2013-08-24

私の中の男の子 : 山崎ナオコーラ

『私の中の男の子』 山崎ナオコーラ

『浮世でランチ』を読んだときにも、出会頭の一言で鳩尾にパンチをくらったような気がしたのだけど、今回も冒頭の『雪村には十九歳まで性別がなかった。』という一言に「うぐっ!」とたじろいだ。

 私は・・・いまだに自分が女性であるとか、男性であるとか・・・そういうことがピンとこない。

 主人公・雪村は、十九歳で作家デビューして初めて、周囲が自分を女性として扱うことを知り、自分が世間からは女性に見えることに気づき、戸惑う。

 女性であることを知った雪村は、自分の中にいる異性=男性を強く意識する。生活には違和感がついてまわる。女であるという意識がぼんやりした私の中には、「異性」というほどにはっきりしたものではないけれど、「女」と呼ばれるものでもないような気がする、よくわからないものがいる。

 もしかしたら雪村は、性別の意識が曖昧な私に、何か優しい答えを出してくれるのではないだろうか・・・勝手な期待を寄せて読む。

 しかし、雪村の行く先にあるのは、自分の頭の中の居心地の良い世界から外に出る~違和感だらけの自分という存在を外に向かって開く~ということだった。

私、今まではみんなそれぞれ世界の見え方が違うから、ひとりひとりの頭の中に世界があるんだと思っていたの。


 私にも身に覚えのある「世界は頭の中にある」「精神として生きている自分」という思いに潜む自己欺瞞から身を引き剥がそうと雪村はもがく。私の不甲斐なさを糾弾されているようで痛い。

 たくさんの違和感を抱えた自分というものを意識し、貫きつつ、同時に自分の外に広がる世界を感じる。『世界の中に物理的に存在している自分』から逃げず、様々な関係の中に自分を置いて生きていこうとする雪村の覚悟は凛として清々しい。しかし、そうやって生きていくことがもたらす痛みは雪村についてまわるのだろう。

 頭の中を流れはじめた『・・・だのに、なぜ、歯を食いしばり、君は行くのか、そんなにしてまで』という歌とともに、雪村の姿を見送った。

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2012-06-23

浮世でランチ : 山崎ナオコーラ

『浮世でランチ』 山崎ナオコーラ

 視線を下げると、ビルとビルの間に、五センチほどのブルーグレーの線が見える。あれは海だ、と思うのだけれど、三年も働いているのに、確かめたことがない。他の人と、海の話をしたことがない。


 ゴフッッ・・・。いきなり繰り出されてきたこのパンチが鳩尾あたりにきれいに入って、思わず膝をついてしまった。ゲフフッ。これは、身に覚えのある私には痛すぎる言葉。

 わかりあえる人とだけ話したいという願望。くだらない人にはすり寄りたくないというプライド。しかし、現実には話し合える人は一人もいない自分の不甲斐なさへの忸怩たる感情。でも、結局、それが自分だと、その孤独を、ぐいと顔を上げるように凛々しい言葉で語る主人公。

 いつも、ランチは公園で一人でとる25歳の私。
 他から自分を規定されることに苛立ち、常に自由、反体制でありたいと思っていた14歳の私。

 私の二つの時間が交互に進行する。

 小さい頃は、この世界に不慣れで、いつも不安だった。自分の周りにあるものが一体なんなのか、うまく認識できなかった。


 周囲のものに触って、その手触りを確かめ、覚えておく。誰かのルール、外の社会によって自分を規定されることを嫌い、自由でいたいと思う私は、自分や、周囲のものごとに関して、自覚的、意識的、意志的であるために、自分の形を、自分の周りのものの形を、常に自分の力で見極めておこうと努めたのだろう。14歳の時の友人との「宗教ごっこ」以来、何かに祈ること、自分の外の大きな力に何かをゆだねることを止めてからは特に。

 
 25歳の私は、ルーチンワークだけで時間がつぶされていく会社での仕事を辞め、タイ~マレーシア~ミャンマーと旅をする。旅の途中で、元同僚と、時折、手紙やメールを交わす。旧友との偶然の再会はあるものの、劇的な何かが起こるわけではないが・・・

 物事や自分の輪郭にピリピリしていた主人公が、自分と他との境界をほんの少し曖昧にしていく。あいかわらずランチは公園で一人でとる。でも、近くに入ってくる人とは、場所をわけあって一緒に座る。自分の力では線がひけない領域を、何か他のものにゆだねてみる。ほんの小さなその変化は、『私は、アジサイの花が一番好きなんですよ。空気との境目があいまいでしょう。』と言った、主人公たちの中学時代の担任・並木先生の言葉と、ゆるやかにつながっているようにも見える。


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