2011-12-28

猫を抱いて象と泳ぐ : 小川洋子

『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川洋子

 どこまでも静かな、悲しみと、恐怖と、充足。


 彼は、十一歳の時のまま大きくなることを止めた身体を小さく折りたたむと、テーブルチェス盤の下のスペースにすっぽりとおさまることができた。

 チェス盤の下にうずくまり身を潜めたまま美しい軌跡を描くチェスを指した“盤下の詩人”リトル・アリョーヒン。いつも彼の心にあった悲しく、優しく、温かいものの姿 ~大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ、細い壁と壁の隙間に入り込んで誰にも気付かれないままミイラになった女の子、甘いお菓子とチェスを愛し廃車バスの中で暮らす太ったマスター。

 何かがいびつなまま、どこにも行くことができない、他のどこにも身を置くことができない不幸と、何ものにも侵されない居場所を与えられた幸福。その与えられた小さな居場所にぴったりと身体を馴染ませて、限りなく広く、深く、暗く、美しい光さす海に静かに潜り自由に泳ぐ。



 
 ああ・・・何を書いても、このひっそりと美しい世界の気配を乱す雑音にしかならない・・・




FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2011-12-24

夕闇の川のざくろ : 江國香織 絵・守屋恵子

『夕闇の川のざくろ』 江國香織 絵・守屋恵子

 しおんは沢山の嘘をつく。山の麓の貧しい村のお地蔵様の足元に捨てられたのは醜かったせい。漁師の夫婦にひろわれて、毎朝はだしで魚の行商に行った。何人もいるピエールたち~恋人のピエール、従兄のピエール、友達の恋人のピエール、亀のジャン=ピエール~の話は際限もなく拡散する。

 人なんてもともとほんとじゃなくて、物語だけがほんとだというしおんは、私の『きわだって孤独できわだって美しく、そしてひどい嘘つきの、ちょっと変わった友達』。しおんは『つまりちょっと嫌な感じの娘だった』。

 台所で料理を作るしおんのために蕪を買いに部屋を出る私。部屋に帰ってきた私を迎えるしおん。

 しおん : 「さっきまであなたは髪がながかったのよ」

  私 : もう十年も、私は髪のかたちを変えていません。


 「しおん」と「私」を包む、寂しくどこか冷え冷えとしているけれど美しく澄んでいた空気が、ざわりと残酷味を帯びる。

 嘘をついているのは「しおん」なのか、「私」なのか?

 しおんはたくさんの嘘を私に語る。しおんの話がほんとうでないことを私は知っている。

 しおんには、ほんとうのような顔をしている世の中のすべてのものが嘘であることが見えてしまう。しおんの話をきく私がほんとうでないことをしおんは知っている。それは、ぞっとするほどの孤独。

 そんなしおんの孤独を知っている、でもこの世の嘘の一部であるような「私」。「嘘」であることで、「ほんとう」になろうとするような・・・。




FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2011-12-17

木暮荘物語 : 三浦しをん

『木暮荘物語』 三浦しをん

 いつか読んだマンガのキャラクターの台詞をなぞるようで、ちょっと苦笑いなんだけども・・・「気持ち」っていうのは、ただ一人でいる自分の中にあるものじゃなくて、“自分”と“誰か”の“間”に生まれるものなんだなぁと思わせる連作短篇。

 木造ボロアパート木暮荘に暮らす住人たちの日常とちょっとした事件。身につまされたのは、木暮荘の大家・木暮老人のお話。真面目に働き、結婚し、家族を作り、穏やかに暮らし、穏やかであったからこそ、心から誰かを、何かを激しく求めることもなく過ごしてきた木暮老人。何も悪いことはしていないはずの木暮老人が味わう悲憤。

 これがツケなのかもしれない。

 悪いことはひとつもしていない。だが、だれかに自分の心を伝える必要を感じたことも一度もない。その怠慢のツケが ~略~ 襲いかかってきたのだ~


 これは怖い。身に覚えがありすぎて怖い。私にも、木暮老人のように孤独と怒りと悲しみを味わわなくてはいけない日がいつか来る。このままでは、絶対、来る。誰かを求めることをしない・自分の心を誰かに伝える必要を感じない ~ これってやっぱり怠慢なんだろうか? そうじゃなかろうかと薄々思ってはいたんだけど・・・。


 “自分”と“誰か”の間に生まれた気持ちは、どこかにきちんとおさまるべき場所があるとは限らず・・・相手には渡し損ね、自分でも消化できず、宙に浮いているけど手放すこともできない気持ち。そんな上手くおさまるところの見つからない「気持ち」の小袋を身体のあちこちにたくさんぶら下げて生きていくのを、実りある人生というのかもな・・・と思ったり・・・。




FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2011-12-14

元禄百妖箱 : 田中啓文

『元禄百妖箱』 田中啓文

 再びの乱世を願う老武士の手により殺生石の封印が解かれ、金毛九尾の妖狐が太平の江戸の世に放たれた。

 家綱が不可解な死を遂げ、綱吉が将軍の座について以来、数々の天災が国を襲い、悪法「生類憐みの令」に民は苦しめられていた。江戸城の奥にたちこめる獣の臭い。江戸城に巣食うものたちの正体を見破った伏見稲荷の神官・羽倉斎が密かに戦いを仕掛ける。

 赤穂藩主・浅野内匠頭長矩の松の廊下刃傷事件、赤穂浪士の吉良邸討入り・・・あまりに有名な元禄の大事件が、さらに大きくこの国を覆う妖気漂う暗黒の物語の1コマとして語られる。

 ひとり妖狐への戦いを挑む羽倉斎~後の国学者荷田春満の暗躍。“先を見てしまう”堀部安兵衛の千里眼~主君への忠義に燃えながら、時にヒヤリとするような諦念を見せるその眼差し。

 奇想天外なお話しであるが、その描き方はさほど大仰ではなくさらりとしていて、元禄の世に妖しのものどもの跋扈する大真面目な「伝奇物語」・・・というよりも、「忠臣蔵」を元ネタにひとつ新奇な話を作ってみせ、そのアイデアの面白さで座の皆を興がらせる、良い意味での「座興」といった趣。




FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2011-12-10

妖説 赤穂浪士 : 志津三郎

『妖説 赤穂浪士』 志津三郎

「仰せられること、よくわかり申した。つまるところは、厭がる赤穂の家来たちの鼻面を引っ張って主君の仇討ちをさせようという魂胆でござりますな」


 内匠頭切腹後の評定において、籠城、殉死、仇討ちと、言うことが定まらなかったことといい、山科に居を移してからの色街での遊興三昧といい、いよいよという時になって同志に誓紙を返してまわっていることといい・・・内蔵助はやっぱり仇討ちなんてしたくなかったんじゃないかなぁ。

 最近そんな風にも思うようになってきたとこだったので、赤穂浪士の討ち入りの陰に、表には現れない全く別の者の意図があったという着想にはハマった。赤穂の侍たちのダメっぷりを容赦なくこき下ろす作者の毒舌も、そのダメ侍たちの尻を叩き、鼻面を引き回し主君の仇討ちへと追い込んでいく影の一味の暗躍も痛快に感じた・・・最初のうちは。

 しかし中盤にもなると、赤穂の浪人たちへの悪口があきれるほど執拗に繰り返されるのと、その書きっぷりが怨念を感じさせる程に憎々しげで、あまりに愛嬌がないのとで、さすがに聞き苦しくなってくる。ネチネチとしつこく語られる浪士たちへの悪口に、“もう、いい加減黙れ・・・”と、つい腹の中で毒づいてしまった。

 討ち入りをした赤穂浪士がかなり残念な侍の集団であること ~(ここに語られる内蔵助はじめ赤穂の浪人たちの人間像は、巷間に広まっている義士としての彼らの姿よりも余程納得できるものだったりする)~ とか、陰で討ち入りの糸を引く謎の一味の存在とか、ネタとしてはとても面白そうなのに、どうも作者の興味が赤穂浪士をこき下ろすことに終始していて、ストーリーを語ることにはあまり熱心でないように感じられる。

 作者がストーリーを語らずとも、読者は一般的な「忠臣蔵」のストーリーを知っている。作者はそこに乗っかって、“陰の一味”の動向や、浪士たちの悪口を適当に盛るだけでお話は終わってしまう。ストーリーについてはいかにも物足らないと言わざるを得ない。 

 ウソかホントかは別として(多分その多くが虚構なんだろうけど)、やっぱり長く日本人に愛されている赤穂浪士のお話。その日本人のロマンをぶち壊すなら、それだけもっと練り描き込まれたストーリーを読ませて欲しかった。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2011-12-03

赤穂浪士 : 大佛次郎

『赤穂浪士』 大佛次郎

 勅使を迎える書院の畳替えを急ぐ片岡源五右衛門と畳屋の親方の熱い友情も、「風さそう花よりもなほ~」も、「天野屋利兵衛は男でござる」も、赤埴源蔵の羽織の別れも、「あした待たるるその宝船」も、「これぞ山鹿流の陣太鼓!」もない。理を曇らせる情に流されることを極力排除した「忠臣蔵」。

 華やかな文化の花開く元禄。武士の役割が“制度の管理者”へと変わろうとしている時代。何を武士道と呼ぶのか。忠義の名の下に行われたことは何であったか。

 移り変わる時流を敏感に感じ取り、その先に立って舵を取る者であるために、武士も変わらねばならぬ ~ 進んで大勢の波に流されることも良しとする新しい考えと、命を賭けるべき変わらぬ何かを持ち続けることのできる者、そして、そのことの為にはいつでも命を捨てることのできる者こそ武士であるという、古きを守る考え。

 意味のある生とは・・・ より大きなもの、より尊いと思われるものに身を捧げ、私を滅して尽くすことか? それとも、自分の命を自分のものとして精一杯燃やすことか?

 あるいは仇討ちへと身を投じ、あるいはその同志の元を去る赤穂の浪人たちの姿、公儀や吉良・上杉両家の動向の中に、様々なイデオロギー、価値観の対立を浮き彫りにし、大石内蔵助もそれらの対立や葛藤、矛盾を内に抱える存在として描かれる。

 赤穂の動静を探る上杉方の間者として、大勢に流される生きかたを憎み、自分の目と頭で世間を見る盗賊・陣十郎や、武士の社会の虚しさを知る浪人・堀田隼人といったキャラクターを配し、激情を抑えた理性の目で描かれる赤穂浪士仇討ちの物語。


 

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

プロフィール

やぶからねこ

Author:やぶからねこ

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログランキング
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
検索フォーム
カレンダー
11 | 2011/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
魂に喰い込んでます
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ