2012-04-28

猶予(いざよい)の月 : 神林長平

『猶予(いざよい)の月』 神林長平

 『事実は理論によって創られる』・・・そう考える衛星カミスの住人・カミス人は惑星リンボスを実験場として、そこにひとつの世界~彼らの理論実験の結果である事象を生み出している。惑星リンボス上の生物、そこで起こる事象のすべては、カミス人の言葉=理論によって記述されたものである。

 姉弟でありながら互いに恋をするカミス人の理論士イシスと詩人アシリス。カミスでは許されない姉弟の恋を、正当なものとして実現させる事象を求め、イシスは自分と弟アシリスを惑星リンボス上に存在させる理論計画を実行する。イシスが実行した理論計画は、天才的な理論士にして犯罪者バールの理論に影響を及ぼし、リンボス上に「時間」の無い事象面と数名のカミス人~イシス、アシリス、バール、治安士スローン、理論士セラフ、カミスの理論を管理する管理機構の指令ダゴム~を出現させる。

 無数の“有りうべき「事実」”が、選択可能な「事象」として存在する時間の無い世界=猶予の時。登場人物たちが意識的に、あるいは無意識に行う事象の選択によって、次々に書き替えられる「事実」。

 カミス人の言葉=理論によって生まれた存在であるはずのリンボス人たちは、自分たちの存在する“記述された”世界の秘密を知ろうと自律的に動き始め、詩人が夢想した物語までもが一つの現実として存在を始める。「理論」と「行動」と「想像力」が拮抗し、それぞれが自分にとっての事実を見つけ固定しようとせめぎ合う。

 時間の無い世界で無数に選択される“有りうべき「事実」”~これは「自分探し」の物語というわけなのか。タイトルに「猶予」という言葉が使われていることで、“ん?”とは思っていたけれど。

 時間の無い世界では、あらゆる「事象」が選択可能である一方、矛盾する選択や、選択し、行動し、想像する意志の弱さは、「事象」の消滅をも招く。昔読んだファンタジーなどで味わった「無」の恐怖~自分をここまで連れてきてくれた物語の登場人物たちが、過去に存在した事実も含めて消滅してしまうことへの恐れと、その恐れに重ねられた自分自身の存在への不安~を思い出し、味わいながら読み進める。でも・・・『時間も空間も消滅した世界に残るものが愛かもしれない』という、ある登場人物の言葉には、ちょっと面喰った。


 

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genre : 本・雑誌

2012-04-21

鬼恋童 : 赤江瀑

『鬼恋童』 赤江瀑

 講談社文庫から出ている赤江瀑作品の多くは表紙が辻村ジュサブローの人形で飾られていて、手に取るだけで妖しい気配がム~ンなのである。以前は講談社文庫版の赤江作品は『罪喰い』以外すべて(多分)持っていたのだけど、ある時期に訳あってすべて手放してしまって、今手元にあるのは『鬼恋童』含めて4冊だけである。何であの時手放してしまったのか・・・馬鹿なことをした。

 久しぶりに読んだ『鬼恋童』だが・・・ああ、やっぱりやられた。冒頭の数行を読んだだけで、見事に、“あっ”という間に、なす術もなく、スコーンと赤江瀑の世界にハマってしまった。

 
 この間、ワイドショーを見ていたら、「悪い霊が憑いている」などと言って、不安を煽り、悩みを抱える人の心の弱みにつけこんで怪しげな商品を買わせてしまう霊感商法の手口を紹介していた。「悪霊が・・・」なんて言われて何故信じてしまうのか。何かおかしいとどうして気づかないのか。傍から見れば、何でそんなことになるのか到底理解できない、ありえない話。

 でも、世界にハマるってこういうことだよなぁ・・・と、読み終えたこの小説を手にして思う。

 普通の日常生活をおくっている健全な(?)精神状態では見えるはずのない、闇、鬼、魔、妖しが姿をあらわすそんな世界。しかし、わたしたちの心は、漠然とした正体のわからない不安が芽生えるだけで、すっと日常を離れていく。

 『鬼恋童』・・・毛利藩の御用窯としての開窯以来、萩焼の歴史のどの一角、一隅にも記されていないその文字(「鬼恋童」)。

 六条御息所ゆかりの野宮神社への竹藪の路ですれちがった、ふと気にかかる女の顔(「阿修羅花伝」)。

 「雉子も鳴かずば撃たれまいに・・・」 一声高く鳴いて飛び立つ雉子に自らを重ね幻想する男(「闇絵黒髪」)。

 ニューヨークの街を歩きながら、中国古代の火の神『炎帝』の名を持つ一枚の絵~燃え上がる炎のような筋隈をひいた男の顔~を思う女(「炎帝よ叫べ」)。

 左右両端に蕨型の背もたれ、アカンサスと忍冬模様のビロード張りのシート、インド産のサテンウッドに精妙優美な彫刻装飾を施した一台の寝椅子(「寝室のアダム」)。

 収録された各短編冒頭の情景、記述。ほんの数行の言葉、描写で、赤江瀑は私たちの心に不安、不審、不穏の芽を植え付ける。もう世界にハマっている。芽はどんどん大きく育つ。じっとりと汗をかき、何か恐ろしいものが眼の端でうごめいているのを感じる。ああ、見ちゃあいけない。


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2012-04-14

アンドロギュノスの裔 : 渡辺温

『アンドロギュノスの裔  渡辺温全集』 渡辺温

 渡辺温という青年のことを知ったのは久世光彦氏の著書『美の死―ぼくの感傷的読書』の中でだった。谷崎潤一郎への原稿依頼の帰り、踏切事故に遭い亡くなった夭逝の作家 ~ 久世氏の文章を満たしていた、その人物と作品への愛情と哀惜の想い。・・・とても気にかかり、いつか読もうと思っていた。


 眩い灯りと西洋風の文化に彩られながら、まだそこここに薄暗い路地や闇を残した東京の街。その街を洒落た身なりで歩く紳士。内気ではにかみ屋の青年。断髪のモダンガール。したたかで可愛らしい街の女。森や海辺のお邸に、また場末のみすぼらしい部屋に暮す病身の娘。

 都市の気分、時代の文化をふんだんに纏った男女が演じるドラマ。ユーモアと機智の中に少し効かせた悪意。都会風の感傷。新しい文化が次々と花咲く都会 ~渡辺温青年自身、その中を意気揚々と歩いたであろう、都市の空気を感じさせる作品群。中でも、人の内面を映像化したかのようなシュールで迷宮的な物語「父を失う話」の奇妙さが印象に残った。

 それにしても、これらの都会的で、若々しい才気と向う気を感じさせる作品を読むと、その作品に刻まれる永遠に青年のままの作者の姿は、何か残酷であるように思われる。


 

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2012-04-07

逃げる男 : オノ・ナツメ

『逃げる男』 オノ・ナツメ

 ひとときの「避難」を必要とする人と、それを受け入れる森、「逃げる人」とともにある熊。シンプルなだけに、色んな深読みや自分に引き寄せた読み方のできるお話しだと思う。

 しかし、ほとんど絵だけで読まないといけない割に、何が描かれているのか・・・オノ・ナツメさんのザクッとした描線では描かれたものの姿が詳細に見てとれなかったりもする。私の眼力のなさのせい、もしくは作品とのシンクロ度の低さのせいもあるけど。

 二、三度読み返して、私の中にポッと灯ったのは「スーツ萌え」という言葉だったり・・・(それがふさわしい言葉かどうか自信がないが)。

 森を出ていく男が再び身に着けたスーツ・・・そのスーツ姿は実にいろんなこと~これまでとこれからの人生、そこで費やされた想い、スーツという衣服が持つ社会性を背負うということ・・・~を語っているようで色っぽかったので。




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