2010-10-30

エデン : 近藤史恵

 日本での、あの出来事の後・・・ ヨーロッパのチームに所属し、ただ一人の日本人選手としてツール・ド・フランスで走る白石誓。しかし、今期限りでスポンサーの撤退が決定したチームの存続は絶望的だった。監督の下した決断に、チームは結束を乱したままレースに臨む。

 そして、今大会での人気と注目を集める新人選手ニコラ・ラフォン。白石にも打ち解けて話しかけてくる彼が、人懐こさの影に隠しているもの。彼に囁かれる疑惑。

 『サクリファイス』同様、登場人物たちが置かれた心理的にサスペンデッドな緊張状態に引っ張られるように読み進める。

 『サクリファイス』よりもミステリの要素が薄い分、競技者たちの群像・心理ドラマとしての濃さを期待したのだが、主役二人以外の内面にはあまり触れられることがなく、その点では不満が残る。せめて、不協和音に軋みながらも闘う、白石のチームメイトたちをもっと深く描いて見せてほしかった。


 ストーリー終盤にニコラがつぶやく“呪い”という言葉が、彼らの世界を象徴するキーワードだろう。呪いをかけられた身で、楽園に焦がれ、楽園を目指す競技者たち。多分、その“呪い”は“祝福”とも言い換えられる。

 白石にとっての“呪い”・・・彼の背後に見える“あの人”~サイクルロードレースの世界を生きた本当に強いクライマー~の姿・・・いまだに世界を支配しているかに見える男の気配が、ストーリーを引き締めている。

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2010-10-27

麻布怪談 : 小林恭二

 「怪談」といっても怖い話ではなくて、ある男の身におこった妖しく不思議なできごとを語る「奇談」。

 大坂の儒家の息子・真原善四郎。不惑も近いのに一人立ちするでもなく親元でふらふら過ごし、これといった不満もないが、これといって満足なこともなく・・・。儒家の子でありながら親に隠れて国学に凝ってみたりと、目先を変えてみようとはするが、夢中になるほどのこともない。はかばかしい成果もあがらない。

 退屈な毎日に倦んだ挙句、遊学という名目の下(学費・生活費は親がかり)、江戸でまた無為な日々を過ごすダメ男・善四郎のもとを美しい女が訪う。

 姉のように厳しく優しく世話を焼き導いてくれる女・ゆずり葉と、我儘に男を振り回す娘・初。タイプの違う二人の美女から惚れられ、迫られ、押し倒され・・・二人の間で流されるままに夢のような日を送る善四郎。少年マンガのラブコメみたいなシチュエーション・・・私は男になったことがないのでわかんないんだけども、こういうのって男にとっては夢なんですか? 

 しかしまぁ、取り柄も無い四十男が現実の女にそんなにモテるはずもなく・・・ゆずり葉もお初もただの女ではなかったのですが・・・。

 からんだ宿縁の糸を解きつつ、異類の女二人に見守られ、導かれて、生きるべき世界におだやかに帰っていく善四郎。

 ダメが高じた男の妄夢、退屈と孤独と不安を病んだ男の為のファンタジー・・・という気がしないでもないけれど、松の位の太夫として鳴らしたゆずり葉の思い出話や、最中の皮屋の娘から大奥のお中臈までのぼりつめたお初の身の上話、それなりに満たされた老いを迎えた善四郎の姿には、切ない中にものびやかでカラリとした明るさがあっていい。

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2010-10-23

どうして書くの? ― 穂村弘対談集

 穂村弘 × 高橋源一郎、長嶋有、中島たい子、一青窈、竹西寛子、山崎ナオコーラ、川上弘美

 今の人間同士は、それが誰と誰であろうと、何というか実際に会う前から噛み合ってるんじゃないか。

 根本的に世界が耕されているというか、生きている場自体ができあがってしまっている、と思うのだ。

 本書は言葉を書く人間同志の「書くこと」についての対談集である。

 前述の世界と人間の変化をたぶん全員がどこかで意識しながら、「書くこと」について真っ直ぐにしつこく語り合った記録だ。



 どうして書くのか? 穂村氏においては「生き延びる」~ただ現実の中で生活する~のではなく「生きる」ということが繰り返し問題にされている。(「生き延びる」と「生きる」という感覚については、『整形前夜』の中でも語られているし、『短歌という爆弾』には「我々は『大過なく生き延びるため』にこの世に生まれて来たわけではない。」という記述がある。)


 明治期や戦後の大歌人たちの発する言葉の強さ、その言葉を生む内面の濃さは、「近代の始まり」あるいは「戦争」という時代における世界の重量、圧力と対応したものなのか。だとすれば、「日本中がコンビニの中みたいになった現象」の中で生きる自分たちが発する言葉は、かの大歌人たちの言葉に匹敵する強さを持ち得るか? 太刀打ちできるわけが無いという怖れと、言葉で世界と相対している者のプライドと・・・。

 言葉によって世界と関係する、もしくは言葉によって世界を押し返す。世界の中で「生き延びる」のではなく「生きる」ということ。


 「書く」人たちの言葉を「読む」者として目にしながら思うのだが・・・ 「生きる」ために発せられる言葉の強さよりも、「生き延びる」ための言葉に込められた誠実さの方が私には好ましい。

 一青窈さんとの対談の中で、「何かを伝える」ということを「水を飲ませる」という行為に例えて語り合うくだりがある。誰かに水を飲ませようとする時、水をコップに入れて渡すというのは誰にとっても一番抵抗の無い言わば「生き延びる」ための言葉であり、もっと強い何か~「生きる」ということ~を望むことから、例えばスポンジに含ませた水を口元にたらすとか、口うつしで水を飲ませるという行為~「生きる」ための言葉~が生まれる、と言うのだが・・・

 コップの無い場所で、もしくはコップというものの存在を知らない人から(どうしてもコップを粉々に握りつぶしてしまうという人もいるかもしれない)、口うつしやスポンジに含ませて与えられた水には間違いなく大変な価値がある。しかし・・・コップの存在と使い方を知りながら口うつしやスポンジで水を飲ませようとする行為は、どうしてもその突飛さ、身勝手さが鼻について、コップに注いだ水を差し出す誠実さ(コップの中で水が少し居心地悪そうにしていたとしても)よりも価値のあるものだとは思えない。

 それに、水を口うつしやスポンジに含ませて飲ませる行為は、コップが存在する世界でこそ「生きる」ための言葉だが、コップが存在しない世界でのそれは「生き延びる」ための言葉だ。「生き延びる」ための言葉を侮ってはいけない。

 ああ、しかし・・・だからこそ穂村氏は問うているのか。どこに行っても“コップの存在しない場所”など無い「日本中がコンビニの中みたいになった」世界 ~「生き延びる」ための言葉が無くても「生き延びる」ことができる世界~ で、自分たちが発する言葉とは何なのか? どういうものであり得るのかと。

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2010-10-20

さよならキャラバン : 草間さかえ

 アオリには「超絶技巧派作家が描く魅惑の作品集!」なんてあるし、amazonのレビューはみな絶賛と言って良いようなものばかりだし・・・“これは、よっぽど・・・”と思って購入したのだけども・・・。

 ・・・ん? ・・・んん? 読み終えた時には首がかなりの角度に傾いでた。

 比良坂町という町を舞台にした小品集なんだけども、ちょっといい話の連続に、どうもハラが痛くなってくる。そこに描かれる日常の暖かさも、日常と不思議が同居するような世界観も、特に目新しいわけでもなく、すでにあちこちで描かれているようなものだし、使い古されたネタであってもやっぱり感動させてしまうほどの何かがあるようにも思えないし。

 それぞれの小品に盛られたエピソードの中には、もっとストーリー本筋としっくりくる話なかったかなぁ・・・なんて違和感感じるものもあるし、相性の問題といえばそれまでなんだけど、この方の絵は私には伝わりづらいし。特に人物の表情 ~ 何でこの場面でそんな表情を? その表情はどういう感情から来てるの?

 一番解せないのは表紙イラスト・・・amazonの画像じゃ、ちょっとわかりづらいけど、何で少女はあんなに険しい顔をしているの? 何で男(この男性、てっきりオジサンと言ってもいいトシのサラリーマンだと思っていたら、何と高校生であった)は少女を見ていないの?(見ようによっては、少女の胸の谷間あたりを見ているようにも思えるけど)

 ・・・と書きながら、実は私は不安なのだ。絶賛されている作品に良さを見出せないなんて・・・私自身に何か重大な問題があるんじゃないかと。

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2010-10-16

さらい屋五葉 : オノ・ナツメ

 ああ、終わった。

 剣の腕はたつものの気が弱すぎて何もできない浪人・秋津政之助と、凄みの中に大きな余裕を漂わせる不思議な男・弥一の出会いから始まったこの物語。不穏な空気が漂う中盤の息苦しさに危うくギブアップするところだったが、最後まで読むことができて良かった。

 第八集表紙の政之助~何か大きなものを捨てて、少し汚れて、しかし揺るがない何かを得たような凄みと色気のある表情。第一集の気弱げな上目遣いからのこの政之助の変貌が物語の顛末を一番雄弁に語っているのだろう。

 拐かしを生業とする五葉の一味であった弥一。なりゆきでずるずると巻き込まれていく政之助。戸惑いながらも五葉は政之助のかけがえのない“居場所”となり、それぞれに事情を抱える五葉の面々の間にも絆らしきものが芽生え初め・・・

 政之助だけでなく、皆の居場所となりつつある五葉に影を落とす弥一の過去。

 せっかく穏やかに凪ぎかけた五葉の面々の心を不穏な黒雲が覆っていくのを感じるのも、追い詰められ、壊れ、汚れる弥一を見るのも辛かった。辛い時間は長かった(まるまる四巻分くらいはずっと辛かった)。しかしそれだけに、悲しくもちょっと甘すぎるくらいの結末が傷にこっくりと沁みていく。


 こういう結末で収めるなら、やはり物語の時が動き出す“見初め”のシーンは大事だろう・・・と、弥一と政之助の出会いの場面を読み返す。そんなにあざとい演出は施されていなかったけど、やはり弥一の表情と、どうみてもヤバイ人・弥一がさしだす団子は印象的。

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2010-10-13

私の家では何も起こらない : 恩田陸

 丘の上の「幽霊屋敷」を舞台にした連作。

 かつてそこに生きた人々が様々な痕跡を残す私の家~丘の上の「幽霊屋敷」に囚われている人々(生死関らず)の狂気に近い想いは極めて個人的なもので、行為の部分で他人を巻き込むことはあっても、心の部分で他人と関係することがない。私に「関係の無い」事しか起こらない騒々しい幽霊屋敷は、私にとっての「何も起こらない」静かな家。

 そんな孤独で理知的な狂気と、定番と言っても良さそうなクラシックなホラー要素の絡まり具合が奇妙な作品。


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2010-10-09

歌舞伎のことば : 渡辺保

 何故か気持ちが乱れて、ちょっと泣きそう・・・なんである。

 私が、感じたい、解りたい、近づきたいと思っている歌舞伎の美しく妖しい姿を、夜空の月を水盤の水に写すように、著者はすっかり手に入れて、その水盤にたゆたい煌く月の姿を、私たちの前にも披露してくれる。

 指をのばせば触れることさえ出来そうな間近で揺れる月の姿に陶然としてしまうが、同時に、密かに想いを募らせてきた片思いの相手が、他の女の手に落ちてしっぽりといい感じなところを見せ付けられているような気持ちにもなって、くやしく、遣る瀬無く・・・ 渡辺保先生を相手に、泣いても、妬いても仕方ないのだが・・・。


 役者の身体をめぐる点から、劇場という空間、作劇の方法論、歌舞伎を支える思想の面から、「型」「つけ廻し」「偽せ宙」「花道」「綯い交ぜ」「やつし」「仁」「性根」「肚」「居どころ」「白化け」・・・歌舞伎の世界の言葉に込められた、またその言葉が体現する歌舞伎の精神、哲学、論理について語っていく。

 例えば「偽せ宙」 ~ 立廻りの中で、主役がスーッと体を前に出し、そこへ捕手が襲いかかるところを、スッと体を引込める。襲いかかった捕手は空を打つという動きを指す用語 ~ について。

 たとえば「市川団十郎」という役者がそこに立っている。搦みが「ヤアッ」とかかる。前の空間へ団十郎の身体が出る。その時、空間には、たとえば「曽我五郎」という身体が出る。しかし搦みが曽我五郎をつかまえようとした瞬間に五郎の体はなくて、搦みの手は空をつかむ。搦みは私たち観客の代表であり、曽我五郎の虚像は消える。しかし間違いなく残像がのこる。「五郎」の実像はなく、もとのところには「市川団十郎」が立っている。
 これほど役者と役の関係、それを見る観客の、三者の構造が隠喩的に語られる瞬間はないだろう。


 心の中でモヤモヤと感じていることが、言葉として明確に示される快感と、それを語るのが他人の言葉であることのもどかしさ。

 他人の水盤の月を指をくわえて見てるだけじゃなく、いつか私も自前の桶に月の姿を捕らえたい。 

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2010-10-06

落下する花―月読 : 太田忠司

 人が死ぬと必ず現れる『月導』。『月導』に込められた最期の想いを読む『月読』。そういったものたちが存在する世界のお話 ~『月読』の続編となる4つの短編。

 人の死をめぐる不思議、または人の死によって凝り固まっていたものが、月読・朔夜一心の言葉によって解きほぐされていく。


 やはり、このシリーズ・・・私には、ストーリーよりも、その世界の歪み具合の方が気にかかる。その世界に暮らす人々の、どことはなしにうっすら醸しだされるグロテスクさと、それに対する月導のクリアな絶対性。

 自分自身は未熟ながら、他人への要求は厚かましい若者。自ら心を閉じてしまう生き方。周囲の人たちの思惑に対する無頓着。本当の事とは関係なく広がっていく噂。近しい人にも気づかれない一人の人の胸の内。組織に馴染めない刑事。

 考えてみれば、私たちにとって日常の風景でもある、人と人の間の些細なディスコミュニケーション具合が、う~っすらと気味の悪いグロテスクさを立ち上がらせるのは、作者の絶妙な匙加減によるものか。

 そんなグロテスクさをも秘め、何かがきちんと伝わりあっているのかなんて非常に心もとない、人と人との関係が織り成す世界の中で、純粋に人の最期のわずかな想いだけを留めて、何ものにも侵されず、少なくとも月読にだけはその想いを正確に伝える月導 ~ その神聖さが際立つ。

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2010-10-02

月読 : 太田忠司

 人は死ぬと皆「月導(つきしるべ)」を遺す。「月読」とは死者の遺した「月導」を読み解く職能者である。

 「月導」「月読」というものがごく普通に存在する世界。私たちの世界とよく似ているが、そこでは携帯もパソコンも普及しておらず、私たちの知っているミュージシャンたちが、私たちの知らない曲を残している。私たちのいる世界とは、軸を異にするもう一つの世界。


 男と見れば片っ端から誘惑する色っぽい金持ち女に、崇拝者たちに取り巻かれたわがままで美しいその娘。画家、実業家、政治家の息子と肩書きは立派ながら、一皮剥けば小心者で薄っぺらな娘の取り巻きたち。下品で強欲な医者。組織に馴染めない変わり者の刑事。自分探し真っ最中の少年たち。

 こんなキャラクターたちが、“私たちの”世界に登場したのだったら、「何だ、えらく安手のキャラが出てきたなぁ」と思ってしまいかねないんだが、彼らの存在する世界が、私たちの世界とはズレたところに軸を持っているせいで、登場人物たちの人間性含め、全てが少しずつ狂っているような違和感、ほんの少しゾッとするような落ち着かなさをかき立てられる。

 「月導」「月読」といったSF的、幻想的な存在よりも、ミステリーとしての展開よりも、乗り物酔いならぬ、世界酔いでもしたような眩暈・眩惑感が最も印象に残る作品だった。


 実は、コミカライズ版の方を先に読んだのだが、ストーリーは再現できているものの、今ひとつ魅力的に思えなかったのは、この世界のズレ感を漫画の上に表現しきれなかったからじゃないかと思う。

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