2012-03-31

ヴォイド・シェイパ : 森博嗣

『ヴォイド・シェイパ - The Void Shaper』 森博嗣

 自分が何者であるかを知らない一人の若い武芸者の旅。

 ゼンはもの心つく前から山奥の庵で師・カシュウと二人きりで暮らし、師に倣い剣の腕を磨きつつ成長した。師・カシュウの死とともに山を降りたゼンは、カシュウの痕跡をたどりながら、世の中を、人を自分を見、剣の立ち合いを通して様々に考える ~ 「強さ」とは、「生」とは、「死」とは何か。

 ゼンは絶え間なく思考する。理屈を構築し、検討し、他人の理屈を突き合わせ・・・。合理的と思える答えを探し、絶え間なく思考することで、自分という存在を量る。「すべては無」であることを知り、その中で変化しつづける自分を感じる。それは、「我思うゆえに我あり」的な生き方のモデルのようでもあるし、仏教の実践書のようでもある。思考し続けることを、つい面倒と思ってしまう私にはかなり息苦しいが。
 

 各話の扉に引用された新渡戸稲造『武士道』よりの言葉の方が、私には衝撃的であったかもしれない。

 なぜなら、もし愛情が徳の行動に結びつかない場合は、頼りになるものは人の理性である。そしてその理性は、直ちに人に正しく行動することを訴えるからである。


 何か・・・この言葉は色々と衝撃的だった。「愛」が正しい行動の原理たりえるということも、また、「理性」(=「義理」)が「愛」の機能不全を補い得るとされていることも・・・。


 

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2012-03-24

出星前夜 : 飯嶋和一

『出星前夜』 飯嶋和一

 “「島原の乱」なら、天草四郎でしょ”と少しばかりロマンティックに考えて読み始めた自分が恥ずかしい。藩主の悪政に対し、島原半島およびその対岸天草で勃発した大規模な反乱を、地の鳴る音が聞こえるような不穏なうねりの中に描いた大作だった。

 
 かつてキリスト教の布教や異国との貿易が行われ、それぞれに個の気概を持つ人々が暮らし、前藩主有馬氏に従って関ケ原や朝鮮での戦を経験した軍役衆の残る土地柄。その地に加えられた宗教的弾圧。領民に表高の二倍もの年貢を課し、その生活の現実を見ることもない藩主松倉家による愚劣な政治と過酷な支配。ひたすら耐え、生き延びようとする人々を襲う天災、それに続く飢餓、病。理不尽に命を奪われる子供たちの純粋すぎる怒りと虚無。生活の軛を離れ、教会堂の森にたてこもる子供たち・・・蜂起前夜の気配。

 人々がそれぞれの心に従い起こしはじめた行動は、意図しない結果をも招き、止めようのない流れにのまれ・・・一人ひとりの異なる想いで撚られていたであろう糸は、「反乱」という激しくうねりのたうつ一本の太縄へと糾われていく。

 重要なのは、崇高な理想や理念を唱えることではない。それはむしろ大勢を破滅へと導く。馬鹿馬鹿しい武力衝突や騒乱を回避するためには、泥臭い駆け引きこそが重要だ。


 そう説いた有家村鬼塚の庄屋甚右衛門さえもが、結局は蜂起勢の一人となり、軍を率いて、先には全滅しかない戦を戦う。

 人々の信仰心も、矜持や誇りも、生への思いも、大量に流された血の中で踏みつぶされ葬られる。もはや止まることのないこの絶望的で救いのない反乱の中に、作者は小さな星を書き入れた。矢矩鍬之介~教会堂の森に立て籠もった少年たちの頭。反乱に加わるもそれがもたらす結果のあまりの愚かさ、悲惨さを厭い、島原の地を抜けて長崎にたどりつき、その後は贖罪と無私の心で人々を生かす医者として生きた青年。蜂起勢が死に絶えた後にただ一つ残った蜂起衆の心。




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2012-03-17

生きても生きても : 西炯子

『生きても生きても―西炯子エッセイ集』 西炯子

 “私はその辺にいる人たちと同じではない” “私の本当の居場所は「ここではないどこか」にある”・・・自分は特別であるという思いを拠りどころとする一方で、たとえば肉親のような近しい人にさえ、自分の想いは正確に伝わるわけではないということを思い知らされ、その孤独に傷ついてもいた10代の頃、西炯子のマンガに出会った。椋本兄弟、嶽野義人・・・西炯子の描くお話しは私に寄添ってくれた。

 学生時代の終わり・・・“大人になる”ということが漠然と頭をよぎり始めた頃、やはり西炯子のマンガを読みながら、自分の中の愛しくて、悲しくて、残念な何かを、もうすぐ失ってしまうだろうということをぼんやりと予感していた。

 それから・・・気がつくと西炯子のマンガを読まない何年かが過ぎていた。西炯子のマンガがなくても、仕事をして、食べて、遊んで、生活できた。


 数年前、西炯子のマンガに再会した。以前より随分穏やかな気持ちで読んだ。それは、もしかしたら少しさびしいことかもしれないが。


 西炯子さんにはとてもお世話になった。せめて・・・少しは良い大人になれているだろうか、私は。





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2012-03-10

弦と響 : 小池昌代

『弦と響』 小池昌代

 悪魔的なエネルギーと存在感を放つファーストバイオリン・鹿間五郎、美貌のセカンドバイオリン・文字相馬、大柄で才能豊かなビオラ・片山遼子、静かな情熱を秘めたチェロ・伊井山耕太郎 ~ 日本を代表する弦楽四重奏団として長らく活動してきた鹿間四重奏団が間もなく迎えるラストコンサート。メンバーの妻、かつての恋人、スタッフ、記者、マネージャー、鹿間カルテットの音楽を愛し、または偶然にラストコンサートの会場に足を運ぶ客たち。鹿間四重奏団の最後の日 ~ 交叉するさまざまな想い、人生。

 音楽を物語る作者の言葉は愛情と畏れに満ちて豊かだ。たくさんの修辞が施されているわけではない。使われている言葉はむしろシンプルである。しかし、「切ない」「美しい」という日常にあふれた言葉に、これほどドキドキしてふるえたのは随分久しぶりのことだ。

『聴いたあとには何も残らない。しかし記憶のなかには時が流れ去ったという、切ない感触の跡が残る。』 (「セカンドバイオリン」) 

『なんという美しい響きがこの世にあるのか』 (「ファーストバイオリン」)


 おそらく、ひとつのシンプルな言葉が、その本来の持てる力をもっともまっすぐに発揮するような空間が、それまでに紡がれた言葉の連なりによって作り出されているのだ。愛情をこめて生み出された空間にすっと置かれたその言葉は、驚くほど豊かに、また清新に響く。

 開演を待つ間の静かな熱を帯びたざわめき、そしてコンサートが終わったあとのホールに残る余韻・・・ 作者の言葉は、訳もなく泣きたくなるような切なくあたたかい感触を身体の内に呼び起こしてくれた。

 
 静かに降りしきる雪の中、鹿間四重奏団のラストコンサートが始まる。


 

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2012-03-03

葬送 : 平野啓一郎

『葬送』 平野啓一郎

 すごく漠然とした感覚ではあるんだけど、クラシック音楽や芸術を深く愛好するわけでもない私にとって「ショパン」とは、作曲家、芸術家として意識されていた訳ではなくて、高校の初め頃までなんとなくだらだらと通っていたピアノ教室で練習したり、友人が音楽室のピアノで遊び半分に弾いてくれた曲・・・そうやって自分や友人が「何気なく“今”弾いている“曲”」のことだったような気がする。

 この小説の中で、生き、生活し、苦悩するショパンを見て、初めて自分の中に「人」としてのショパンは存在せず、「曲」としてのショパン(しかもとてもライトな)しかいなかったことに気づき、驚いた。そして、小説の中でショパン自身が、いずれは遺された作品や肖像画こそが“ショパン”となり、そこから零れ落ちる“ショパン”を掬い上げるものはいない・・・ということを語っていることに胸が少し痛んだ。 


 19世紀のパリ。その“天才”によって類い稀な作品を生み出した芸術家 ~どれほど悩み苦心して書き上げたものだとしても、その苦悩の後を一切残さぬ繊細で華麗な音楽を生みだすショパンと、芸術とそれを生み出すべく自らに与えられた才能のために、自分自身が鼻面を引き回され、生活を食い尽くされ、恐ろしい孤独にさらされても、絵画にその全てを捧げ描き続けるドラクロワ。社交界での華やかな交友。愛する人との間に交わされる言葉。疎遠になっていく人との間ですれ違う想い。失われてしまった人や時間をめぐる回想。内省的な独白。煌めく才能に恵まれながら病に侵され衰えていくショパンに、あるいはドラクロワの渾身の天井画に注がれる人々の眼差し。それらが互いの隙間を埋めるように幾重にも重ねられ、描き出されていく彼らの芸術と生活、そして、その時代。

 何層もの言葉を重ねて構築されたドラマの中から、自分を取り囲む人たちの言葉の、表情の、しぐさの意味を読み違えまいと心を砕くショパンや、どんなに苦心して言葉を選んでも、言葉が自分の思いを正確に伝えないことに落胆するドラクロワの姿がふと立ち上がってくる。


 

 

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