2008-10-29

倒立する塔の殺人 : 皆川博子

 「倒立」・・・その言葉だけで、墜落するような感覚と、ただならぬものを見るだろうという予感に圧倒される。

 戦時中のミッションスクール。
 図書館の本の中にまぎれて、
 ひっそり置かれた美しいノート。
 蔓薔薇模様の囲みの中には、
 タイトルだけが記されている。
 『倒立する塔の殺人』。


 少女たちの手で書き継がれる小説。少女の手から手へと託されるノート。「倒立」の感覚に満ちた小説は、何を伝えようとしているのか・・・。

 ある一人の愛らしい少女の消失と、もう一人の少女の不可解な死。この学院で何が行われたのか。そこにどんな秘密が隠されていたのか。

 閉ざされた空間の中で、少女という特別な生き物たちの自意識が濃く激しく絡みあう。儚く純粋で物思いがちな・・・そして幼く驕慢で残酷な~図太さと怯えを同時に心に持っている少女たち。

 彼女達があんなに妖しげな生き物であるのは、年若い少女たちだけで構成された女学校という舞台装置があってこそ。その舞台装置がなくなる時、少女は消えてしまうのか、それとも別のものに変わっていくのか。

 女学校の中で物語を紡ぎ、時間を止めてしまった少女と、物語にケリをつけ、新たな時間をすすめ始めた少女。二者の対比が、切ないような明るいような、後を振り返りたいような、先を見つめたいような・・・複雑で悩ましい心境にさせる。


 私ごとですが・・・私自身、中学・高校の6年間をカトリック系女子校で過ごした為、女学校が舞台になった作品にふれると妙にしっくりくるというか、“帰ってきた”という懐かしい感覚・感慨にとらわれます。

 女子校の内部は、明らかにその外とは時間の流れ方が異なる、何だか不思議な空間でした。ただし、現実の女学生たちは、小説の少女たちのように妖しくも、美しくも、儚げでもありません。殊に、小高い丘の上に建つ校舎に通う我が母校の生徒たちは、毎日の山登りの為、みんな残らずふくらはぎに逞しい筋肉がついており、異性の目がない為かどちらかというとやぼったく、寒い日はスカートに下に股引のようにジャージを穿き、熱い日はスカートの中を下敷きで扇ぐような娘達でした。それでもどこかに、隔離された空間の中で醸成される「少女」としての自意識を確かに持っていたような気がするのです。外見からは全くそうとは知れなかっただろうけど・・・。

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2008-10-25

みずうみ : いしいしんじ

 満ちては引き、満ちては引き・・・繰り返す、繋がっている、停滞と胎動、死の沈黙と生の息吹、残酷な破壊と逞しく輝く創生。

 何処とも知れないみずうみのある村に
 タクシー運転手の男の体に
 ニューヨークのアパートに
 ラ・アバナのホテルに
 カンクンの地下洞窟に
 松本で暮らす夫婦のもとに

 “コポリ・コポリ”と満ちては溢れていく透明な水。溢れる水は、出口の開いた場所に雑多なガラクタと、時間も空間も超えた記憶をもたらし、水がひいた場所には冷たい停滞が訪れる。

 すべての出来事は、長く長く繋がりあった、織り上げられた一枚の白い布のような、その一部。

 
 いしいしんじさんの書くおはなしはつかみどころがない。この世に起こり得ることそのままを切り取ってきたかのような・・・。そこに“たぷん”と身を浸す。頭でなく全身で“わかる”という体験をたくさん持っていないと届かない・・・。

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2008-10-22

ムジカ・マキーナ : 高野史緒

 理想の音楽とは? または、音楽の理想とは?

 19世紀ヨーロッパを舞台に、荘厳とチープが、悪趣味と神聖が、どろどろのホラーと軽薄な笑いが混ざり合う物語。

 自分の中で鳴り響く理想の音楽、音楽の理想を、究極の形でこの世に出現させる。狂おしい欲求に突き動かされ暗躍する者ども。

 ウィーンに忽然と現れた《プレジャー・ドーム》。色とりどりの照明が煌き、フロアでは陶酔と狂乱の舞踊が繰り広げられる《悦楽の殿堂》~ オーケストラが存在しない空間に夜通しノン・ストップで流れ続ける舞踊音楽、そこを訪れる音楽家たちの間に広まる、音楽の快楽を異常なまでに高める麻薬《魔笛》。


 「彼らは機械で音楽をつくろうとしているのです!」

 教会に降り注ぐパイプオルガンの響きは、クラブに充満する麻薬的なサウンドと溶け合い、オーケストラの指揮者はクラブDJへと姿を変える。

 《魔笛》と理想の音楽を追い、舞台はイギリス~クラバー達が夜な夜な徘徊するロンドン・ソーホーへ。
 
 虚実入り乱れた19世紀ヨーロッパの歴史・街で、入り乱れる怪しげな人物たち~《魔笛》を追うベルンシュタイン公爵、ウィーン・フィルの指揮者にして《ムジカ・マキーナ社》のクラブでプレイするDJ・フランツ、《プレジャー・ドーム》経営者・英国貴族セントルークス卿と興行師モーリィ、オルガン技師サンクレール、謎の少女マリア、驚異的な即興の腕を持つオルガン奏者ブルックナー教授。


 綿密に施された仕掛け、所々に塗された遊び。重厚に飾り立てた中にも、どことなくチープな匂いがするのが面白い感触の物語。息もつかせず転がる展開で一気に読めたのだが・・・。完成された《音楽機械》が奏でるものがどんなものなのか・・・もっと充分に堪能したかった。結末を急いだためか、意外にあっさりと流されてしまったその音楽。ちょっともったいない。

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2008-10-18

求愛瞳孔反射 : 穂村弘

恋とは眩しくて、そして生々しい現象だな。
それが求愛ともなれば、もう… あ、恥ずかしい☆

その人を見つめるキラキラした眼差しは、ちょっと角度を変えれギラギラした視線に

フワフワした夢見心地は、どろどろした欲望に早変わり

その人への一途な想いは、端からみるとちょっとキモい思い込みだったり…

そんな瞳孔もひらきがちなあれこれに、愛という名のサーモンピンクのリボンをかけて☆

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2008-10-15

クレィドゥ・ザ・スカイ : 森博嗣

 シリーズの中で、一番忌々しくも、一番清々しくて、綺麗だと思ったのが、「スカイ・クロラ」のカンナミ・ユーヒチだった。理解されることを拒絶し、最小の抵抗・摩擦の中で軽々と空へと飛び上がっていったカンナミ・・・地上の重さをすべて捨てたかのようなその姿は、どうしようもない大きな欠落を感じさせたけれど、確かに泣きたくなるほど綺麗だった。

 それに比べて、クサナギやクリタは、「飛びたい」と切望しながら常に重力に引っ張られている、そんなアンバランスさを感じさせていた。

 カンナミとクサナギ、クリタのこの違いは何なのか? それぞれの個性、キルドレとしての個体差なのか? ・・・と思っていたのだけど。


 そういうことだったのか・・・。いや、本当は理解できてはいないのだけど、やはり・・・。

 空でだけ息をし、新しく目覚めるたびに、「空を飛ぶこと」以外を削ぎ落として(失って)、どんどん軽く、純度を高く研ぎ澄まされていく。

 それが悲しいことなのか、幸せなことなのかは解らない。ただ泣きたくなるような何か・・・。

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2008-10-11

マラケシュ心中 : 中山可穂

 気鋭の女流歌人・緒川絢彦の、恩師の若く美しい妻・小川泉への宿命的な恋と漂白の旅。

 ぼろぼろになりながら恋しい人を求めて、求めて、求めて・・・。中山可穂の小説を読むといつもその切実さにボロボロと泣けてしまうのだけど、やはり今回も・・・桜の樹の下で、絢彦が泉への恋を胸に秘めながら、おずおずと静かな会話を交わすシーンで堪らず涙がこぼれた。

 しかし、その後の絢彦は、これまで読んだ中山作品の主人公たちと少し違う。中山可穂の主人公たちは心身ともにぼろぼろになりながらも、中にはブレない芯があって、自分の行動、状況には自覚的であったように思うのだけど、報われない恋を前にした絢彦の行動はもう支離滅裂で、どこに行ってしまうのだ?とハラハラしてしまう。

 恋によってある意味どんどんスポイルされていく絢彦という人を見ながら、“そんなにまでして他人を必要としなきゃいけないって、どういうことなんだろう?”と考え込んでしまった。

 
 この激しい小説を読んだ直後にはわからなかったこと・・・ それが最近少しだけわかるような気がしてきた。激しすぎる情熱と恋情を内に抱きながらも、ある意味ストイックに自分の行動を律していた王寺ミチル(「猫背の王子」)のような主人公たちは、結局、自分と恋人とを隔てる薄いけれど絶対的な膜のようなものを破れなかった孤独な人だったのだ。孤独の中で恋しい人を求める声が、どうしようもなく私を泣かせたのだ。

 絢彦は決してそんな孤独に甘んじようとしない。自分と恋人とを隔てるものを壊しつくし、恋する人とひとつになろうとする。二人の人間がひとつになろうとしてぶつかりあった跡には、全てが焼き尽くされたあとの白い灰しか残っていない。

 二人の人間が魂までとけあう・・・ 人間には到底不可能なんじゃないかと思える。それが、絢彦が求めた、孤独を打ち消す「愛」なんだろうか。だとしたら、愛って何としんどいものなんだろう・・・。

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2008-10-08

高瀬川 : 平野啓一郎

 実験的ともいえる短編4編を収録。私は「清水」と「追憶」が好きだ。
 
「清水」
 境界が曖昧に溶けていく記憶と現実の間。記憶の中の現実の切れ間に閃く、肉体が感受する光、音、映像。
 
 浮遊するように、幻のように、心の世界へと沈んでいきながら、外界と感応する肉体へと繋がる糸を手放さない ~ 私が存在する境界。


「高瀬川」
 男女の性的な交わりが延々と描写される。肉体的な感覚を拠り所にしながら、その側に口を開いているもう一つの世界に身を浸そうとしているような・・・。「清水」を裏返した作品のように思える。


「追憶」
 白い頁にポツリポツリと散る言葉。文脈があるのか、ないのか・・・頁の上にパラパラとこぼれた言葉は、細く透きとおった糸で繋がれ、「誕生」と「不在」、「輝き」と「孤独」を萌え立たせる。

 埋もれていた一編の散文詩から、記憶の表に浮かび上がってくるように、白い空間に現れる言葉。とりとめなく浮かんでは消えるその言葉は、綴られた文章よりも深く心を抉る。 

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2008-10-04

むかしのはなし : 三浦しをん

 5人の女を転がすホスト。最期の時が近づく中、自分に一番何も求めなかった女にメールで託す物語。(かぐや姫)

 飼い犬の散歩をしながら住宅地を眺めるうちに、空き巣の技術を身につけた男。(花咲か爺)

 あたしはあの人につくられた。恋をして、追いかけても追いかけても縮まらないあの人とあたしの距離。ただ、会いたい。会いたい。会いたい。(天女の羽衣)

 世界の終わりを前に、愛する女性を救おうと彼女を妻にした猿のような男と、彼を愛してはいなかった妻。(猿婿入り)

 暴力沙汰の噂が絶えずみんなが怖がるモモちゃんと、彼の部屋にたむろしている三人、真白・鳥子・僕。モモちゃんを囲んで過ごした最後の夏。(桃太郎)


 ・・・その他、「浦島太郎」「鉢かづき」など、昔話のシチュエーションを借りて語られる、或る人の昔語り。語る人物は名前を持たないけれど、語られるのは昔々の爺さん、婆さん、お姫様の物語ではなくて、「私」の物語。

 三浦しをんさんの小説を読んでいると、「ある一人の想いが、誰かに(正しく)伝わることはない」というきっぱりした諦めと、「それでも・・・」という切ない願いがせめぎあうのを感じる。

 何かを語り始めた人たち ~ 受け取る人がいるかどうかは分からない。まして何かが伝わるかどうかなんて・・・。それでも“語りたい”という願望が生まれた瞬間 ~ 彼らに訪れたその心の揺れを想うと、少し切ないような、潤んだような、苦いような・・・気持ちになる。

 私にも“語りたい”と想う時は来るかなぁ・・・。


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2008-10-01

謎の母 : 久世光彦

 黒いインバネスを羽織り、だらしなく涎で汚れた口で悪態をつき、卑屈に詫び、酒で濁った目で女にからみつきながら、少女・さくらには大切な「約束」ということを口にした小説家・朽木糺。

 嘘つきで薄汚い小説家が抱く真実に、十五歳の女学生である少女は撃たれる。少女には小説家が、世の中への恥じらいに身をよじる幼子に見え、少女は小説家の「母」になる。

 朽木とこの世での「信義」を分かち合い、朽木がたどり着くしかない死を予感しながら、幼子である朽木を、悲しくも強い目をして胸に抱いた「母」である少女。

 
 まだ十五歳で幼さもある女学生でありながら、自らを、すべてを包みこみ抱きしめる母であると思う少女の心理が恐ろしくも感じられる。そのような少女が男性である久世光彦氏によってが描かれるということが、その時代、男女の心にあった不安、切ない希望、誰かの胸に身をゆだね抱かれることへの欲望・・・そういったものをより濃く、少し倒錯的に感じさせる。

 久世氏の言葉には粘度があり、匂いがある。皮膚感覚・・・特に粘膜系の感覚を刺激される。だらしなくて滅茶苦茶な小説家・朽木糺がその身に漂わせる匂いを思うとき、少女は「下がらない熱の匂いともちょっと違い・・・」と、心でつぶやくのだが、「下がらない熱の匂い」! ああ! 感じられる! これ以外の言葉では伝わらない、病の床の熱っぽさ、湿気、少し酸っぱいような、甘いような匂い。こういう言葉を読むと、しばし恍惚としてしまう。


追記

 以前、「人間失格」を読んだ時に、「恥」と「恥じらい」という感情について、私はこんな感想【http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-110.html】を書いている。そして、太宰とダブる小説家・朽木糺が、無頼を気取りながら、身に纏いつかせているのは「恥」ではなくて「恥じらい」で・・・。十五歳の女学生は朽木の無頼を、恥じらいを、母のように抱きしめ、母のように突き放す。

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