2010-01-30

隠喩としての少年愛 : 水間碧

 「耽美小説」と呼ばれていた頃から、私自身、好んでちょくちょく「BL」作品を読むので、そういったものを好む女性の心理にはちょこっと興味がある・・・というか、「なぜ私はBL作品を好んで読むのか?」ということが気にかかる。

 本書は女性の「少年愛嗜好」について、それがどのような形で女性の中に存在し、また女性の心の中でいかなる働きをしているのかを、小説や少女マンガなどに現れる「少年愛嗜好」を元に考察した論文。

 森茉莉、萩尾望都、竹宮恵子、山岸凉子、井亀あおい(この方については、私は存在を知りませんでした。)、大原まり子らのテクストを引き、精神分析、心理学的な言説も用いながら、「少年愛嗜好」は“母なるもの”(現実の母親とは必ずしも一致しない)から分離、自立する際の葛藤の中で生まれ、様々に機能するものであると説く。

 amazonのサイトに掲載された内容紹介には

作家森茉莉の少年愛小説、「花の24年組」と呼ばれた少女マンガの諸作品、ヤオイ現象を演出した同人誌や最近のボーイズラブ文化など等。その他、海外の事例も取り上げ、この現象の本質をトータルに解き明かす。


とあるが、本書で著者が定義する「少年愛嗜好」とはかなり限られた範囲のものであるように思える。例えば、そこには近頃の「BL好き」は含まれない。著者は「少年愛嗜好」を心理的なファンタジーであるとし、それが純粋な形で現れている24年組の作家たちによる少女マンガを中心に本論を進めている。その後に続く所謂やおい作品やBL作品は、マスコミや評論家たちの言葉によって当事者たちの「少年愛嗜好」の在り様を歪められてしまった上での作品、または商品としてのエンターテインメント性に重きをおいたものとして、本論の対象からは外されている。
 
 また、内容について言えば、「少年愛嗜好」が“母”からの自立に関るものだとするその根拠、そこに到る考察、現象の分析がここに十分に書き尽くされているとは思えない。『普遍的に少年愛嗜好は、当事者にとって心理学的には“母”からの自立のスプリングボードの役割があったと考えられる。』という着想はどういう道筋で導き出されたのだろう? まさか直感という訳でもないだろうが、その提示のされ方があまりに唐突だ。・・・というか、著者は「詳しく論じた」と言っていることが、どうも概論に過ぎないように思える。
 
 さらに、「少年愛嗜好」について、著者と考えを異にする文化人、評論家らの言説に対する反論、批判にもかなりの分量が割かれているが、その批判も多少狭量すぎるところがあるのでは?と思えなくもない。

 例えば、橋本治氏のエッセイでの

 「“女のオタク”はいるか?」ということになったら、いる。ヴィスコンティの好きな女とか、少年愛の好きな女とか。まァ、ミュージカルとか小劇場とかあんまりはやらない歌手のコンサートがやたら好きでこまめに行く女というのもそれだろう。今じゃあんまし聞かなくなったが、昔だったら、会社の金をチョロまかして宝塚につぎ込むオールドミスとかもそうだ。
・・・
 女のオタクはいかに女の子が世の中から無残に傷つけられているかの結果でしかない。


 という記述について。

 特定の女性達を嘲弄しながら、もう一方で~略~あたかも相手の気の毒な立場を理解し、同情しているかのようにみせかけられている


 と述べられているが、橋本氏の言葉は「女性のヴィスコンティ好きや少年愛嗜好は、社会の中で傷つき葛藤する女性の心の様相だ。」というようにも読め、著者の主張と共通するようでもあるのだが・・・。“会社の金をチョロまかす”とは確かに穏やかではないにしても、著者は何をもって「嘲弄」ととったのだろう? ここに引用された部分だけでは、前後の文脈や「オタク」の定義が解らないが、その文章に嘲弄の意図があるかどうかは、もう少し慎重に読まなければわからないのではないか?

 ともあれ、このような他の言説に対する批判、反論に費やした分量を、ご自身の考察の詳しい記述にあてれば、さらに充実した論文になっただろうと思う。


 だが結局、私が興味があるのは、著者が対象としなかった少年愛嗜好~「翼」「星矢」以降の同人誌、やおい、BL作品で描かれた少年愛、男性同性愛や、それを好む心理についてなのだ。本論ではバッサリ切り捨てられてしまったが、そういう嗜好もまた無意味ではないはずだ。

 著者は「自分の問題」としての少年愛嗜好について論じた。私も、自分の問題は自分で考えなきゃいかんのだろう。

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2010-01-27

ちくま日本文学2 芥川龍之介

 中学~高校の一時期、「好きな作家は芥川龍之介」だと言っていた(というか、“思っていた”というか・・・)。しかし、『ザ・龍之介』という大型本は持っていたものの、その小説を真剣に読んだことはなく、実際は、教科書などに載っているナルシストっぽくて神経質そうでインテリっぽいあの肖像写真が好きだったというだけのことである。

 あの写真から、どうしてもニヒリストというイメージが拭えないでいたんだけども、『蜜柑』の田舎娘、『鼻』『芋粥』の主人公たちに注がれる細やかな観察、そこに寄せられる控えめな同情に、「龍之介・・・優しい。」と、ほろりとさせられる。しかし、そこには同時に、彼らに対するどうしようもない軽蔑と嫌悪も漂っているのだ。

 一つの対象に向けられた微笑と冷笑。

 『地獄変』は登場人物たちの中にも、そういう相反するものが渦巻いている。豪胆な大人物・堀川の大殿の中にある怖れ。大殿を畏れ敬いながらもどこか暗い目を向けている物語の語り手。当代随一の絵師良秀の人間的浅ましさととその一方にある情愛、地獄のごとき苦しみの中で見せる神々しさ。引き裂かれんばかりに相反するものを抱えた人の生は、さながら煮えたぎる坩堝を覗くようだった。

 アンビバレントな人・龍之介。

彼の作品の訴えるものは彼に近い生涯を送った彼に近い人々のほかにあるはずがない。~『或阿呆の一生』

彼はどんな世の中を見ていたのだろう。

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2010-01-23

首の信長 : 小林恭二

 桂小五郎、高杉晋作、西郷隆盛、坂本竜馬、土方歳三・・・幕末オールスターズの座敷に侍って、テンション上昇、妄想を膨らませきっている遊女・筑波嶺が見た男たちの真の姿は! ・・・「筑波嶺日記」

 日本を手中にしようとする最澄、「伝説」を目指す空海 ~ 平安仏教の二大スーパースターが推し進める大プロジェクト vs.検非違使庁 ・・・「聖者伝」

 全宇宙の出来事が記録されたアカシックレコードの破損により、織田信長の人物係数が失われた。歴史を正しく保とうとする運行係の奮闘虚しく、何度リセットを繰り返しても、その度に異常な愛情をたぎらす者たちの手によって刎ねられてしまう信長の首。 ・・・「首の信長」

 源氏一族により生み出され、発展、継承された「武士道」~殺しと死の美学~を考察する。 ・・・「新源氏物語」


 歴史上の人物をネタにして、少々皮肉を込めたユーモア小説・・・くらいに思って読み始めたけど・・・。歴史上のヒーロー達がその獣性と欲望をむき出しにして、こちらの夢をぶち壊しながら疾駆する様は、滑稽とか皮肉とかを通り越した悪意すら感じて、読後、嫌ぁ~な気分になる。

 歴史上の男たちを妄想の対象にして喜んでいる輩に冷水を浴びせるに十分な意地悪さ。ヒーロー達に抱いているほんわかした手前勝手な憧れをあざ笑うかのような、S心あふれる作品集。

 ただ「信長」の二文字に引っかかってうっかり読んでしまった私も、まんまとバッサリやられてしまった。例えるならば、よその風呂場のぞこうとして暗闇を抜き足差し足してたら肥溜めに落ちちゃった(そんな経験は無いが)・・・っていうような気分。

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2010-01-20

平将門の乱 : 川尻秋生

 文芸作品の題材にもなったりする平将門について、少し知りたいと思ったのです。だって、私の将門イメージって微妙に『帝都物語』の加藤にすりかわってるし。将門の乱のことなんて何にも知らないし・・・。

 というわけで慌てて読んでみたのです、「将門の乱」について・・・。

 そして・・・

 叛逆のヒーローから怨霊~神となり数々の伝説を持つ将門。関東に独立国家を築こうとした、志高く、武力に優れ、人望も厚い傑物にして、後に怨霊と成る程の狂気も秘めた男。・・・そんな私が抱いていたロマンティックに過ぎる幻は、結構、、無情に、、、ブチ壊されてしまった。

 以前読んだ繁田信一氏の『王朝貴族の悪だくみ―清少納言、危機一髪』にもあったけど、十世紀頃の地方って、中央のルールが殆ど機能せず、国司となった不良貴族たちが本能のままに、恥も外聞もない不正・横領・暴力沙汰を繰り返すという「野生の王国」的なことになってたと思っていいんでしょうか?

 そんな中で将門は、やたらと強いんだけど、冷静な判断とか損得勘定が出来ないタイプ? 関東では群を抜いた武力を持っていたんで、面倒ごと抱えたチンピラに頼られ、不良貴族の中でもちょっと目端の利く輩に担がれ・・・。本書を読む限り、将門自身に何らかの思想があったようには書かれていないんですよね。

 歴史的な影響の点で見ても、将門の乱が直接歴史に何かを刻んだという訳ではなく、将門の乱に代表されるような、地方からの無秩序な暴力の行使に恐怖した中央の貴族によって後の歴史の流れが作られた、という論調。


 頼られて、煽てられて、戦って、勝ったり、負けたり、勝ったり、勝ったり、勝ったりして・・・何だか嬉しくて、はしゃいじゃったついでに新皇を名乗ったはいいが、あっさり討ち取られてしまった、色んな意味で残念なおじさん。・・・「将門について知らなくっちゃ!」と勢い込んで読んだはいいが、その結果、私の将門像はそんな風に書き換えられてしまった。

 こんなことなら、ロマンティックな夢を見続けてた方が良かったかなぁ。

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2010-01-16

「私」という演算 : 保坂和志

 考える、感じる、言葉にする・・・その言葉からまた考える、感じる、認識する・・・。“私”が思考するというその運動によって、そこら中にふわふわと漂っている世界が渦を巻くように“私”の周りに集まってくる。“私”の思考が停まると、また世界はそこいら中に散らばっていく・・・。

 “私”は“私”について思考する。“私”の認識について、“私”の思考について。そして“私”というものの不確かさを知る。そして、そういう不確かな“私”を存在させている世界というもの。

 理屈とか論理を超えて、不定形な感覚や情緒までを言葉にして追いかける文章は、“私”の中を巡り、また世界へと拡散する。


 自分を自分の認識の下に置く~自分の考えていること、自分の感じていることについて思考する。そういう在り方に惹かれると同時に、なんと面倒臭いことをするものだろうとも思ってしまうが、ここに書かれた思考の流れは、気の巡りのように自然で心地良い。

 保坂氏の書く思考の渦、言葉の流れは、運動不足の筋肉を揉み解すマッサージのように、普段使い忘れている感覚を緩やかに目覚めさせてくれる。

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2010-01-13

逃げ水半次無用帖 : 久世光彦

 憂いを帯びて艶っぽく匂うように美しい半次。近づいたと思うと姿は無く、いつの間にか遠くでゆらゆら揺れている逃げ水のような半次。気の狂った半次の母は、幼い半次をおいて、吹雪のように花びらを散らす桜の枝にぶら下がって死んだ。


 半次が世話になっている、居ながらの佐助・娘御用聞きお小夜父娘のもとには界隈で起こる不思議な事件が持ち込まれる。

 首を括った女とそれを見上げて哂う子供。暮六つの鐘が鳴ると気が違って走り出す振袖娘。墓場から消える老女の死体。少女の千里眼。身分違いの恋。正気を無くした男の一人二役。

 どれほど生きて欲しいと周りの者が願っても、ふぃっと死んでしまう者があり、どんなに深い地獄を抱えていても死ねない者がいる。人の心には、外の者には手の出しようのない、それぞれの平安と闇がある。人の心の解らなさ、届かなさ、頼りなさ。そしてあまりにも近い「死」というもの。

 人の心の中には、明るい日の下に曝したら可哀相なことが、誰にもある。そんな悲しい心が忍び歩くために、暗い、寂しい夜はある。



 虚無・佯狂・浮生・告解・因果・不定・・・。それぞれに哀しい事件の謎解きは、やがて半次の中の虚無を解く事件へと繋がって行く。


 半次に関る女たち・・・キャンキャンと子犬のように可愛いお小夜も、気のいい夜鷹のお駒も、実相寺の年とった庵主花幻尼も、事件の中の女たちも、半次と寝た沢山の女達も、狂って死んだ半次の母も、息苦しいほどに「女」である。悲しくて、怖くて、優しくて、可愛くて、寂しい女。

 この「女」たちは本当の女だろうか? 男の夢の「女」ではないか・・・。

 心が死んでも身体が男を求める女。哀しくても、怨んでいても、優しく男を抱きしめる女。後ろめたさを感じながらも、そんな哀しく優しい女に包まれていたい男。恥じらいを含んだように少し被虐的に甘く匂う男の願望。

 女たちの生暖かい心が、体温が、悲しい、怖い思い出に浸された半次に絡みつき包み込む。

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2010-01-09

地獄の思想 : 梅原猛

 日本人の中にある「苦」=「地獄」を見つめる目。仏教によって深く日本人に根付いた、深い内省により地獄を見る精神の在り様、そうしてそのような日本人の精神から生まれた文学、芸術作品を辿る書。

 第一部「地獄の思想」で語られる、日本の仏教における地獄観~特に天台思想は興味深く、もうちょっと深く知りたいという気持ちが起こる。今年は、いくらかでも仏教についての本を読むことを目標にしている。
 
 第二部「地獄の文学」は日本人の地獄を見つめる目から生まれた文芸作品~「地獄の文学」の系譜。

 『源氏物語』の登場人物たちが抱える煩悩の地獄。人の住む世界そのものが地獄の六道巡りと化した『平家物語』。妄執の鬼と化した死霊がこの世に彷徨い出る世阿弥の能。近松の心中物~世間並みの価値観を踏み外し、この世ではもはや生きられない男女の前にぱっくりと口を開く地獄。宇宙に遍く広がる生命を感じながら、その生命の中に地獄を見ずにはいられなかった宮沢賢治。自分の中で分裂する価値観、世界からの疎外感に苦しみ続けた太宰治

 時々歌舞伎を観る私は、どうしても近松の心中物に釈然としない気持ちを抱いていた・・・殊更に美しく描かれる主人公~心中へとひた走るダメ人間たち~に何を感じればよいのか戸惑っていたのだが、近松についての一章は、そんな私に一つの気付きをくれた。彼らは悲劇のヒーロー、ヒロインではなく、この世の落伍者、哀れな地獄の住人であったのだ。純粋な愛にしか価値を見出せない彼らにとって俗世の価値に縛られて生きることは地獄であり、世間に背を向けた彼らの行く先もまた地獄。道行の美しさは、彼らの地獄を見つめる近松の祈りか。


 地獄の文学を生み出してきた人々と同じように、自分の中にも地獄があると梅原氏は語る。自らの地獄を見つめて、宮沢賢治が詩や童話を書いたように、太宰治が小説を書いたように、梅原氏もご自分の中にある地獄のために、この書を書かずにはいられなかったのだろう。

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2010-01-06

右大臣實朝 : 太宰治

右大臣實朝 / 太宰治

 宇月原晴明「安徳天皇漂海記」の寂しく、強く、美しい実朝の姿に号泣し、橋本治「風雅の虎の巻」で、このややこしく美しい男・実朝への堪らん想いを深めた。そして、これまたややこしい男・太宰治が描く実朝は・・・。

 豊かな教養と、人の上に立つ者の品格を保ち、素直におおどかに周囲の者に相対する将軍実朝。美しく生きようとの理想を掲げながら(もしくは、美しく生きようという理想を持ってしまったがために)、鎌倉の征夷大将軍という自分の現実を上手く生きられなかった人。

 多くの憧れを抱きながら、その憧れを感じる自分の根っこがどこにあるのか、彼には最後までわからなかったのではないか。自分の根っこの在り処など疑ったことも無さそうな北条義時との対比が痛々しい。

 公暁~同じ源将軍家に生まれながらも、理想を抱くことを許されなかった人物のさめた目が見た、京都の人、田舎の人、そしてその間にある実朝の姿。そこには実朝が見ようとしたものとは異質な、ただそのままの乾いた現実があるように思える。

『安徳天皇漂海記』感想 http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-297.html

『風雅の虎の巻』感想 http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-368.html

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2010-01-02

風雅の虎の巻 : 橋本治

 一年ほど前に一度読んだのだが、その時はとにかく橋本氏が語る言葉の一つ一つに頭を殴られるような衝撃を受けるばかり。言葉のインパクトに気圧されっぱなしで、全体の意味なんてちっとも分からなかった。“うわっ”と思った言葉の書かれているページの端に折り目をつけてあるのだが、その折り目のつけられてるページの数が半端じゃない(苦笑)。今回は一つ一つの言葉だけに囚われることなく何とか読み通したと思うけど、やはり語られていることの全体像は理解できない。

 ・・・多分、日本における“成熟”ということについて書かれているのだと思う。人としての成熟、社会全体の成熟、文化の成熟はどのようになされていくのか。日本の近世以前、近代、戦後~それぞれの世界において、社会制度の中で人間としてプラスマイナス0とはどういう状態なのか、そこからの成熟とは・・・。制度と人との関りの中で生み出される数々の表現とは本質的にどういうものであるのか・・・。

 成熟を果たした人間の、社会の、文化の、制度からはみ出した“余り”の部分に生まれるのが、“風雅”という豊かさである・・・ということ・・・か? などと考えてみても、そのことを実感する力は私にはまだ無い・・・ということは分かる。いずれ再々読する時には、もう少し分かるようになっているといいのだけど。


 ところで、初読みの時もそうだったのだけど、話の本筋は置いといて、私の心はぐぃ~っとある人物に惹かれていってしまう。それが、本書において、その和歌の特異な表現をとりあげられた源実朝という人。

 『“関東”という田舎の制度の管理者』でありながら『個人』というものを獲得してしまった青年。“田舎”に居ながら征夷大将軍という特殊な立場故に“京都”=文化と繋がりを持ち得、“制度”とは相容れない“個人”を獲得してしまったからこそ『“田舎の親族”に抹殺』されてしまう実朝。実朝の時代の“制度”とはどういうものだったのか、“個人”とは何者だったのかを語る本書の文脈の中での、この実朝という存在。タ・マ・リ・マ・セ・ン。

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