2010-03-31

星間商事株式会社社史編纂室 : 三浦しをん

 星間商事株式会社社員・川田幸代は人生の過半数の年月を同人誌作りに捧げてきた。訳あって社内一の閑職社史編纂室に飛ばされた幸代は、ヒマなのをいいことに職場で同人誌原稿をコピーしまくっている現場を上司の本間課長に押えられ、同僚達の前で同人誌にエロ小説を書いていることをカミングアウトする破目になる。

 一方、社史作りの過程で幸代たち社史編纂室のメンバーは、会社が隠そうとするある秘密を掘り当てる。高度経済成長期、星間商事がアジアの小国サリメニで行っていたこととは・・・。

 幸代に届けられる脅迫状! 会社にまつわる黒い噂。上層部からの圧力に、幸代たちは会社の闇の真相を同人誌として発表し一矢報いることを決意する。星間商事株式会社社史編纂室発行初の同人誌「サリメニの女神」は冬コミ合わせ!

 同人誌製作の腕を見込まれた幸代を中心に、冬コミへと走り出した本間課長、みっこ、矢田ら社史編纂室の仲間?たち。持てる能力と情熱を全て注ぎ、プライドをかけて事を成し遂げんとする社史編纂室メンバーの熱さに感動すると同時に、それが誰にも何にも期待されていない者たちが、同人誌というもしかしたら誰の注意も引かぬかもしれないものを作るという“トホホ”な行為であることに何ともフクザツな気持ちになる。

 折々に、趣味と友情、趣味と家族、趣味と生活なんていう諸問題も顔を出す。

 同人誌作りにプライベートな時間とボーナスの全てをつぎ込んで何が悪い?! 公言するほどのことではないけど、誰はばかることのない趣味! ・・・のはずなのに、どこかにうっすら後ろめたさと不安があったりして・・・。そんで、もはや人生と言ってもいいほどの一片の悔いも無いはずの自分の趣味に対して、そんな微妙な感情を拭いきれない自分自身に忸怩たるものもあったりして・・・。あああああぁぁぁぁぁ・・・・やっぱり“トホホ”な感じ。

 でもね、“トホホ”と泣き笑いしながらも、やらずにはいられない。そのことが美しいんだよねぇ、きっと。

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2010-03-27

汐見茂思の失敗 ~ 草の花 : 福永武彦

 真っ白な雪が降った日、自殺行為にも似た手術を受けて帰らぬ人となった青年・汐見茂思。病室で親交を持った僕の手には、汐見の青春の日、美しい魂を持った少年・藤木との、そしてその妹・千枝子との儚く破れた愛を綴った2冊のノートが残された。

 ・・・数年前に読んだ時には、この孤独に苛まれる青年・汐見茂思を「エェ、面倒くせぇ男だ」としか思わなかった。そりゃ、あんまり汐見に冷たい。もしかして、もう一度読んでみたら印象が変わるかなぁ、と・・・思ったんだけど、汐見のウザさが増しただけだった。藤木に愛を請い、愛を説く汐見は、まるで押し付けがましい勧誘員のように独りよがりなんだもの。

 ―ねえ藤木、それじゃ君は一人きりで誰の助けも借りないで、歩いていこうっていうのかい?

 ―ええ

 ―だけど人間なんて無力なものだよ、そんなに君みたいに言ったって、

 ―それは無力です。でも僕の孤独と汐見さんの孤独と重ね合わせたところで、何ができるでしょう?

 ―孤独だからこそ愛が必要なのじゃないだろうか?


 汐見は自らの孤独と愛を口にする。自分の孤独を強靭なものにしたいのだと言いながら、一方で彼が求めた愛は、親密な幸福感に満たされた世界の中に閉じてしまうこと~ 幼児のような幸福感の中で、孤独を忘れてしまうような類のものであったように見える。彼が見ていたのは「孤独」ではなく、そのような愛に満たされていない自分の中の「欠落」なのであって、彼は自分の本当の「孤独」を量ることはできていなかったのではないか。

 自分の孤独を量れない汐見は、藤木の孤独を量ることも出来ない。そして、藤木の方がむしろ本当の孤独に近い人だった。藤木は自らの孤独の為に、汐見の求める愛の中に閉じてしまうことを拒んだのだろう。


 藤木を喪った汐見は、藤木の妹・千枝子を愛するようになる。千枝子も兄と同じように、汐見の愛には漠然とした違和感、怖れを抱くが、それでも彼女は汐見に優しかった。スパークする幸福感の中で、千枝子を押し倒した時、しかし、汐見は孤独の本当の姿を見たのだ。


僕が感じていたものは、愛の極まりとしての幸福感ではなく、僕の内部にある恐怖、一種の精神的な死の観念からの、漠然とした逃避のようなものだった。

愛は僕を死の如き忘却にまで導くことはなかった。もう一歩を踏み出せば、時は永遠にとどまるかもしれない。しかしその死が、僕に与える筈の悦びとは何だろうか、―――僕はそう計量した。激情と虚無の間にあって、この生きた少女の肉体が僕を一つの死へと誘惑する限り、僕は僕の孤独を殺すことは出来なかった。そんなにも無益な孤独が、千枝子に於ける神のように、僕のささやかな存在理由の全部だった。この孤独は無益だった。しかしこの孤独は純潔だった。


 愛の力で孤独を打ち消してしまうことを無意識に拒んだ汐見。しかし、孤独の本当の姿を見てしまった後も、汐見の思う愛は変わらなかった。汐見にとって、愛とは孤独を殺してしまうもの。汐見が孤独を選んだ以上、汐見にとって愛は永遠に得られないものになってしまう。孤独と両立しうる愛を見つけることができなかった汐見は絶望する。

 もしも、汐見にもっと時間が与えらていたなら、いつかは彼も愛を得ることが出来たのかもしれない。でも、千枝子との愛に破れて後、戦地へと召集され、その後、病をえた彼には充分な時間が与えられることはなかった。

愛するというのは選ぶこと、そして選んだ以上は、一生を賭けて責任を持たなければならないのでしょう?(藤木)

石井を選んだのはわたくしの意志で、~略~もしその後わたくしが不幸になったとすれば、それはみんなわたくし一人の責任で、母も石井も与るところはない筈でございます。(千枝子)


 「孤独」とは自分に責任を持つということで、「愛する」とは他人が負っているそれぞれの孤独=責任の一部を我が事として引き受けるということなのだと思う。

 汐見茂思は、孤独を守ることにも、愛することにも、愛されることにも、芸術家として生きることにも、ただありふれた人として生きることにも失敗した。これは、そんな「汐見茂思の失敗」の物語だ・・・と言ったら冷たすぎるだろうか。

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2010-03-24

天皇家の“ふるさと”日向をゆく : 梅原猛

 天孫ニニギノミコトの高千穂降臨から、海幸彦・山幸彦の物語、カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)の東征まで、4代にわたる日向神話の地を歩いた旅の記録。

 各地に残る風習や、「記紀」には語られない伝承を聞き、遺跡を訪ね、土地に伝わる祭りや神楽を体験し、天孫族が辿った道すじ、その風景の中に身を置きながら、神話と歴史の接点~そこにあった真実に思いを馳せる。

 海の向こうからやってきた天孫族の旅~いかにして日向の地に根を下ろし、土着の民と融合しながら南九州を支配下に治め、大和へ乗り込むほどの力を蓄えていったのか。神話によって語られた歴史的事実とは何か。直感と検証によって自在で大胆な考察が展開される。

 氏の論文に見るような息詰まるスリリングさとはまた違った、神さびた南九州の風景の中で豊かに翔る氏の思考とイメージがのびやかな旅行記。

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2010-03-20

トーマの心臓 Lost heart for Thoma : 森博嗣/萩尾望都

 優等生のユーリ、ユーリを見守る少し大人びたオスカー、鉄橋から転落して死んだユーリを慕う下級生トーマ、トーマにそっくりな転校生エーリク。
 
 原作とは違い日本人として描かれる登場人物達が、オスカー、ユーリ、トーマ、エーリクという名前を持つことで、どこか透明な抽象性を持つ。どこでもない世界、そしてどこでもあり得る世界での物語。

 理知的で、合理的で、そして優しくあろうとする若者達の、それぞれの人生において損なわれてしまったもの ~ そこからの再生。

 より良い生き方をしようとする人としての努力 ~ その意志を超えて、ただ流れる涙。犯した罪を、刻まれた傷を、強ばった心をひたひたと洗うように流れる涙。それは合理的とは言えないかもしれない作用。個人の力を超えた許し。

 理知的な若者達の頬をただ濡らす涙の神々しさが印象的だった。

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2010-03-17

厭犬伝 : 弘也英明

ここは魑魅魍魎が跳梁跋扈する異世界。人間の骸から生えた「汚木(よごれぎ)」を基に操り人形の「仏」を作り、仏同士を戦わせる「合(あわせ)」という風習がある。美貌の主人公・厭太郎は、ひょんなことから仏師の娘の犬千代と、命懸けの「合」を戦うはめに。負け続けだった厭太郎だが、幼馴染の美妓・笹乃や、合の達人・鵜市らの助けを借りて修練を積み、いよいよ最後の戦いに挑む―。


 嫌な予感はしていたのだけど、何だか雰囲気のあるタイトルに押される形で読んだら・・・やっぱりハズレだった。(タイトルも主人公・厭太郎と対戦相手・犬千代の名前からとっただけか?)

 エンターテイメント小説の姿をした教育的読み物なんだか、それとも、ちょっとおどろおどろしい「努力・友情・勝利」なのか・・・それも中途半端な。

 諦めの中で他人を当てにせず、その場限りに生きていた厭太郎が、降りかかってきた大きな戦いを前に仲間を得、他人と繋がることで成長し、覚醒する・・・ってな話の割りには、『俺ですらわからない俺の中にある力に賭けてみる、それしかない。』なんて甘さを平気で残してたりするんだなぁ。

 東都の世界観は割りとしっかり作り込まれているものの、肝心の人物たちにストーリーにのめり込ませるほどの立体感・存在感がない。なんだか、キャラクター設定集は別にあります~って感じ。

 もってまわった言葉遣いや、虚仮威しかと言いたくなるほどの仰々しい修飾も、東都という世界の雰囲気づくりのためだろうけども、あまり効果的でないというか、逆にストーリーの運びに水をさしてるというか・・・。

 好みの問題でもあるだろうけど、あまり楽しめなかった。

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2010-03-13

光ってみえるもの、あれは : 川上弘美

 江戸家の家族は、高校一年生の僕・翠と母・愛子さんと祖母・匡子さんの三人。僕の「父親」は存在しないが、ちょくちょく家に上がり込んでくる“遺伝上の父”大鳥さんはいる。翠が通う学校には「親友」といってもいいような間柄の花田や、彼女である平山水絵や、やる気があるようなないような中年の国語教師・キタガーくんがいる。

 自由に見える人も、強く見える人も、飄々として見える人も、気難しく見える人も、賢く見える人も、おろおろしている人も・・・翠も、その周りの人たちも、与えられた場所でそれぞれ真摯に生きている。だけど、それぞれが、それぞれに、ちょっとだけ嫌な感じ。自分にこだわりすぎで、自分の正しさに関して頑なすぎで、その正しさが、自分の親しい者達に向けて発揮されるという内弁慶な感じ。

 どこか欠けてたり、どこか過剰だったりする人が寄り集まって営む微妙にかみ合わない日々は、小さいけれど、何か気にかかる不協和音を鳴らしている。いつも一緒に居たって、わかり合ってるわけじゃないし、面倒くさいし、不興をかうのは怖いし、嫌いだ!と強く思うこともあるし・・・それでも翠はそんな友人や家族達と、翠の日常を生きている。

 何だかとらえどころの無い不穏なことを含みつつも、日常というのはだいたいいつも「ふつう」。「ふつう」にはおさまりきらなかった色んな気持ちや、日々の軋みの集積は、「ふつうじゃない日」として小さな事件を日常にもたらすけれど、やがてそれをも呑み込んで、さらに大きな「ふつう」の日が始まる。そんな偉大な日常を翠は生きている。

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2010-03-10

瀧夜叉 : 皆川博子

 純友の子・九郎直純、勇猛な従者・美丈丸、災いを一身に受ける生贄の童子・千代童らを乗せた船が、平将門の陣へと向かう。将門の娘・夜叉は、東の将門と西の純友の繋がりを強める為、まだ幼い少年・九郎を夫として迎える。

 繰り返す戦乱の中、美丈丸、千代童、夜叉、夜叉の姉・如月尼、九郎の運命が少しずつ動き出し、生贄として長い間死の中に生きてきた千代童は人ならぬ力を得て運命の糸を操る。

 敵味方に割れ、運命に流され散り散りになり、また、強い力で呼び合いながら、憎しみに、恐怖に、愛欲に、恋情に、極限まで燃え上がろうとする夜叉の、美丈丸の、如月尼の、千代童の荒ぶる魂。

 瀧夜叉とは、互いに傷つけあうほどに求め合う荒ぶる魂が生んだ鬼か。

 ・・・しかし、炎のように燃え、荒れる魂を持つ仲間たちの中で、都の雅に惹かれる心を持ち、戦乱の中に己の居所を見出せない一人異質な九郎。瀧夜叉の哄笑が都の虚空に響くのを、九郎は独り取り残されるように聞くのだろう。


***

 千代童は蘆屋道摩として、愛する者の運命の糸を操り、安倍清明もまた将門ゆかりの者として物語に関る。妖しき伝奇ロマンなのだが・・・描かれる情念の濃さに比べ、物語の収束していくパワーに少し物足りなさを感じる。舞台が大きいだけに、一気に引き込まれる感じがないと、何だか散漫な印象で終わってしまう。


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2010-03-06

人はなぜ「美しい」がわかるのか : 橋本治 → 風が強く吹いている : 三浦しをん

 人が“美しい”と実感する時、そこに何が起きているのか? 又、“美しい”ものを見つけてしまう自分とは何なのか?

 数多のものが、それぞれの在りようの必然に従って存在している世界の中で、人も自分なりの必然~自分の都合に従って生きている。

 人の都合に絡んでこないもの-「関係のないもの」は、人に気付かれることなく、あたかも“無いもの”のようにして世界に存在しているが、何かの拍子に、人は自分とは「関係ないもの」が、それでもそこに「ある」のを見つけてしまう。「ある」ということを見つけることは他者との関係の萌芽であり、「ある」という発見が自分の中の「欠落」を意識させるきっかけとなることがある。

 人は、世界から自立を要請された時に、おそらく自分の中に「欠落」を生じさせ、自らの孤独を知る。意識させられた「欠落」を「寂しい」と感じさせる自分の本来的な幸福の記憶が、「憧れ」を呼び起こした時、そこに「ある」他者の発見は、“美しい”という感動になる。


 “美しい”とはそういうものであるから、美しいものに出会った時の幸福感は少し切ないのか・・・。

 
 そうやって人が見つける“美しい”の前には、“人の都合と絡んだ「美しい」”である“かっこいい”や、かつて王侯貴族という特別な存在だけが所有、体現できた“制度的な美”なんていうものもあって、なかなかややこしいのだが、途中、何度もまかれて行方を見失い、非常に苦労して橋本氏の思考の後を追いかけながら、私は三浦しをんの『風が強く吹いている』のことを思い浮かべていた。

 走(カケル)の走りに、自分にとっての“真実”と思えるものを見つけた灰二。灰二は走の走りを「美しい」と思う自分の孤独を自覚しつつ、“美しいもの”=(橋本氏曰く)『自分のあり方と連動してくれる他者』を、自分の行く先を照らす光として「強い」ということを目指した。

 『風が強く吹いている』は、橋本氏の言う「孤独と敗北と“美しい”の連関」を、そして、“美しい”が外に向かって開かれていくべき他者との関係性であることを、感動的なストーリーとして伝えてくれていた。


「風が強く吹いている」感想
http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-275.html

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2010-03-03

ファンタジーを読む : 河合隼雄

 本書では、優れたファンタジーとしての物語、児童文学などが取り上げられているが、ここで言う「ファンタジー」とは、心の底から沸き起こり、『それ自身の自律性をもってわれわれに迫ってくる』ものであり、そこには“たましい”~『身体と心というものを統合して、一人の人間存在たらしめているもの』~のあらわれが見て取れると著者は語る。


 もしも、そのすべてをさらけだしてしまったら、社会に重大で悲惨な事件を招くことすらあるような「私」という存在 ~ 『「私が私である」という現実』を支える為に“たましい”が経験しなくてはいけないことは、大変な困難と危険をともなっている。

 “たましい”が孤独で危険な旅をする間、「ファンタジー」はその旅の同伴者として機能してくれる。「ファンタジー」との対峙の仕方を誤ることは、「妄想」や「つくり話」の世界に囚われる危険性も含んでいるのだが・・・。


 今まさに「ファンタジー」が必要であるような人は、ここに書かれていることは知らない方が良いのだろう。魂の同伴者としての「ファンタジー」とは多分、その正体を知られないままに愛され、人がそれを必要とする間だけ共にあり、そしていつしか一抹の寂しさとわずかな喪失感と共に忘れ去られてしまうものでなければいけない。

 ・・・なんて言うと、大塚英志が『リンウッド・テラスの心霊フィルム―大槻ケンヂ詩集』の解説や、『人身御供論―通過儀礼としての殺人』で書いていたことを、まんまコピーしているみたいだけど、これまで字面だけで頭に突っ込んでいたことが、最近やっと実感としてわかってきた・・・ような・・気が・・・しないでもない。

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