人に能を観てもらうため、能の演目の中でも数多い『平家物語』に関連する曲の中から十二の演目を選び、能の上演に先だって背景となる歴史や精神性について井沢元彦氏が講演をするというスタイルで行われたものであるとのこと。

 「能を観る」という気持ちが盛り上がるよう上手く構成されている。収録された井沢氏の講演は歴史解説としてはちょっとざっくりしすぎで物足らなくも感じられるのだけど、後に能の上演が控えてると思うと、それぞれの演目の主人公となる人物への興味がわき、その人となりへの一定の理解も準備できるといった、程よいウォーミングアップになっている。

 井沢氏のお話しの後には、観世流シテ方大槻文藏氏による、使用する面や、演じる上での工夫、様々な演出についての解説が付されており、これが抑えた語り口ながら演じる方の実感のようなものが感じられて、もう一段階ぐっと、これから演じられる能への興味・期待が高まる。

 ・・・で、“さあ、能を観よう”と身を乗り出すのだが、“あ、能の上演はついてないんだった・・・”っていうのを、きっちり十二回分繰り返してしまった。できれば「能を観る」のとセットで楽しみたかったなぁ。


 とりあげられているのは以下の曲

「松山天狗」…保元の乱に敗れ讃岐に流された崇徳院の怨念
「鞍馬天狗」…義経に力を与え守護した鞍馬天狗
「俊寛」…平家崩壊の序章。俊寛の孤独。
「頼政」…平家への反逆の狼煙をあげた頼政の修羅
「巴」…義仲と共に死ぬことができなかった巴御前の妄執
「清経」…行く末を悲観し自殺した清経。滅ぶ平家の悲劇。
「忠度」…一の谷の戦いに敗れた忠度の歌への執着
「屋島」…義経の亡霊が語る屋島の激戦
「船弁慶」…義経一行を襲う知盛の怨霊
「二人静」…義経を恋うて舞う霊に憑かれた菜摘女と静の亡霊
「安宅」…奥州へ落ちていく義経一行。主君義経を守り抜く弁慶。
「大原御幸」…後白河法皇の前で建礼門院が語る壮絶な懺悔話




FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2013-04-13

王城の護衛者 : 司馬遼太郎

『王城の護衛者』 司馬遼太郎

 京都守護職に任じられ、悲壮な覚悟で動乱の都に赴いた会津藩主松平容保。人斬りが横行し、様々な政治的思惑が入り乱れる複雑怪奇な京の情勢の中、自らに政治的感覚や策謀の才のないことを知る容保は、いかなる策も用いず、何ら思想も掲げず、ただ「王城の護衛者」としての至誠を貫くことを自らの正義とした。

 しかし、王城を守護するための仕事は容保を血にまみれされ、宮廷に跳梁する過激派公卿や各藩の思惑だけでなく、藩祖以来の家訓によって守るべき宗家・将軍慶喜の度々の変心に翻弄される容保と会津藩はじりじりと窮地に追い込まれてゆく。

 時勢を読み、主義・思想を掲げ我が道を切り拓くのではなく、政治的な駆け引きのすべてを放棄して、ただ孝明帝から受けた親愛・信頼への感動の中で、己の誠を貫かんとした松平容保の生き様を、可憐なものとして書き留め、その怨念の品の存在で本作を締めくくった作者の筆には、時代の転換期をそれぞれに生き、それぞれの役を負った者たちへの敬虔な想いが満ちている。




FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2013-04-06

エムブリヲ奇譚 : 山白朝子

『エムブリヲ奇譚』 山白朝子

 庶民が旅を楽しむようになった世の中。土地の名物、温泉の効能、道中のあれこれを記した旅本の作者であり、人に知られていない景勝地や温泉地を訪ねては旅をする和泉蝋庵にはとんでもない迷い癖がある。一本道を進んでいるはずが気づくと元いた場所に戻っており、十日はかかるはずの町には半日で辿りつき、山道を登っていたら広々とした海に出くわす。付き人として和泉蝋庵と旅を共にする「私」は、いつも蝋庵の迷い癖に巻き込まれ・・・

 一日中霧が立ち込める物の形も人の姿も曖昧な町、青い石と共に生まれ変わる少女、人の顔をした魚の獲れる村、あるはずのない橋が架かる崖、人を食う山賊の家・・・。道に迷った果てに、和泉蝋庵と「私」が辿りつく「ここではない何処か」。

 その奇妙な場所で、「私」は、生きている胎児を拾い、霧の中の温泉で死者と逢い、無垢な生き物を手にかけて殺し、死んだはずの男と取り違えられ、極限の惨劇を体験する。

 ただ部屋で酒を飲んでごろごろしていたいと思うような男である「私」。何か仕事をしようとしても長くは続かず、世間からはろくでなしと思われ、やめられない博打の借金はかさむ一方。わけがわからず、時に命の危険にさえさらされるような蝋庵との旅は、「私」にとって怖ろしく、厭わしく、呪わしいものであるのだが・・・

 現世で上手く生きられない「私」は「ここではない何処か」に魅入られる。「私」にとって、そして「私」の後を追うようにこの物語のページを捲る者にとって、和泉蝋庵との旅の先にある「ここではない何処か」は、寂しく哀しい陶酔の内に在る。



 山本タカト氏の表紙絵がまた・・・“連れていかれたい”気持ちにさせるのですよ。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

プロフィール

やぶからねこ

Author:やぶからねこ

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログランキング
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
検索フォーム
カレンダー
03 | 2013/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
魂に喰い込んでます
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ