2009-09-30

始祖鳥記 : 飯嶋和一

「人類の夢や希望を乗せてるんだね、と言ったら・・・そんな重たいものは乗せられない、と切り返された。」

  世界最速の電気自動車“Buckeye Bullet”が駆け抜ける、缶コーヒーのCM。3部構成で語られるこの長い物語の中心に描かれた“空飛ぶ表具師”の姿に、このCMのナレーションが重なった。

 腐敗した政に民の不満が鬱積していた天明期、大凧を作り空を飛んだ表具師・幸吉。

 ただ子供のような純粋さと衝動で空を飛んだ幸吉だったが、人々は幸吉の飛行に己の期待や望みや満たされない思いを託す ~ “紙屋幸吉は鵺となって政道の腐敗を糾弾してくれた”。

 ただ食べて、寝て、暮らすだけの日々には安住できない、“遠くばかりを見続ける”資質を濃く持ってしまった幸吉。飛ぶことにとり付かれた幸吉には、地べたに張り付くように暮らす人々の思惑など目に入らなかった。自分の目には全く入っていなかった人々の想いや期待の重みで、純粋な衝動に過ぎなかったはずの幸吉の飛行は、罪として罰せられる。

 他人の行為に、勝手な期待や意味を押し付ける大衆の無自覚・無責任な嫌らしさが、幸吉を追い詰めたようにも見えるが、幸吉のように遠くばかりを見て、自分の足元が見えない男というのは、やはり憂き世に暮らすには困ったものだ。


 幸吉の意図に関らず、幸吉の飛行に様々な意味を見つけ、想いを掻き立てられた人々。幸吉の飛行が掻き立てた想いが呼び合い、不思議な歯車が回りだす。第2部は、そんな大きな歯車を回した人々のドラマ。回る歯車の中で力強く響く言葉~「いつも目指す方を見続けること。見ている方へ物事は進む。」

 そして、幸吉が見続けているのは、やはり“飛ぶ”ことだけだった。今度こそ、人々の意図や思惑の及ばぬところで、再び大凧に乗り空を駆ける幸吉。

 しかし人々は、他人の想いの埒外で、この世の重いものを何も寄せ付けず、鮮やかに空を飛んだ幸吉の姿を、それぞれの想いを込めて胸に刻んだ。

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genre : 本・雑誌

2009-09-26

パンク侍、斬られて候 : 町田康

 江戸時代、ある晴天の日、街道沿いの茶店に腰かけていた浪人は、そこにいた、盲目の娘を連れた巡礼の老人を、抜く手も見せずに太刀を振りかざし、ずば、と切り捨てた。居合わせた藩士に理由を問われたその浪人・掛十之進は、かの老人が「腹ふり党」の一員であり、この土地に恐るべき災厄をもたらすに違いないから事前にそれを防止した、と言うのだった…。



 社会的困ったチャンの展示会みたいなことになってるとある藩で、困ったチャンたちは困ったチャン独自の理念と理屈に則って、それぞれの計画を進めている。そして発動した、無意味でアホらしいことこの上ない「腹ふり党」ヤラセ作戦。

 何やかやと訳分からんうちに状況は切迫。ヤケクソとなって腹を振るエセ「腹ふり党」と困ったチャンたちだが・・・

 おふざけ的悪巧みから始まったナンセンスな大騒ぎは、ある時、そのバカ騒ぎを計画した困ったチャンたちの目の前で、本当の混乱、本物の恐怖へと、“ぐるっ”と変質する。

 困ったチャンたちの困った具合を、「はは、バカだこいつら。いるんだよね、こういうバカ。」なんて、アハハと眺めていると、バカバカしい笑いだったはずのものが一転、身の毛もよだつ恐怖に変わってしまっているという転換は、中島らもさんの「こどもの一生 」に似てる。「こどもの一生」の恐怖の方が多少エンターテイメント寄りで、「パンク侍~」の恐怖はブンガク寄りかなぁ、なんて思うけど。

 ブンガク的恐怖の中で、困ったチャンたちは、それぞれにオトシマエをつけるべき自分と対面させられて、幕。

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genre : 本・雑誌

2009-09-23

もしもし、運命の人ですか。 : 穂村弘

 “恋の始まり”や“運命を感じる瞬間”などなど、「ときめき」の周辺を手探りするエッセイ。

 それにしても穂村氏・・・なんと「ときめき」に貪欲な人であることか。

 一瞬が永遠にもなる次元への跳躍を引き起こす「ときめき」。日常の中に、そんな「ときめき」の可能性を探して、トクトクと胸を高鳴らせたり、胸を痛めたり。

 穂村氏は、いつ、どこに「ときめき」を発生させるかわからない世界への期待と不安で震えている。

 ああ! 何と世界に対して敏感で繊細で貪欲な! 穂村氏がよくエッセイに書いておられた「『現実』への恐怖」って、世界への大きすぎる期待の裏返しなんじゃないかしらん・・・と思う。そういう人じゃないと、歌人になんてなれないんだろうなぁ。

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genre : 本・雑誌

2009-09-19

DOG STYLE : 本仁戻

 一匹狼にはなれない野良犬・千秋テルと、野良犬を飼いたい願望を持つ大きいお兄さん・寺山ミキの、身も心も組んず解れつなお話。

 それぞれに、振り向いて欲しい相手とは何だか上手くいかないテルとミキ。先輩後輩でも、友達でもないけど、一緒にいると何故だか気が緩んじゃうテルとミキ。

 ズカズカと踏み込まれるのはイヤだけど、たまにすごく会いたい。一緒にいると楽しい、一緒にいると安心する。予定外の恋心に先に気付いちゃうミキだけど、テルは野良犬だから、急に距離を縮めようとするとダッシュで逃げちゃう。無理に近づこうとすると、無茶苦茶に噛み付かれちゃう。野良犬の距離感ってむずかしい。

 友情と負けん気とヤキモチと欲情と恋がからまっちゃって、どれがどれだかわかんない。だからヒドイことしたり、されちゃったり、期待したり、裏切られたり、すれ違ったり・・・。ミキのハードな過去はフラッシュバックしちゃうし、ヤンキーゆえにヤバい暴力沙汰には巻き込まれちゃうし。
 
 ヤケクソな笑いと、ピリピリの緊迫と、メチャメチャ気持ちいいHと、しょんぼりな寂しさと、ほんのりな幸せと、どん底の自己嫌悪と、死にそうな大怪我と・・・大波小波波状攻撃に、こっちの気持ちも翻弄されちゃって泣いたり笑ったり大変。


 素直になれないテルの気持ちをミキが言葉にする、それを隣に座ってテルが聞く。二人の気に入りの廃ビルで、二人が大好きな夕日を見ながら・・・

 君が隣りに座ると ゾクっとする 胸が甘くなる

 ビルで待つ・・・ 夕日を見る   君の分のコーラを買ってしまう・・・

 約束もしてないのに脇にコーラを置いて 僕はただ待ってる・・・

 "君が約束もないのに僕を待ってたらいいのに・・・”



 いい! 猛烈にいい!


 そしてラストの数ページ ~ 不安と悲しみと緊張から一転、ドドドドド~と全てを押し流すような勢いでやってくる安堵と弛緩と幸福感の大津波は、これまで読んだBLマンガの中でも最上級のラストシーン!



2009.10.18 追記

 今、ちょっと反芻してたんだが・・・

 野良犬ヤンキーのテルが、キレイなお兄さんミキに「好き」と告白されて、イラついちゃう、不機嫌になっちゃうっていうトコがある。

 テルだってミキが好き。でも、大好きな人のことも、何パーセントかは“ウザい”って思う気持ちがある。テルは神経質だから、自分にそんな気持ちがあることに気付いちゃう。ミキに「好き」って告白されちゃうことで、自分の中のそんな気持ちまで突きつけられちゃって、そんで傷ついちゃう、イラついちゃう。

 なんか、イイな・・・テルちゃん。

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2009-09-16

斑鳩王の慟哭 : 黒岩重吾

 上宮王家の滅亡を題材にした長編小説。

 仏教に帰依し、慈愛の心を持って理想の政を行おうとした厩戸皇太子。その超人的な伝説ばかりが後世に伝えられる厩戸の、理想を追いながらも、我欲に囚われ、挫折し、苦悩する人間的な姿を描く。

 大臣・蘇我馬子との政治的駆け引き、権力に固執し、感情のままに振舞う推古女帝との確執、異母姉・推古女帝への怨念を募らせる母・間人王女への複雑な思いに懊悩を深める厩戸。

 政の中心からは次第に遠ざけられながらも、その学識も、人柄も、政治的能力も、周囲の豪族たちから一目置かれた厩戸の亡き後、山背大兄王は独り、斑鳩宮に孤立する。

 常に父の陰に隠れ、比較され、己の器の小ささを思い知らされ続けた山背大兄王の姿は、苦悩する厩戸の姿以上に痛ましい。

 馬子の権力を引き継いだ蝦夷、その子・入鹿への、周囲の空気が読めていないとしか言いいようのない反抗、批判 ~ そして、そのことが招く決定的な悲劇。蝦夷、入鹿との政争の中にあっても、山背大兄王が意識していたのが、最後まで父・厩戸だったという事が、哀れでならない。


 読み応えのある小説だったのだが・・・

 我々世代には、厩戸の物語といえば、「日出処の天子」が、あまりにも強烈に刷り込まれているのだ! この小説に描かれた人間・厩戸や山背は、確かに魅力的でもあったのだけど・・・ 私には、どんなに異端の厩戸像であったとしても、あの、美しくて、誇り高くて、恐ろしくて、悲しい厩戸の物語こそが本当のことであったと思えて仕方がないのよ。

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2009-09-12

歌舞伎 型の魅力 : 渡辺保

 現代演劇は苦手な私だが(現代演劇の舞台は片手で足りるほどしか見ていないので、食わず嫌いであることは否めないが)、どうした訳か歌舞伎は大好きなのだ。そして、私の歌舞伎の楽しみ方は、どうも「キャラ萌え」であるらしい。ドラマの中で役が動くんじゃなくて、ドラマは役にくっついてくるもん位に思っているし、舞台でドラマを演じるモノは人格を持つ個人であるよりも、個人としての形を持たないもの~様々な属性の集積~(それをキャラクターと呼んでよいのかどうか解らないのだが・・・)であってくれた方がありがたい。

 現代演劇嫌いでキャラ萌え気質の私が、なぜ歌舞伎にどっぷり魅せられてしまうのか? そこに歌舞伎の「型」というものが関係しているのではないかという気が何となくしていたのだ。

「型」とは

 その役の扮装から、小道具、大道具(舞台装置)の指定、テキスト・レジ(上演台本の作成)に至るまで。あるいは役者の動きの段取りから、その役の解釈に至るまで。要するにその役を表現するためのシステム全体をいう。



 役者の身体性に依るところが多く、役者の「仁」というものが言われる歌舞伎において、しかしその舞台上に、現代演劇に時々感じたような役者の人間としての生臭さを感じたことがない。

 役者の身体性を含めた個性、表現を「型」として凝縮することで、リアルな感情と人格を持った人間ではなく、とびきり魅力的な、まるで生きているようなお人形が舞台の上に現れる。人形と言ったってただの人形じゃない。魂を持った生き人形。「型」によって現れるのは、人格・個性・感情などではなく、魂だと思うのだ。

 歌舞伎の舞台の上にいるのは、例えば「合邦」なら玉手御前という個人としての女ではなく、「玉手御前」という魂。歌舞伎役者はその魂を入れる人形。

 歌舞伎役者は自分自身を人形として使う人形使いだ。いつも贔屓の役者にきゃあきゃあ言っている私だが、厳密に言うと私は彼等自身が好きというより、彼らの操る人形が好きなのだ。

 では、一個の人間でなく「人形(魂)」が演じるドラマって何なのか? っていうことは、まだよく解らない。これからゆっくり考えてみようと思う。


 本書は「陣屋」の熊谷、「御殿」の政岡、「十種香」の八重垣姫、「五・六段目」の勘平、「寺子屋」の松王丸、「千本桜」のいがみの権太、「合邦」の玉手御前・・・他、様々な役の型のバリエーションを収集、記録、紹介したもの。“「型」によって舞台上に何が起こるのか”を言葉にして教えて欲しかった私の期待とは少々ずれたが、読んでいる間中、脳みそがゴゥンゴゥンと音を立てて回転した。(オーバーヒートで暴走気味かも) 何故歌舞伎が好きなのか ~ 頭の中で混沌としていたものが、おかげで少しずつ形を成し始めた。

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2009-09-09

黒猫の三角 : 皇なつき・森博嗣

 1年に1度、あるルールに従って繰り返される殺人。探偵・保呂草と仲間達?の監視も空しく、今年もひとりの犠牲者が・・・。事件を結ぶ法則の意味は? 犯人の意図は?

 森博嗣の人気ミステリ小説を皇なつきさんが漫画化。原作小説は読んでいません。コミック単体でも十分楽しめますが、事件の真相が明らかになる過程で、犯人が自分の思想・行動原理を語るあたりはちょっと唐突な気も・・・。

 皇なつきさんといえば、中国、朝鮮の民族衣装も華やかな歴史絵巻・・・台詞よりは絵で読ませるという印象を持っていましたが、こういうドラマもしっかりきっちり描かれています。丁寧に作られたテレビドラマを見ているよう。

 でも、この上質かつクラシカルなテレビドラマを見ているような絵柄は、森ミステリよりも、純粋な謎解き主体の本格推理小説のようなものに向いているんじゃないかしらん? 「完全な妄想 完全な洗脳」「-その人間の証に 何の価値がありますか?」なんて森節とでも言うような台詞は何となく皇なつきさんの絵にはそぐわないような気がして・・・

 こういう台詞は、例えば「すべてがFになる」を描いた浅田寅ヲさんのようなデジタルな感じの絵と組み合わさった方が耳触りも目触りも良いように感じます。

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2009-09-05

放課後の国 : 西炯子

 南風高校3年1組、クラスの吹き溜まり“微妙”班6名~数学フェチ、天文オタク、キス魔?、エロ小説を書く女、ロック小僧、三年間不登校のX氏~をめぐるオムニバス。

 不器用で、迷走してるけど、やっぱり青春している男子たち、女子たち。

 青春って・・・ むやみにじゃれあってもいいし、悶々も、ジタバタもハタから見ると何だか純粋で羨ましい光景だ。若さゆえの過ちで、誰かに酷い言葉を投げつけたとしても・・・リカバーできるチャンスが割りと沢山ある。

 年とってくると、酷い言葉なんてもの凄い覚悟決めないと言えないし、じゃれあったってキモチワルイだけだし。

 未熟さと可能性と、定まらない足元に危なっかしい足取りで、バタバタと走り回る男子、女子。その必死さは滑稽であり、痛々しくあり、微笑ましくあり、涙ぐましくあり、美しくあり・・・。決して湿っぽくはないけど、切なさに“きゅん”となる。


 それにしても、共学っていいなぁ~。10年間女子校漬けだった私 ~ 男子のいない教室じゃ、起きようの無いドラマだもの。

 
・・・

 数学フェチの藤崎君・・・眼鏡をとるとキラキラ光が輝く美青年・・・的なコマがあるけど、彼は眼鏡かけてた方がいいと思うけどなぁ。

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2009-09-02

赤壁の宴 : 藤水名子

 孫策のことが好きで好きで大好きで、妄想が膨らむばかりの周瑜。冒頭のシーンからいきなり孫策様への欲望で一人もんもんとしています。

 冷たく冴えた、女と見紛う美貌の周郎(という設定ですが、個人的には、周郎の美しさは漢くさい美丈夫って類のものであって欲しいなぁ。)に熱い目で見つめられる孫策も、まんざらではないようで、妖しい気持ちになりながらきわどい意地悪をしたりします。

 しかし・・・屈折した想いを抱えて、欲望に正直になれるはずも無い周瑜。心にもない言葉ならいくらでも、綺麗な微笑とともに口にできても、本心を決して語ることができない男の内省的なドラマ・・・と言えなくもないけど・・・。激しい権力闘争の時代に、曹操に対抗し得る唯一の勢力・呉の将軍でありながら、ただもう己の煩悩を持て余して、「俺のこの気持ち、どうすりゃいいの?!」的、非生産的な自問自答を延々と繰り返されりゃ、こっちも終いに「知らんがな!!!」と突き放したくもなるってもんです。

 「孫策殿以外には全く興味ナシ」な周瑜なので、孫権なんてハナもひっかけてもらえない。呉の一大イベント「赤壁の戦い」も、孫策殿への想いを昇華させるための、周瑜の心理的なセレモニーとして描かれていて、バトル的には一向に盛り上がりません。

 ただ、とってもツボだったのが、赤壁の戦い前にした、孔明・劉備と周瑜の対面シーン。孔明=「腐れ外道」、劉備=「戦場ゴロ」「うだつのあがらぬ中年」「貧乏神」「化け物」と切って棄てる、有吉的毒舌。的確すぎる一言人物評。周瑜、素敵です。

 あまりホメ言葉的感想になってないけど、これだけ色々言えるのは、十分楽しんだ証拠です。

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