2006-10-30

小川未明童話集~SONGS OF EXPERIENCE : 小川未明

 ひきつづき「小川未明童話集」より

 「負傷した線路と月」は前のエントリであげた「月とあざらし」「飴チョコの天使」とは性質的に対をなすものじゃないかと思います。

「負傷した線路と月」

 ある日、沢山の荷物と人を乗せて走る汽車がレールに傷をつけてしまいました。レールはその傷の痛みに耐えかね、毎日汽車に踏まれる我が身を嘆きました。やさしく慰めてくれる花や、傷を洗い流してくれる雨に一時やすらぐレールですが、自分を傷つけた汽車への恨みを月に向かってもらします。

 月はレールに同情し、汽車に一言言ってやる!と件の汽車を探しに行きます。停車場に汽車が止まっているのを見つけますが、汽車は何やら沈んだ様子。月が事情を聞いてみると、「毎日、毎日重い荷物を乗せて長い道のりを走らされ、私はどんなに疲れていることか。それなのに無頓着に笑ったり話したりしている人間が憎らしくてしかたがない。」と列車はこぼします。見れば列車も車輪に傷を負っています。

 いったい誰が悪いのか・・・わからなくなってしまった月は人間の様子を見に行きます。街へ降りて、一軒の開いた窓をのぞいてみると、そこにはかわいらしい赤ん坊が月を見てよろこんで笑っていたのであります。


 自ら足りている「無垢」の状態では喜びも悲しみも自分だけのもの。「無垢」の世界を出たものは他者によって傷つけられ、他者に傷つけられることは「不幸」と認識されるようになる(もちろん他者は慰めや喜びも与える)。「不幸」を知ってしまう「経験」の世界に多くの人は生きている。そして、そこには自分と同じように他者が存在する。

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2006-10-28

小川未明童話集~SONGS OF INNOCENCE : 小川未明

小川未明童話集を読んでいて、読後感が妙だったものを二つ。

「月とあざらし」

 北方の海、子供をなくしたあざらしが氷山のいただきにうずくまり悲しみにくれている。
 あざらしに、子供を探してあげると約束した海を吹く風は、それきりあざらしのもとに訪れない。世の中のすべてを見ている月にも、あざらしの子供を見つけることはできない。

 子供を失った悲しみを忘れさせ、何とかあざらしを楽しませたいと思った月は、花の咲き乱れる南の野原で拾った小さな太鼓をあざらしに渡す。あざらしはこの太鼓が気に入ったらしく、しばらくの後、波の間からあざらしの鳴らす太鼓の音が聞こえてくるようになった。


 こんな風に私のつたない文であらすじだけにしてしまうと随分味気ないものになってしまうので、是非原文を読んで頂きたいところですが・・・。
 
 何が妙だったか・・・あざらしの必死さに押されて、子供を捜してあげると約束する風は「探してみるけど、もしかしたらもう人間に捕まってるかもしれないし、あきらめなよ~」という言葉を残したまま、本当に探してるのか、それとも約束を忘れちゃったのか帰ってきやしないし、親切な月も「子供が何処にいるのか教えて下さい」と哀願するあざらしに「でも、世の中にはあなたの他にも子供をなくしたり、さらわれたり、殺されたり、悲しいことはいくらでもあるんだからいちいち覚えていられないよ」と困惑気味。 え?ええ~っ? そんな事言うの~? 世知辛い、童話なのに何て世知辛い。

 この世間の世知辛さに対して、拍子抜けするほどあざらしの無垢なこと。あざらしが悲しんでいるのはいなくなった子供のことだけで、世間の冷たい仕打ちを恨んでわが身の不幸をかみしめたりしない。挙句には月にうまくまるめこまれて太鼓を叩いてしまう始末。・・・何か釈然としない。



「飴チョコの天使」

 町の工場で作られる飴チョコの箱には可愛らしい天使が描かれています。子供たちが興味があるのは中身のチョコだけですから空き箱は用無し。そういうわけで、この天使たちの運命はといえば、破ってくずカゴへ捨てられるか、ストーブにくべられるか、ぬかるんだ道の上に放り投げられるか。それでも天使達は痛がりも熱がりもせず、ただ地上にいる間は面白いことと、悲しいこととがあるばかりで、最後には魂はみんな青い空へと飛んでいってしまうものと思っています。

 さて、田舎の駄菓子屋に置かれた三つの飴チョコ。田舎ではなかなか高価な飴チョコを買う子供はなく、チョコの天使たちは憂鬱な日々を送っていましたが、ある日ひとりのおばあさんに買われ、町に住む三人の孫に届けられます。子供たちは中身をすっかり食べてしまうと、その空き箱を一人はドブに捨て、一人は破り、もう一人はそばを駆け回る犬にやってします。

 こうして地上の日々を終えた三人の天使たちは青い空へ上ってゆきました。地上には美しい燈がともり、行く手には美しい星が光っていました。


 この童話に何を感じるべきなのか? 心を無くした消費社会を憂うべきなのか、無残に捨てられる天使に同情するべきなのか。でも無垢な天使は己の運命を不幸と思っていない。ただ地上での役目を終え空に向かうのみ。


 あざらしも天使も無垢だなぁと思う。無垢というのは己のみで足りている状態。一見かわいそうで同情すべき状況にある時でも、無垢な心は自分を不幸であると理解していないかもしれない。不幸であることに気づくべきか否か。知恵の実を食べるか否か。

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genre : 本・雑誌

2006-10-26

太陽~The Sun

「太陽~The Sun」 監督:アレクサンドル・ソクーロフ

 1945年8月-絶望的な戦局の中、未だ戦い続けることを誇りとする軍部、連日空襲にさらされる東京。

 第二次大戦末期、地下の待避壕に身を潜め、「神」として時を過ごしていた天皇の内的ドラマ。

 「神」から「人間」になることを決意する天皇の物語は、一つ一つの小さな仕草や地下の迷路に迷う彼の姿を映すカメラの目線、絵画か絵本のような幻想的な映像とあいまって、一つの寓話のようにも見える。しかし、これは「昭和」というほんの数十年前の日本の歴史が内に抱えていたもの。

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genre : 映画

2006-10-20

君はフィクション : 中島らも

 中島らも氏が生前最後の時期に手がけていた作品を集めた小説集。未発表作品も含め10編を収録。

 ホラー、ユーモア、不条理、自伝的小説まで味わいの異なる作品が集められているが、発表年が最近のものになるにつれ、黒々とした何か・・・内臓の底に溜まり、又は皮膚をざわざわと嫌な感じに粟立たせるものが、作品の中にはっきりと姿を見せ始めているのが感じられる。以前読んだ「空のオルゴール」では、その黒々としたもの・・・悪意にも似た荒々しさは、まだエンターテインメントとユーモアに包まれて底に沈んでいたけれど、「それ」は徐々に生々しく姿を現して来ていたのだ。

 死の数日前に書き上げられていたという「DECO-CHIN」(初出:アンソロジー「異形コレクション-蒐集家(コレクター)」)は、鬼気迫るという言葉がふさわしいと思われる凄まじい作品。身体のどこかに奇形を持つメンバーからなるバンド「THE COLLECTED FREAKS」の圧倒的な音楽にノックアウトされた男が、バンドのメンバーとなるべく自らの両手、両足を切断し、性器をおでこに移植する手術を望む・・・という、悪い冗談、悪趣味なギャグのような話が展開するのだが・・・これが悪夢でも、ジョークでも、ホラーでも、コントでもなく目の前に突きつけられた世界として描かれる圧倒的な生々しさ、息苦しいような肌触り。

 殊に「THE COLLECTED FREAKS」の演奏シーンの凄さ・・・ロッカー・中島らもの頭にある最高の音楽が、膝も腰も背筋もガクガクいってしまいようなスリリングさで、息をしていることも忘れそうな天上的な美しさと静けさで描かれ、私を金縛りにした。

凄い。

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genre : 本・雑誌

2006-10-14

スカイ・クロラ : 森博嗣

 生き物としての根っこの部分で何か違和感を感じさせるモノを描くことに優れた作家だなと思う。何かが“無い”ことを描くのが上手い。それは「女王の百年密室」を読んだ時にもうっすら感じたことだけれど。

 目の前の現象に淡々と対処することだけで生きていく、自分と違う人とはなるべく摩擦を小さく・・・その方が都合が良い。“特別な子供”であることを自覚し、理解されることを拒絶して空に飛び上がることでつかの間生を感じる・・・自分以外のものをちっとも思惑の中に入れず、徹底して自分の感覚に忠実なカンナミに、ちょっと忌々しさを含んだ清々しさを感じながら読み進めたのだけど(自分の感覚以外を基準にして生きている人間なんてきっとほとんどいないのだから)、何かの比喩だと思っていた“戦闘を仕事に、大人にならず永遠を生きるキルドレ(子供)”が文字通りの存在だと知った時に、その思いは一転した。そしてキルドレの存在する訳が語られた時、ぽっかり空いた穴のような無力感と虚脱。

 どうしようもない欠損を感じさせるのがほんと~うに上手い。

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2006-10-09

永久未完小説 「大脱走」 : いとうせいこう

永久未完小説 大脱走/いとうせいこう

 古いカセットテープ類を入れているケースから出てきた破れた小冊子。見てみるとそれは、現在演劇界で活躍されているケラリーノ・サンドロヴィッチさんが「ケラ」名義で活動されていたバンド「有頂天」のCD「BECAUSE」についていたブックレットの一部~いとうせいこう氏による有頂天メンバーをモデルにした小説「大脱走」(1987年8月に行われた有頂天「大脱走ツアー」パンフレットに掲載されたものの再録)~のようです。

 数年前に私は思うところあって、それまで持っていた書籍・ビデオ・CDを全て処分してしまったことがあり、CD本体はその時に犠牲になったようですが、この小説の部分だけはとても気に入っていて手放せず、ブックレットから切り取って保存していたのです。
 
 物語は主人公の少女“苺”が手にする本の中の話と、現実の世界で苺と偶然出会い行動を共にする「有頂天」メンバーの話がシンクロする形で進んでいきます。

 苺の持つ本の中でのお話・・・母により、愛という名目のもとで城に監禁されている王子たちの「母の城」からの脱出。

 リアルの世界でのお話・・・夢中になった相手を次々と監禁していくファン集団「ママ団」から逃げ回る「有頂天」と苺のお話。

 本に書かれた物語の中に逃げ道を探していた有頂天のメンバーたちですが、「ママ団」に追い詰められたラストでその本を空中に放り投げてしまいます。“物語からの脱出”・・・なのでしょうか?

 この小説はいかにも皆がのぞむような物語の終わり方をみせながら、しかし「どうせ誤解なのだからいいお話をしてあげる」という言葉で結ばれます。


 残念ながらこのブックレットがついていたCD「BECAUSE」は、現在は一般のCDショップではおそらく手に入らない・・・と思いきや、今年10月21日に再発されます。この小説もそのまま収録されるのかな? ちょっとそこまでは確認していませんが、興味持たれた方はぜひご購入を!

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2006-10-03

女王の百年密室 : 森博嗣

 本屋の平積みの中から、タイトルに惹かれてこの本を購入したのは3年ほど前のことで、その時は著者の森博嗣さんがたいそうな人気作家であることも、もの凄い勢いで作品を発表されていることも知りませんでした。

 美しい女王が統治する閉ざされた街に迎えられた僕=ミチルとパートナのロイディ。やがて「女王の塔」内の密室で王子が殺害され、ミチルは犯人を探し出そうとするが・・・。推理小説の体裁をとっているようですが、この小説の中で“推理”の部分は私にとってはあまり重要ではありませんでした。(おそらく他の多くの読者にとってもそうなのではないかと思えます。)

 その後、森博嗣氏の作品は「すべてがFになる」「冷たい密室と博士たち」「地球儀のスライス」「堕ちていく僕たち」を読んだのですが、その中には小説として好きになれるものはありませんでした。森作品は面倒くさい説明なしにある感覚を共有できる人たち、言い換えれば森氏が“わかる? あの感じ・・・”といえば、“ああ、あれね”とわかっちゃう素質を持った人に向けて書かれている、しかも森氏は意図的にそのようにされているのではないかと感じます。だから、わかる人は熱狂的にはまるし、それを感じられない人は疎外感と反感を持ってしまう場合もあるのではないでしょうか? ちなみに私自身は森博嗣作品の読者としては“選ばれなかった”方の部類だと思っています。

 そんな中でこの「女王の百年密室」だけはどうも気になる作品なのです。全編を通してどこか宙ぶらりんな・・・というか所在無い空気を持っていて、そのぽっかりと虚ろな感じが好きです。

 何か大きなものの欠落を感じさせる、物語の主体である僕=ミチル。ミチルのバックグラウンドが物語終盤まで明確にされないまま話が進んでいくことで、この所在無さはいよいよ強くなり、悟りでも諦念でもなく、埋められない違和感を抱えたまま“ぽん”と放り出されたようラストが忘れられません。

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