2017-02-11

天地明察 : 冲方丁

『天地明察』 冲方丁

 気持ちの良いものを読んだ。

 この世に遍く満ちる神気。驚きと感動と畏敬の念をもって世界に相対する若者の清新な姿。自らの情熱と才能の全てをもって天地に触れる幸福。

 算術と星に魅せられた煌めく才能を持つ若者・渋川春海。城の碁打ち=安井算哲としての自分に飽き足らず、真の己の発露の場を願う春海が戦うことになる生涯をかけた大勝負。

 「改暦」という国の一大事業によせて、玄妙なる天地の運行、数理の美しさ、それらに魅せられ真摯に挑む人々の姿が描かれる。時と人と縁と才能に恵まれて、天と地と時を相手にした勝負に自分を発揮し尽くし、事を成就させるとともに、長年夢見た自分だけの居場所〝春の海辺”に至った春海。かなり理想化されたエンターテイメント小説だとは思うけど、「世界」と「人」の美しさにこれでもかと泣かされる作品だった。

 ・・・ただ一方で、新しいものを理解せず、変化を受け入れず、旧いものへの愛着を捨てられないものへの作者の態度があまりにそっけなく、冷たく感じられるのには少し寂しい思いがした。


 北極出地の旅の場面をはじめ、映像がありありと浮かんでくる作品だったので、映画も見ようかな・・・とキャストを調べたら、孤高の算術家・関孝和役が猿之助さんだった。見ねば。

 

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2016-03-05

奇譚を売る店 : 芦辺拓

『奇譚を売る店』 芦辺拓

『――― また買ってしまった。』

 夢見がち・・・というか妄想がとめどなく広がる質の小説家であるらしい「私」が古本屋で一冊の本を買い求めることから始まる6つの物語。

 古本屋を出た途端に魔法が解けたような気分をいつものこととして味わいながら「私」が繰るページの中に現れるのは・・・疑似西洋的な〝美麗”な館に〝最新式”の治療機器を備えた帝都脳病院。戦前戦後に数多く生み出されたミステリーや推理小説の中に、人知れず埋もれつづけた異形の探偵小説。半ズボンの少年探偵が怪人たちと対決する少年漫画。古き良き時代の映画撮影所・・・。

 書物の中から現実に滲み出して、やがて「私」を呑みこんでいく異常な出来事~幻想と怪奇の物語は怖ろしい、まさに悪夢の世界ではあるけれど、そのレトロな道具立てと相俟ってどこか長閑で、懐かしさと憧れを掻きたてる ~「そういう質」の人たちにとっては、その世界に囚われることを夢想せずにはおられないものである。

 だが、最後の一篇によって物語はグロテスクなものへとぐるりと様相を一変させる。一瞬、現実逃避的に本ばかり読んでいる自分の背中に冷水を浴びせられたような気持ちになる。でも・・・
 いつしか、私は自分の書く物語と一体化していた。

 本を読む、読まない、作品を書く、書かないにかかわらず、人って自分の為の物語を書いているようなもんじゃないのか。むしろ、『自分の書く物語』と一体化できるとしたら幸せなことなんじゃないのか? 世の中には『自分の書く物語』と一体化できなくて苦しんでる人が多いんじゃないのか?

 でもやっぱり・・・『自分の書く物語と一体化』なんてグロテスクなことなのかな。




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2015-08-09

生きているとはどういうことか : 池田清彦

『生きているとはどういうことか』 池田清彦

 理系本2冊目は、『新しい生物学の教科書』と同じく池田清彦氏の『生きているとはどういうことか』。タイトルからつい哲学的なものを想像してしまったが、生物学の先生が書く本であるからこれはもちろん「生きている」ことについての形而上の話ではなく、「生きている」という現象についての話。

 何がどうなって生物が生まれたのか。生物の個体発生はどのようなプロセスを経ているのか。生きている生物の中ではどんなことが起こっているのか。内容は『新しい生物学の教科書』と重なるものも多かったが、免疫のしくみなどについては、『新しい生物学の教科書』後にあきらかになったこともあるようだ。

 生物が生物であるためになされる気が遠くなるほどに複雑なあれこれを思うと、その奇跡的な実現、神がかり的な精密さにばかり目がいってしまって、「何と不思議な! 何と素晴らしい!」とばかり思ってしまう。その一方で、色んなことが起こってはみたけれど、うまくつながらなかった~「生きている」という状態には至らないということも山ほどあるのだということを知らされ、「そりゃそうだろうな」とは思いながらも、目からウロコの気分である。「生きている」ということは必然ではなくて、たまたますべてが上手くいった状態ってことなんだろうな。


 第九章「生きているとはどういうことか」での『生命とは特殊な高分子の配置・布置のことではないか』という物言いに、「理系ってかっこいいな」と思う。文系の私はそういう身も蓋もないこと言われるとちょっと傷ついちゃう部分もあるんだけど、目の前の現象をクールに分析する理系の潔さには圧倒される。

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2015-08-01

新しい生物学の教科書 : 池田清彦

『新しい生物学の教科書』 池田清彦

 この夏は理系本を読もうと思う。と、いうのも、先日読んだ『屍者の帝国』について、「私には読めなかった部分がある」という感覚が拭えないでいるからなのだが・・・。ひととおり読み通して内容も楽しんだ・・・にもかかわらず、「読めなかった」~私が理解できる言語に翻訳できなかった部分があるような気がしてならない。

 この感覚・・・昔、職にあぶれて文系出身のなんちゃってプログラマをやってた頃に味わったアレと似ている。同じ機械語を使っているにもかかわらず、私の書いた日本語の文章に直訳可能なプログラムとは記述の仕方がまったく違う先輩の書いたプログラムが私には読めなかったっていう、あの感覚・・・。

 『屍者の帝国』は日本語で書かれた小説だったし、記されている文章は全部読んだ。それでもどうしても「充分に読めた」という気しないのは、あの小説、私が使っているのと同じ日本語で書かれていながら、どっか決定的に記述法が違うからなんじゃないか・・・? 作中に登場する『ヴィクターの手記』ほど極端なものでないにしても、読み方によって書物から取り出される情報が様々に変化するということがあるのなら、私が普段している日本語の読み方とは別の読み方をしなくちゃいけない。そのために必要なのは、ひとつには理系的なセンス、知識、考え方なんじゃないかと・・・。

 ・・・というわけで、この夏チャレンジする理系本1冊目は、齋藤孝『文系のための理系読書術』を読んだときから興味のあった池田清彦『新しい生物学の教科書』。もう10年以上前に発行されたものだから、決して新しくはないのだろうけど。

 『これ一冊読めば現代生物学の諸領域がほぼわかる』・・・とは言え、雑誌連載時のタイトルが『教科書にない「生物学」』であったということは、読者は高校の教科書レベルの知識は持っているということが前提となっており、文章は平易であるものの教科書レベルの常識である用語や事柄についての説明は省かれているため、「遺伝子」「染色体」「DNA」という言葉の定義さえ覚束ない私にはかなり難しい。

 著者は構造主義生物学を主張する立場から現時点(発行時時点)での生物学の領域で明らかになっていること、議論されていること、不明なことについて書いている。本書から学問的な刺激を受けられるほど私の知識や興味は熟していなかったけれども、「今いる人間はネアンデルタール人から進化したわけじゃないんだ!」っていうレベルで、私のすごく曖昧で古い聞きかじりの知識を訂正するくらいのことはできたのかも・・・。(それにしても現生人類とは別系統の人類っていうのは何で生き残らなかったんだろう?)

 その他、遺伝子は遺伝という現象のごく一部を占めるものでしかない、とか、自然選択とは進化の原因ではなくむしろ結果であるかもしれないとか、「死」を運命づけられているのは地球上の生物のごく一部だけだとか・・・驚くべき話は色々とあった。

 『死は進化の過程によって生じたと思われますか』という『屍者の帝国』でのアレクセイ・カラマーゾフの台詞は突飛な妄想でも、ロマンティックな感傷でもなかったのか・・・。




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2015-07-25

屍者の帝国 : 伊藤計劃・円城塔

『屍者の帝国』 伊藤計劃・円城塔

 死体の脳にネクロウェアをインストールすることにより死者を「屍者」として蘇らせる技術が確立され、「屍者」が兵力や労働力として社会の一部を占めるようになった19世紀末。

 屍者技術を学ぶロンドン大学の医学生ジョン・ワトソンは大英帝国陸軍バーナビー大尉とともに、一部でささやかれるロシア軍事顧問団の一隊が関わるらしい「屍者の王国」の噂について調査するため、英国の諜報員として第二次アフガン戦争最中のアフガニスタンに潜入する。アフガニスタンの奥地で屍者の集団を率いるアレクセイ・カラマーゾフから告げられた「ザ・ワン」~ヴィクター・フランケンシュタインによって創造されたオリジナル・クリーチャーと知られざる屍者技術の記された「ヴィクターの手記」の存在。
 
 19世紀末の世界に実現された悪夢のような技術。死体が蘇る。情報が質量を持ち、言葉が物質化する。ジョン・ワトソン、フレデリック・バーナビー、インド副王リットン、アレクセイ・カラマーゾフ、川路利良、大村益次郎、レット・バトラー、ヴァン・ヘルシング・・・歴史上やフィクションの中の人物たちが入り乱れ、改変された歴史の中を縦横に駆ける。

 物語は多くの謎を抱えたまま緊迫感を増しながら展開するが、そこに描かれていることが度の過ぎた悪ふざけであるようにも思えて、物語の中の緊迫感にそれを読んでいる私の緊迫感が追い付かない。

 ロンドン~ボンベイ~アフガニスタン~東京~サンフランシスコ~プロヴィデンス~再びロンドンへ。「ザ・ワン」と「ヴィクターの手記」をめぐって次々と上書きされ変容する物語を追い、旅をするワトソンたち。そして、そのワトソンを含む物語が次々と変容していくのを追う私。読みながらも物語の速度に追いつけないような気がするのは、世界を一周する旅の速度に魂がついていかないと感じる作中のワトソンの感覚に似たものか・・・。

 屍者と生者を分かつものは何か。魂とは・・・? 意識とは・・・? 物語はクールな思考を求めてくるが、同時にとてもセンチメンタルでもある。




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2015-03-21

魔女の世界史 女神信仰からアニメまで : 海野弘

『魔女の世界史 女神信仰からアニメまで』 海野弘

 「魔女」のイメージのビジュアル化とデータベース化が進んだ19世紀末、フェミニズムの活動が「魔女」と結びついた1970年代、ファッション・文芸・音楽・映画・アニメ…様々な文化の中に「魔女」の姿が見られる現代・・・大きく三つの時代に注目し、受けつがれ拡散する「魔女」の遺伝子をたどる。

 本書の中で「魔女」と呼ばれているのがいかなる女たちなのか、実ははっきりとわからないまま読み進めた。「魔女」~“ある時代や文化における既定の枠組みを逸脱した(する)女たち”とでも思っておけば良いだろうか?

 女とは元来何らかの枠内にとらえることのできない「魔女」なのか、それとも、張り巡らされた枠組みを破るために女たちは「魔女」になるのか? というのは気になるところだが、いつまでも「枠」から逃れつづける、決してつかまえることのできない女というのは魅力的であるにちがいない。 

 第4章にはあまりに多様に広がる現代の「魔女」の世界を眺める上で、著者が注目するキーワードが列挙されている。アートやファッション界の実在の「魔女」たち・・・ココ・シャネル、フリーダ・カーロ、マドンナ、レディー・ガガ、人形、パンク、ティム・バートン、ゴス、魔法少女、アガサ・クリスティの名探偵ミス・マープルの衣装はヴィクトリア朝ゴスの究極ファッションであるとか・・・なるほど、この中のどれか一つに注目するだけでも、充分に深くて刺激的な楽しみが得られそうだ。



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2015-02-28

五郎治殿御始末 : 浅田次郎

『五郎治殿御始末』 浅田次郎

 幕末から明治維新への激動期、否応なく変わっていく時代の流れのなかに呆然と立ち尽くす武士たちの心中とその生き様を描く~映画化された「柘榴坂の仇討」を含む短篇6篇。

 政治的、軍事的、文化的なものだけでなく、時刻や暦といった生活感覚の部分まで古いものを捨て、新しいものにあわせることを皆が突然強いられた時代。自分の信じてきた価値観がもはや通用しないこと、自分が世の中で無用のものとなっていくことを見つめざるをえない不安と無力感は、グローバリズムの波にあらわれて、生活の中の小さな違和感を日々解消していかなくてはいけない現代の私たちにも、ごくうっすらとゆるやかにではあるが感じられる感覚なのではないか。

 武士としての在り方、拠りどころをあまりに突然に否定されてしまった、その苦難の中でも人としての芯の部分の健やかさは失うまいと踏ん張ったのであろう侍たちの心が、五郎治が形見に残した“笑いぐさ”の付け髷に凝縮されているようだ。


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2014-08-16

雨月物語 : 上田秋成

『雨月物語』 上田秋成

 西行の前に現れた崇徳院の亡霊「白峯」、命を賭して守った義兄弟との約束「菊花の約」、磯良の祟りがそりゃもう恐ろしい「吉備津の釜」、柔弱な美青年が蛇女に見込まれて・・・「蛇性の婬」、其の肉の腐り爛るるを吝みて、肉を吸ひ骨を嘗めて、はた喫ひつくしぬ・・・「青頭巾」

 夏には怖い話を読む。今年は『雨月物語』。これまで部分的に見たり聞いたりはしていたけれども、きちんと読んだことはなかったのです。

 この蒸し暑くうっとうしい天気に、もちろん主に〝ゾクリ” 〝ヒヤリ”を期待しての読書だったのだけど、秋成がもの語るお話はどれも短いながらに、単に怖さだけでなく、目の前に絵巻物が広げられていくような興奮と、「ものがたり」に心奪われる快感を存分に味わせてくれるものだった。

 九つの話にたっぷり翻弄された後で「序」を読むと、そこに溢れる秋成の「ものがたる」ことへのこだわりが凄い。「紫式部は『源氏物語』を書いたために地獄に落ちた」なんて話は初めて聞いたが、そう言われると、「架空の物語で人々の心を惑わす」~ものがたることの魔力がひしひしと感じられるし、その魔力を操るプロとしての秋成の自負に圧倒されるような気がするのだ。



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2014-01-04

ハーモニー : 伊藤計劃

『ハーモニー』 伊藤計劃

 体内にインストールされた「WatchMe」によって人は常に監視され、身体的、精神的に害悪となるものは全て未然に除かれる。わたしの一部であるはずのものをわたしの外部にゆだねることで、誰もが健康で優しくあることができるように調整された社会に抗うべく、自殺を企てる三人の少女。彼女たちの企ては失敗し、不協和音を内包した社会は、更なる完璧なハーモニーを奏でようと動き出す。
 

 わたしは物理的に存在するのか。わたしは記述された存在なのか。わたしが「わたし」であることに、「わたし」がわたしを駆動することに疲れた時、例えば「諸法無我」という言葉は魅惑的に響く。しかし同時に、わたしという身体的限界、「わたし」という意識の限界の内にあるわたしは、その言葉を恐れる。

 わたしの絶えざる問いの中にあった「諸法無我」の境地が、化学物質とテクノロジーによって社会にもたらされ得るものになったとき、世界の無数のわたしには何ができるのか。

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2013-12-28

極楽長屋 : 岡田屋鉄蔵

『極楽長屋』 岡田屋鉄蔵

 世間からはじかれたものたちの吹き溜まり、地獄のような極楽長屋の住人達の人情話。どうにもならない事情を抱えた人たちのお話しですから、切なく悲しい結末もちょっとは覚悟しながら読んだのですが、ラストは寂しくもじわっと温かくて、ほっとします。

 定町廻り同心と見世物小屋の太夫のお話~二話目の「怪童子と熊」に登場する五尺八寸の女形・金太郎太夫がもうね~すごく良いキャラクターです。女らしくて、男らしくて、優しくて、可愛らしくて、逞しくて、三浦屋の揚巻が十八番の金太郎太夫。私も太夫に癒されたい~。


 町の人々の中に、眼鏡の色男がいる!と思ったら、あれは『ひらひら  国芳一門浮世譚』の藤太郎兄さん?




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