2007-08-29

団蔵入水 : 戸板康二

 昭和の歌舞伎界に取材したノンフィクション「団蔵入水」「殺された仁左衛門」「名優退場」の3編と、時代小説6編を収録。

「団蔵入水」
 昭和41年6月 引退公演を終えて間もない老優・八代目市川団蔵は瀬戸内海を走る船上から入水自殺を遂げた。団蔵入水の報に触れて、その“上手くない役者”であった団蔵の舞台人生、心のうちに思いをやる筆者。

 劇評家らからの華々しい評価はなかった団蔵の年老いてからの自殺については、当時色々の憶測もとんだのかもしれないが、筆者はその死の真相にずかずかと踏み込むことはせず、死の前に団蔵が四国遍路をして過ごした日々にそっと想像をめぐらせる。歯切れ悪くも感じられるその文章に、劇評家である筆者の“上手くない役者”団蔵への思いが秘められているよう。

「殺された仁左衛門」
 敗戦直後の混乱の時代、使用人に家族とともに惨殺された十二代目片岡仁左衛門。楽ではなかった台所事情、使用人とのいざこざまで取材され、ちょっとゴシップ的。

「名優退場」
 六代目尾上菊五郎と初代中村吉右衛門、たがいにしのぎをけずって昭和の歌舞伎を盛り上げた二人の役者の交流と別れ。


 同時に収録されている時代小説の方は、市井の人々とそこにおこる小さな事件をこじんまりと描いている。最近の小説の刺激や主張の強い文章に慣れていると、拍子抜けするくらいあっさりとして見える。
 町に生きるちっぽけな人たち、悪い心をおこして罪をおかしてしまう人、運悪く犠牲になる人、小さな幸せを守って生きる人、小さな不運に耐えて生きる人・・・それぞれを声高に主張し、ことさらに生々しく描き出すのではなく、すべてをさらさら照らす月の光のような淡い筆致・眼差しはすべての人に優しく注がれている。

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2007-08-25

花闇 : 皆川博子

 人の気配も絶えた雪原の中、雪にたわめられてぽつんと澤村田之助丈の名前を染め抜いた幟・・・一息で物語の世界に読者を連れ去る、一つ一つの言葉が重い情念の装飾をまとっているような、幻想的で予感に満ちた冒頭の場面。


 類まれな美貌と才能に恵まれ、江戸の末期の歌舞伎の舞台で華々しく活躍した女形・三世澤村田之助。その華も盛りの頃に壊疽に体を蝕まれ、両足、右の手首から先、左手指を次々と失いながらも舞台に立ち続けた。見せる(魅せる)と同時に「見られる」ことに徹した役者の凄まじさがある。

 江戸末期の退廃的な気分の中にあって、悪しきもの、汚いもの、通俗なもの、悲惨なものすべて飲み込んでそれを魅力的なエンターテイメントとして舞台にのせて魅せた江戸の歌舞伎と、その華であった田之助。明治へと開化していく社会の中で芝居の中から卑俗なものを排除して芸術へと高めようとした河原崎権十郎(九代目市川団十郎)。この二人の対比もくっきりと描かれている。

 田之助が演じることになった「大安寺堤」の春藤の衣装をめぐって田之助と権十郎が対立する場面・・・敵討ちの為に浪人し、身を落とし病を得て衰え果てた若武者をあくまでも美しい衣装とこしらえで演じようとする田之助と、役のリアリティを考え襤褸を纏い無精ひげも伸びた姿であるべきだと主張する権十郎・・・ふたりにとっての芝居の違いがわかりやすく描かれる場面だ。

 「世間そのままの実をうつすばかりが芝居じゃあねえや」と啖呵を切る田之助。

 「あまりにもそらぞらしい嘘っ八は、通用しなくなる」と言い張る権十郎。

 私は少なくとも歌舞伎は田之助の言うようなものであってほしいと思うが、権十郎が歌舞伎の改革を断行するに到るドラマもこの小説の中には描かれている。

 権十郎に限らず、脇役も印象的だったこの小説。語り手である市川三すじの他、大道具に大きな工夫を見せた長谷川勘兵衛、浮世絵師・月岡芳年らも生き生きとというか・・・生々しくというか・・・魅力的に描かれている。

 特に月岡芳年は鬼気迫る描かれ方。“血まみれ芳年”とも呼ばれる彼の絵を昔、本屋の店頭に置いてあった画集で見たことがあるが、それらの絵をまざまざと思い出した。

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2007-08-18

ポセイドン変幻 : 赤江瀑

「恋牛賦」
 京都のとある寺院の杉戸に描かれた1頭の牡牛の絵。荒々しく踊り出さんとするようなその牛の躯を墨一色で杉戸に焼き付けた男は、鋭い牛の角で自らの腹を突き、その場で息絶えた。

「春猿」
 初役の弁天小僧に臨む若手花形の歌舞伎役者・七之助。その側で床山・ヒカルはかつて七之助と見た、旅回りの役者・芳沢春猿の演じる弁天小僧を思い出していた。崩れかかった鬘に粗末な衣装、場末の小さな小屋で演じられる田舎芝居・・・その中に一瞬、身震いするような本物の弁天小僧の姿があった。

「ポセイドン変幻」
 サメに恋人を奪われた女、サメに家族を殺された男。片頭のシュモクザメ=海魔に憑かれた男女の地獄。

「ホタル闇歌」
 生まれて間もなく川に捨てられていた僕の身体にはホタルの幼虫がびっしりと群がりよせ、ぼうっと光を放っていた。
 ホタルが飛ぶ季節になると妖しい衝動に身体が包まれる。肉を喰うホタルにとりつかれた青年の闇。 

「行灯爛死行」
 瀬戸内のある島でひとりの青年の焼け爛れた遺体が見つかった。遺体は私の同居人で従兄弟である憲春のものであった。父に疎まれて生まれた自分の出生の因縁から逃れることができなかった憲春。憲春とその父の死の謎を追い求める先には、火を抱いて生きているように動く織部の燈篭が・・・。

「八月は魑魅と戯れ」
 奇妙な遺書を残してのひとりの人形作家の死。彼の作る人形は霊の世界とも通じると言われた。過去のある事情から人形に宿る霊の力を必要とし、四年半を人形作家と共に過ごした稔。その稔にも人形作家の死は謎だった。なぜ彼は死ななければならなかったのか。
 

 この作品集に収められているものは、赤江作品の中ではちょっと間の悪いものが集まってしまったようです。

 まず、赤江作品を読んだときに感じるあのうねるような独特の作品の流れ・律動のようなものが見えない。冒頭なら冒頭のリズム、中盤へ向かう追い込み、終盤へなだれ落ち、突然幕を切ってみせる潔さ・・・いつもならその流れに急き立てられるようにページを捲り、あっという間に読み終えているのに・・・今回の作品はずっと同じ調子で物語が進むようで、こんなに赤江作品を長いと感じたのは初めてでした。

 また、赤江氏の作品といえば、芸能や芸術の美、または鳥獣などの生きものの美しさに魅入られ、余人の窺い知ることのできない恍惚と闇の世界に踏み込んでしまった人たちがよく描かれます。そしてその美の恍惚とともに肉体的官能が煌くように描きこまれ、読者はその耽美な世界にのみこまれていくのが常なんだけれど・・・。

 本書の収録作では、登場人物たちの心に食い込んでいる美への執着、心を狂わすほどの妄執と分かちがたく結びついているはずの彼らの肉体的な官能が、どうもちぐはぐな感じがするのです。また、作中の男を女を虜にし、心を狂わせたもの達・・・「恋牛賦」の牛、「ポセイドン変幻」のサメ、「ホタル闇歌」のホタル・・・いずれも、それほどまでに彼らの心に食い込んだというには説得力が薄い・・・シチュエーションに無理があるような気がしてなりません。

 濃密に絡み合って一つの妖しい世界を作り出すはずの糸が、こういうふうにどこか一つでも綻びていたら、赤江氏の作品は急にあの濃い香りも、どろどろとした肌触りも失って、伝奇小説とも官能小説ともつかない奇妙なものになってしまいます。

 赤江氏の作品は非常に危険なギリギリのバランスの上に成り立っている・・・それを強く感じた作品集でした。

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2007-08-15

パレード : 川上弘美

 ツキコさんとセンセイにはこんな1日があった。~「センセイの鞄」のサイドストーリーとなる一冊。シンプルな挿絵の添えられた小さくて薄い本で、可愛いオマケって感じ。

 「昔の話をしてください」というセンセイの言葉に促されてツキコさんが語る子供の頃の話。
 

 ・・・なんですが

 川上氏の話にはどうしてこんなにも“人間以外のもの”が出てくるのかなぁ。

 「センセイの鞄」では、ツキコさんもセンセイも、そんな<“人間以外のもの”がいる世界を知ってる感>を漂わせてはいなかったのになぁ。

 ツキコさんは子供の頃、天狗(のようなもの)と生活を共にしていたと言い、センセイもそれをごく自然に受容する。

 「ああ・・・やっぱりこの話にも出てきたか、“人間以外のもの”・・・」(私の心の声)

 「センセイの鞄」の世界にそういうものが入り込んでくることが、どうしても私には馴染めなくて困惑してしまった。

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2007-08-11

センセイの鞄 : 川上弘美

 これまで読んだ川上氏の作品は、あの世とこの世、人間と人間じゃないものが当然のように・・・というか、奇妙な具合に・・・というか・・・まぁ、とにかく混在する、一筋縄ではいかない感じのものが多かったんですが、本作はなんとストレートな恋愛小説。30代後半のツキコさんと、彼女の高校時代の国語教師である「センセイ」の間には30歳ほどの歳の差がある・・・という状況ではあるけれども。

 自分に似ているところ・違うところ、理解できるところ・できないところを一つ一つ見つめながら、センセイとの距離を縮めていくツキコさん。自然にそばにいることができる、好ましいと思う人を求める気持ちが沁みてきます。一人でいる平穏もいいけど、好きな人といることで心に波が立ち、風が吹き・・・というのもいいなぁ。

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2007-08-08

しをんのしおり : 三浦しをん

  まだ“三浦しをん”という名を知らず、ただ表紙に惹かれて「月魚」を読んだとき・・・「もしかして“その筋の”人?」と思ったんだけど、やはり妄想系の人だった三浦しをん氏。

 青山を散策中にチラリ見かけたフランス料理店の厨房で働く男子4人の会話を(邪に)妄想。京都の庭園の盆栽を見て何故か戦隊モノヒーロー(すべて男子、邪な人物相関図の設定あり)を妄想。高倉健さんの1日を妄想。少年漫画のストーリーを深読み妄想。

 私はどちらかというと、物事を脳内変換することなく、網膜に焼きついたまま、鼓膜に響いたままでしか情報を処理できない、妄想力の貧困なタイプなので、こういうイメージと妄想が暴走するタイプの人が羨ましくて仕方が無い。

 一度通読して笑った後で読み返してみると、そんなすごい面白ネタや度肝をぬく出来事が起きてるわけじゃない。よくある友人との会話や読んだ漫画や、ちょっとした外出、小旅行で目にしたものがネタだ。だけど、さすがに作家になる人は言葉のリズム、間合い、単語のセレクトが一味も二味も違うのだな。

 
 舞浜のネズミ御殿に住む「あのお方」を当局?を憚ってか「マイケルマウス」と呼ぶそのセンスが何故か私のツボを激しく刺激し、「あ~ 腹イタイ~ やめて~」というほど笑かしてくれるのだった。


 軽く読めて面白いのはもちろん、「“何か”を感じるバンドのライブを見ると、切ないのだ。」などという一言に見える感性には、只者じゃないな~と思う。

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2007-08-04

嗤う伊右衛門  : 京極夏彦

 「四谷雑談集」「東海道四谷怪談」といった古典のテクストをほどき、京極氏の手によって新たに織り上げられた岩と伊右衛門の物語。

 「闇」「境界」「隙間」。「闇」と「己」の境界、「境界」を破って何かが侵入してくる、又は流れ出していく「隙間」・・・そういうものが息苦しくなるような切迫感をもって繰り返し書かれる。

 黒々とどこまでも広がる世間に対して、薄い境界一枚隔てて、己を保つことの不安・・・閉じて膨れるか、破れて流れ出るか・・・息苦しい闇の中で、男も女も互いに触れようとする手はすれ違いを続ける。


 美しい顔は崩れても心根は正しく、そして己の正しさに頑なな女・岩

 笑わず、主張せず、他への気遣いに磨り減っていく悲しい侍・伊右衛門

 “誠実・実直な侍”という殻を拠り所に生きてきた岩の父・又左衛門

 訳もわからぬ自らの不機嫌に苛まれる悪役・伊東喜兵衛

 妹一途の不器用な男・直助権兵衛

 鈍だが邪気のない按摩・宅悦

 自分では全て承知、自分のことも相手のことも皆解っているつもりで振舞いながら、闇の中で自らの境界が溶けていくこと恐れる心に、互いの想いは分厚いガラスを通したように屈折して触れ合うことが無い。

 それぞれに正しく生きているはずの男女の、悲しく美しい純愛物語のような、または愚かしい一人相撲の挙句の悲劇のような・・・。

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2007-08-01

太宰治滑稽小説集 : 太宰治/木田元編

 「森見登美彦はこの系譜に連なる人であったか!」と、近頃読んだ「太陽の塔」「四畳半神話大系」を思い返しながら考える。

 先日やっと、長年の宿題であった「人間失格」を読んだのだが、自分の中でどうも納まりが悪く、ならば・・・と滑稽小説の名手でもあるという太宰治の、そちら方面の作品を読んでバランスを取ってみることにした。・・・結果、少し太宰を愛してみる気になった。


「謂はば、最高の誇りと最低の生活で、とにかく生きてみたい」・・・『服装に就いて』

「悲痛な理想主義者」・・・『不審庵』

 この二つの言葉に凝縮された男の悲憤。
  
 何処に出しても恥ずかしくないはずの、正しく、誇り高い心の中の自分。素晴らしい自分の姿が世間に理解されぬことに、世間の無知をあざ笑いつつも戸惑い、怒りながらも途方にくれ、遂にはやぶれかぶれの奇行に走り、世間からの奇異の眼差しをほしいままにする。

 世間に向かって吐き出せぬ、悲痛な己の正当性を、あまりに理不尽な世間の間違いを、ことさらに折り目正しく、しかつめらしい文章で書き綴る。

 男は、聞いているこちらが “え? そこなの?”と思ってしまうくらい大きくポイントのずれた主張をしながら、もう何だか良くわからない顔で笑っている。主張のポイントが大きくずれて行けば行くほど、彼の憤りと困惑と孤独の深さはいや増しに、私たちの胸を衝く。私たちも、もうどうすれば良いのか解らなくて笑う。

 
 やけくその半泣きにゆがんだ顔で笑う森見作品の笑いは、この太宰の笑いから流れてきていたのか・・・。「太陽の塔」を読んで面白いと思った方には、是非この太宰の滑稽小説もお奨めしたい。

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