2008-06-28

粋にいなせに三津五郎 : 坂東三津五郎

 昨年、歌舞伎座の納涼歌舞伎で見た三津五郎さんは素敵だった。その存在感には圧倒された。

 三津五郎さんと言えば、以前はテレビで拝見することの方が多かったし、その巧みなトークぶりに、どこかふわふわとしたお坊ちゃまにして器用なタレントさん~というイメージが強かった・・・というのが正直なところだったけど、いやいやとんでもない。

 なんだか壮絶なまでにややこしく荷が重そうなお家柄。その上、見上げるほどに高いプライドと、やわらかい物腰に包み込もうとしても溢れ出してくる自意識。それだけのものを裏打ちする育ち、経験、環境。こりゃ相当に面倒くさい人だぞ~と思えてきて、読みながらニヤニヤしちゃいました。

 歌舞伎以外のフィールドでの活躍も華々しい三津五郎さん。歌舞伎ファンの裾野を広げるのに果たされている役目は随分と大きいのではないかと思うけれど、彼の本音は「沢山の人に歌舞伎を身近に感じ、楽しんでもらいたい。」っていう所よりも、「アナタたち、歌舞伎を楽しみたいなら、もっと勉強して目を肥やしてからいらっしゃい。」ってとこにあるんだろうなぁ・・・ってことが言葉の端々にアリアリで、ここでもまたニヤニヤしてしまう。

FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-25

まほろ駅前多田便利軒 : 三浦しをん

 東京郊外のまほろ駅前で便利屋を営む多田と、その事務所に転がり込んだまま居ついてしまった行天。よくわからない関係を続けながら、今日も舞い込む仕事に追われる二人。

 ライトな小説です。多田も行天もそれぞれ心にぬぐいきれない傷を負い、それに苛まれ続けているのだけど、彼らの負った傷はこのお話の中で、(言葉は悪いが)多田や行天を彩るアクセサリーとしてのみ機能し、それ以上の重さを感じさせない。(「月魚」において、太一と真志喜が抱える罪の意識が物語の適度なスパイスとなっていたように。)

 こういう軽やかさは、時にありがたい。いつもいつも、読み手を押し潰してしまいそうな小説ばかり読んでいるわけにはいかないんだ。ちくちく痛いものを飾りにまぶした、甘~いまやかしが必要な時だってあります!

 しをんさんの小説には、“自分につけられた傷は、その傷をつけた当人には永遠に伝わらない”と苦しむ人物と、“誰かを傷つけてしまった”という自分しか知らない罪で自らを責め続ける人物が見受けられる。それぞれが一人相撲をしながら誰かと一緒にいる。そういうのにほっとすることもあるんだなぁ。


 それはそれとして・・・

 多田が行天との会話の中で、時折不必要に(と、私には思われる)BL的反応を見せるのは、そっち方面に馴染みのない方にしてみれば、“なんでそうなるの?”ってかなり違和感を感じるとこではないかと思うんですが、どうでしょう? “男が二人いたらアヤしい関係だと思うのはどうにかしろ”・・・と、しをんさんの弟ならずともつっこんでしまうとこでしょう。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-21

ぬかるんでから : 佐藤哲也

 非常に読み手の精神にストレスのかかる作品群で、あまりのことにちょっと涙目になってしまう。

 一息に息の根を止めてはくれない。理性が振りきれてしまうほどの苦痛や恐怖ではない。急所からはわずかにずれたところをボディブロウで執拗に終始いやらしく、いやらしく攻められるような・・・。生理的にとってもストレスフル。


 何事かを“受信”してしまう妻。自らはなにも“受信”しないにもかかわらず、妻を愛するが故に、何かを受信し続ける妻と、妻が受信するものを丸ごと受け入れる夫。

 生きたトンボを、糊でスケッチブックに貼り付けた上から丁寧に押しつぶし、“おしとんぼ”を作る父。

 正義と真実ですべてを裁くため、墓地中の道で復讐に燃える侍と戦う叔父。

 祖父の家で花火をした晩に起こった事故。それ以来姿を消した祖父。10年後の嵐の晩、窓ガラスを粉々に砕いて祖父は帰ってきた。左目に花火の棒を刺したまま。


 ・・・不測の事態で溢れた世の中を描ききる13の短編。

 読み手を押し潰さんばかりの圧力を持った作品。書き手にも相当の負荷がかかったはず。この世界を書き続けた著者の強靭な精神力に脱帽。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-18

イケズの構造 : 入江敦彦

 京都人のイケズについて考える。

 京都人を訪ね、帰り際に「ぶぶづけでも、あがっておいきやす。」と引き止められたので厚意を受けることにしたら礼儀知らずと誹られた。



 イケズの典型として全国に広まり、京都人を大和民族における悪役に仕立て上げてしまったという、この『ぶぶづけ神話』。(恥ずかしながら私は知らんかったけど、そうなんですか?)。

 この神話から想像される、“心にもない優しげな言葉で、いたいけな他人を罠にかけ、まんまと罠にはまった様を陰で冷笑する怪物”の姿は、イケズに免疫のない“よそさん”を震え上がらせるのだが、これを京都のイケズと思い込むのは浅墓すぎる。『ぶぶづけ神話』はひとつの都市伝説であり、イケズの真の姿を伝えるものとは少し違うらしい。

 一方で、広く人の口に上る都市伝説の中には、イケズの文脈で成り立っているものも見受けられ、その代表格が『転生する子ども』のモチーフなんだそうだ。

 かつて、ある事情から我が子を死なせて(殺して)しまった夫婦。今は、次に産まれた子と幸せに暮らしているが、ある日親子は、最初の子を殺したときと同じような場面に出くわす。その時、何も知らないはずの我が子が振り返って言う。 「今度は殺さないでね。」


 ふぉぉぉ!これか! 何かズォ・・・ンと、雷に打たれるように、イケズの悲しい攻撃性が伝わった! ・・・っていうのは大袈裟だけど・・・。本書の中で一番“イケズの何たるか”が感じられたのが、この「今度は殺さないでね。」のくだり。
 
 イケズが放たれるには、それが発動されてしかるべき成り行きが存在する。傷つけられた者は、じっとうかがっている、イケズ発動の為の絶好のシチュエーションがおとずれるのを。機をとらえた彼らがぶつけてくるのは、熱くたぎる感情ではない。怨みや怒りを削ぎ落とし、クールに相手の心の臓を抉るべく研ぎ澄ませた言葉の一撃。かくして、イケズ爆弾は炸裂する。

 悲しいのは、イケズ爆弾炸裂!に到った成り行きが、爆弾を放った本人にしか了解されていない時。放った本人にしてみれば、渾身の一撃が不発。放たれた方には“???”という、どこに収めて良いのか解らぬ気持ちが残る。

 発動の原理もわからず、遭遇する時も場所も予測不可能な京のイケズに、“よそさん”は全身の毛を逆立てている。そんな“よそさん”に著者は近づいてきて言うのだ。

 『ああ、そんなに怯えないで。イケズはもともと陰険な意地悪や、皮肉じゃなくて、人と人との衝突を避けるための言葉のテクニックです。まあ、多少の攻撃性はあるかもしれませんがね。あ、いえ大丈夫ですよ。バカには効きませんから。』

 押さば引け、引かば押せのイケズの呼吸で繰り出されるイケズ論。愚か者には見えない・効かないイケズの爆弾。

 やっぱり、コワい。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-14

東京飄然 : 町田康

 「作家のとらえた幻想的な東京」というサブタイトルがついているけど、「幻想的」というよりも「妄想的」といった方が良いのではないかしらん? しかしまぁ、最近は「妄想」も「幻想」と表現されるようだけど。

 飄然と旅をしたくなった。思い立って、ぶらりと旅に出る。都電に乗って早稲田へ、飛鳥山へ。友人と車を駆って鎌倉~江ノ島へ。飄然と漫然の間には厳然とした違いがあって、飄然旅行とはただぼんやり歩いているだけでは絶対ダメなのだ。飄然と、飄然と・・・ちゃんと飄然とできるように厳しく吟味しながら。しかし、なぜか(当然?)飄然旅行は妙な具合に失敗し・・・。

 自らの失敗を反省し、真の飄然者たらんと求道的に自問を繰り返し、また街へと出てゆく男の旅は、いっそう袋小路へ。

 世の不正を正し(頭の中で)、間違った行いをする人を諌め(頭の中で)、自分をあなどるものたちに悲しみと怒りをぶつける(頭の中で)。

 必死の形相で飄然と苦行のような旅をする男が見るものは、幻想か妄想か真相か?

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-11

東京日記~卵一個分のお祝い。 : 川上弘美

  雑誌「東京人」に連載された日記 ~ 川上氏曰く、「五分の四くらいはほんとう」の日記というが、どうなんだろう? どうせ、この人のほんとうは、ほんとうじゃないこととセロファン1枚くらいの薄い膜でしか隔てられていないんだ。

 良きにつけ悪しきにつけ曖昧な・・・、この世じゃないところで起きているのかもしれないことが、ひょろっと日常に侵入してくる感じ・・・。彼女の小説のそこここに感じられる、そんな「日常と非日常のあわい」が、「五分の四くらいはほんとう」だという日記にも顔を出す。川上氏はこんなにも境界のゆるい世界に暮らしているんだろうか?

 境界のゆるい世界をゆらゆらと漂うあの感じ・・・小説として読むには好きな感覚なんだけど、“作家の現実”として読むには、ちょっと“イラッ”とした気分を感じないでもない。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-07

ざらざら : 川上弘美

 可愛いと思うものとか、恋とか、寂しいと思う気持ちとか、居心地のいいとことか、痛い経験とか・・・女の子・女の人のまわりにある、そういうものたち。

 ふわふわしてるかと思えば、人にぺったりとくっついてみたりもする女の子・女の人。でもね、基本的にみんなひとりで立ってる感じがするのが清々しい。

 “たった今、この時にも、こんなことを思いながら、こんな感じで暮らしてる女の子たちがどこかにいるのかな~” “いやいや、これは洒落た雑誌のコラムの中だけにいる女性なのかな~” ホントのとこ、どっちなのかな~って思う。

 どこの街にもひっそりと、ふんわりといる女性達という気もするし、一方で川上弘美さんのあの文体の中にしかいない人たちという気もするんだなぁ。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-06-04

きみはポラリス : 三浦しをん

  「恋愛をテーマにした短編」を依頼されることが多いのだそうだ。依頼者から提示された「お題」、または自分で設定した「自分お題」に沿って書いた恋愛短編集 - 巻末の初出一覧には「ラブレター」「禁忌」「王道」「信仰」「あのころの宝物」「三角関係」「結婚して私は貧乏になった」「共同作業」「最後の恋」「年齢差」「初恋」というお題が並ぶ。

 11の短編の最初と最後に収められた「永遠に完成しない二通の手紙」「永遠につづく手紙の最初の一文」・・・これはもう甘~いお話なんだけど、それ以外の作品は「恋愛小説」とは言いながら、どれも少し毒を含んでいる。

 愛だ恋だと浮かれる世間への反発が、しをんさんに毒を吐かせてしまったっていうのもあるかもしれないけど、それだけじゃない。「別々な個人である人と人との繋がりの間には、良くも悪しくも欺瞞がひそんでいる。真の共感、完全な理解なんて在り得ない。」という確信を彼女は持っている、もしくはそういう思いをぬぐえないでいるのではないかなぁ。

 私がはっとさせられるのは、「復讐なんて、だれにもできない。」(「ペーパークラフト」)という言葉(しをんさん流に言うなら、読みながらガクガクと頷いてしまう)。復讐する側とされる側に、ある意識・価値観が共有されていないと復讐は成立しない。別々な個人と個人の間で、意識の共有なんて不可能である以上、「復讐なんて、だれにもできない。」 

 「私が語り始めた彼は」を読んだときにも感じたことだけれど、誰かの言動で自分が傷つけられたとして、自分についた傷を相手に理解させること、自分が傷ついたことをもって相手を傷つけること(復讐すること)は、きっと不可能なのだ。

 「将来の見通しなど紙にはいくらでも書けるけれど、ひとの心に書き記すことはできない。」(「森を歩く」)

 「俺の意思が大幅に無視されてるような気はするが、きみの気持ちはわかった。」(「優雅な生活」)

 「私は大人になるまでも、大人になってからも、星座を探すような歯がゆさを何度も味わった。『あの星とこの星を結んで』と説明しても、並んで夜空を見上げるひとに、正確に伝わっているのかどうかはわからない。確認する術もない。」(「冬の一等星」)


 他人はどうやったって、自分が思うように感じてくれることはない。自分の想いと相手の想い、そっくり共有することなんて不可能だ。そんな確信が書かせたのではないかと思われるこれらの言葉。

 それでもやっぱり、ちょびっと何かが伝わることはあるんだってことを、不機嫌とも照れ隠しともつかない憮然とした表情で書いているしをんさんの姿が見えるような気がするのだが・・・。


FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

プロフィール

やぶからねこ

Author:やぶからねこ

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログランキング
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
検索フォーム
カレンダー
05 | 2008/06 | 07
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
魂に喰い込んでます
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ