2011-10-29

さかさまの幽霊―“視”の江戸文化論 : 服部幸雄

『さかさまの幽霊―“視”の江戸文化論』 服部幸雄

 歌舞伎『東海道四谷怪談』蛇山庵室の場のお岩の亡霊は、提灯の中から頭を下に逆さまの姿で現れたのだそうだ(昨年観た納涼歌舞伎の舞台ではお岩の亡霊は上に向かって飛んでいったように記憶しているが)。そういえば、以前読んだ江戸怪談の本の中には、逆立ちをした姿で現れ、通りかかる人たちに恨めしい無念の想いを語る幽霊の話や挿絵がいくつかあった。

 その“さかさまの幽霊”は、私にはわけのわからない不条理なものに思えたし、その図は怖ろしいというよりもむしろ珍妙という印象だったのだけども、江戸の人々にとっては“幽霊はさかさまに現れるもの”という道理があり、それは畏れ・怖れの感情と結びついていたという。

 “さかさまの幽霊”を生んだ文化的背景や人々の宗教的感性~そういうものを共有することが難しい現代の私たちには、もはや“さかさまの幽霊”を怖ろしいと思うことも難しく、不自然なことなのかもしれない。(昨年の納涼歌舞伎での『四谷怪談』をあまり“怖い”と思わなかったのはそういうことなのだろう。それならば、江戸の文化、感性を保存する古典としての歌舞伎もいいが、現代の感性で舞台と観客が緊密に結ばれた歌舞伎というのももっと真剣に貪欲に生み出されるべきだ。ターゲットを絞って小劇場での上演にするなど上演形態自体を変える必要もあるのかもしれない。)

 “さかさまの幽霊”は現代の私たちにとっては解りづらいものになってしまったかもしれないが、“逆さま”ということは元来、江戸の文化、宗教的事情を超えたさらに根源的な力を持つ。古くから、そして現代においても、“逆さま”という異常は人の不安、おそれ、陰の側の情動をかきたて“正常”に揺さぶりをかける。

 四代目鶴屋南北の描く世界を論じた「南北劇の構図」では、南北が芝居の中に仕掛けたそうした“逆さま”の破壊力・攻撃性について語られる。 

 その他、はっきりした上演の記録さえない『象引』が歌舞伎十八番に制定された経緯や、足元に宝を散らし、蓬髪に襤褸をまとったおじさん二人を描いた「和合神」の図像の流行についての考察など。多くの資料を解き、そこに秘められた江戸の文化・風俗・精神性を引き出して見せる手並みにはゾクゾクさせられた。




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2011-10-22

四畳半王国見聞録 : 森見登美彦

『四畳半王国見聞録』 森見登美彦

 う、うぅ、う・・・苦しい。四畳半に立てこもり妄想を縦にする腐れ大学生たちの姿は、森見作品では見慣れた阿呆なものに変わりはないのだが・・・どういう案配なのだろう? その阿呆ぶりが滑稽というには何か切実で痛々しい。

 一人孤独にあるときにこそ、余は完全に己が欲する自己になることができるのである。
 「一人でいる時はこんなにステキな俺なのに、なぜ他人が目の前にいるとヘンテコになるのであるか!」
 「一人でいる俺を考慮に入れて評価せよ!」


 こんな言葉をつきつけられては・・・青春の日の不安、焦燥、満たされない自尊心、孤独、恐怖~記憶の向こうに押し遣っていたそんなものたちが、ひたひたと逆流してくるようで、とても平静ではいられない。

 四畳半に淋しく立てこもり続けた“俺”が、行く先々でそっけなくあしらわれながらも、別れを告げるべく友人、知人たちをたずねて回る「グッド・バイ」では、ついにたまらず、胸の奥に塗り込めた古傷から、ちょっとだけ血を噴き出してしまった。




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2011-10-15

ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 : 酒井健

『ゴシックとは何か―大聖堂の精神史』 酒井健

 中世~深い森が次々と伐り拓かれ農地となり、農村の急激な人口増加により都市へと人々が流入する。聖なる森を侵し、旧い土地との繋がりを失い、不安を抱え、聖なるものとの交わりを求める都市住民たちの宗教的感情を背景に、ヨーロッパ各地で競うように建築が進められ広まっていったゴシックの大聖堂。

 多様性を受け入れ、絶えず変化し、繁殖をつづける、完成し停止することのない運動。産み、滅ぼし、再生する大地の旺盛な生命力。「清純で吉なる聖性」と、それよりもさらに深く根源的な「不浄で不吉なる聖性」。

 ニョキニョキと突き出した尖塔。森に枝を広げる木々のように立ち並び天井を覆う柱や梁、過剰で無秩序にも思える装飾。キリスト教の教導の場でありながら、異教的なものをも内包する、不吉さを湛え異様な姿をした大聖堂が体現する精神。

 そして・・・世界を一元化しようとするキリスト教の精神に沿った単旋律のグレゴリオ聖歌に替わって、聖堂内で奏でられたポリフォニーの宗教音楽。一元化しえない広大なる世界の音~時に絡み合い、溶け合い、膨らみ、また離れ広がっていく、それぞれに独立した複数の旋律。湧き出し、降りそそぎ、溢れ満ちる音に全身を包まれる。ゴシックの大聖堂を満たすその音を想像して、一瞬、鼻の穴から魂が抜け出していってしまうような恍惚を味わった。




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2011-10-08

銀河不動産の超越 : 森博嗣

『銀河不動産の超越 Transcendence of Ginga Estate Agency』 森博嗣

 毎日が気怠い。周囲の人間たちがなぜそんなにも元気なのかわからない。「気力を出せ」と言われても、気力というものを認識することすらできない。

 日常を生きることにおいて放出するエネルギィが極端に小さく、頑張らなくても生きていける最適の道を吟味することで危険を回避しつつ、これまで怠けるだけ怠けて過ごしてきたという主人公の生き様がいいなぁ、と思って読み始めたのだが・・・ ん?? この青年、そんなにもエネルギィが欠如していながら、次々と襲ってくる非常識な事態に全てきちんと対処しているぞ?! しかも、その面倒事の数々に後ろを見せることなく、実に前向きに臨んでいる。こんな非常識な事態には、もうちょっと嫌な気分に落ち込みそうなもんだが。

 ・・・ふ~ん、そうか。彼は非常識な事態を必要以上に忌み嫌わない。「嫌だと思う」ということにエネルギィを回さず、最短距離での事態の収拾のみに少ないエネルギィを集中させているのか。何と言う省エネ設計。

 しかし・・・その彼も、可愛らしい女性が押しかけてくるという出来事には、盛大にエネルギィを空回りさせ、一向に事態の収拾はなされないのだ。味気ない平穏よりも、バラ色の何かを待っているかのように。ふむ、世間の面倒事を避けているようでいながら、世俗への色気は失っていなかったんだな。

 エネルギィを効率良く使うことと、世俗への色気を失わないこと・・・か。


 ところで、主人公の青年、ひょんなことからとんでもなくだだっ広い部屋に一人で住むことになるんだけど、その青年の暮らしぶり~何もない広い空間が何かとても魅力的に見えたもので、徐々に人が集まるにつれて持ち込まれる生活用品その他で空間が埋め尽くされていくのがとても嫌だった。

 あ~ だから、ホラ、「あれが嫌、これが嫌」言ってるうちは、楽には生きていけないんだって。

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2011-10-01

マルドゥック・スクランブル : 冲方丁

『マルドゥック・スクランブル』 冲方丁

 「ぐいぐい引き込まれる」「一気に読んだ」「読み出したら止まらない」という類のことが多くの読書系ブログに書かれているのを目にしていたので、表紙を開いた瞬間にストンとその世界に入り込めるとイメージしていたのだが・・・単語に振られたルビ、文章の区切り、施された修辞、文体のリズムに馴染めず、読み始めてしばらく経っても、作品の世界に同調できなくて疎外感を味わう。しかも、その原因が他でもない自分の加齢にあることが自覚されて、真剣にヘコむ。

 情人に爆殺されかけた瀕死の状態から、金属繊維の皮膚をまとい驚異的な電子干渉能力を与えられて蘇る少女娼婦。自らの記憶を消す毎に成功者へのステップを昇っていく男。破壊の意志を撒き散らす殺戮マシンの如き眠らない兵士。社会に存在するために自らの有用性を証明することを課せられた技術者と、あらゆる道具・武器に変身する金色のネズミ。・・・彼らの姿が目の前に見え、ビリビリくる刺激を感じ始めたのは、第一部の半ばまで読んだ頃だったか・・・。


 「愛されなかった子供」=少女娼婦バロットが、死にとても近い絶望の中から「生きる」という選択をする物語。

 「愛して欲しい」という願いを裏切られ続け、「生きる」意志を否定され続けてきたバロットは、ドクター・イースターと万能道具存在・ウフコックに命を救われ、彼らの存在によって初めて自ら「生きる」という意志を貫く勇気を得る。また、ドクターとウフコックも、社会に対して自らの有用性を証明することを課せられた者たちだった。そして彼らの戦いが始まる。

 ドクターの一風変わっているが誠実な思いやりと、ウフコックの煮え切らない優しさに見守られながら、自らの事件、そして彼女の意志を折ろうとする者たちと対峙するバロット。ハードな銃撃戦、カジノでの精神力の限りを尽くした賭けを戦うバロットに共感し応援するのが、人として真っ当な態度なんではなかろうかとは思うものの、遺憾なことに、私がバロットに感じたのは嫉妬だった。

 バロットが「愛して欲しい」と要求し、傷つけられた自分を回復しようとすることは正当なことだ。しかもバロットはとてつもない苦痛を耐えてそれを手に入れようとしているのだ。でも、でもでも・・・うまく言葉にできないのだけど・・・それが“正当である”ことに私は嫉妬してしまう。む~ん・・・。“間違ったやり方で”自分を回復しようとするボイルドや、自分が有用であることを証明しない限り存在を許されないドクター・イースター (彼らは、もはや生きることの正当性が自明であるとはみなされない ~もう「被害者」にはなれない者たちだ。)には自然と心ひかれるのだが・・・。




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