2016-07-23

狗賓童子の島 : 飯嶋和一

『狗賓童子の島』 飯嶋和一

 大塩平八郎と共に蜂起した父・履三郎の罪を負い、数え十五の歳になるのを待って遠島の刑に処せられ隠岐・島後へ流された西村常太郎。流人である常太郎を島後の人々は敬意をもって迎え入れた。支配者の横暴、理不尽に耐えて生きる島後の人々のなかに、窮民の為にすべてを擲って立ち上がった大塩平八郎とその高弟・西村履三郎を知らぬ者はなかった。

 江戸後期から幕末~御一新へと至る時代、島民に支えられながら成長し、医者となり島で生きる常太郎の目を通して描かれる島内外の出来事、孤島に生きる人々の精神性、諸国の廻船により海を渡って島に流入する事物とそれらによって島にもたらされる変化、島に兆す不穏な気配。

 様々なことが重なって生まれる時代のうねりが重層的に描きこまれた厚みのある小説だが、『神無き月十番目の夜』に感じたような筆致の強靭さ、荒々しいほどの熱量までは感じられない。

 民は抗う力を失い従順な被支配者となり、支配者は目的と意志を失い既得の権益にあぐらをかくばかりとなり、「腐敗した無能な支配者=悪/悪政に振り回され搾取され続ける民=犠牲者」と描かれる世界の図式が単純化されてしまったように思うのは、多くの綻びを見せながらも長く続いた徳川幕府による支配の果ての幕末という時代背景のせいか・・・。

 江戸初期~中期を舞台にした『神無き月十番目の夜』『始祖鳥記』『出星前夜』などでは、善悪では割り切れない民の混沌とした生命力や、それを統治しようとする支配者の強大な意思と力、ただ純朴で美しいとばかりは言えない庶民の姿が描かれ、おいそれとは単純化されない世界の圧力に読後は何ともいえずザワつく気持ちを抑えかねたものだが・・・。

 ただ、最後に常太郎に手渡される迦楼羅の面・・・島の奥深く「御山」に棲む狗賓の遣いの、静かな闇をためて常太郎をみつめるその瞳が、島の人々の胸にいまだ宿る何ものかを語っているのかもしれない。




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2014-05-17

黄金旅風 : 飯嶋和一

『黄金旅風』 飯嶋和一

わたくしごとき西海の海商人にとりましては、天と地と人との三界の他に、
海という水平の広がりを持つ異界がございます。


 作中、いちばん胸を突かれた台詞であると同時に、私のこの作品を読む資質の無さを感じさせられた言葉でもある。私はどうも「海」という厳しさと自由をはらんだ広がりに掻き立てられるものの少ない質の人間のようだ。『ワンピース』は好きだが、「海」に惹かれてるわけではないしな。そんな私が読んでも胸がアツくなったのだから、「海賊モノ」なんかが好きな人にはもっとたまらない、わくわくすると同時に少し切ない話なのではないだろうか。

 寛永年間、海洋貿易都市として栄える長崎に、不穏な空気が立ち込め始めていた。陰湿な切支丹狩り、貿易相手であるポルトガルやオランダなど外国勢力との軋轢、長崎奉行に着任した竹中采女正の横暴。その長崎の町で異彩を放つ二人の男~長崎の港湾を取仕切る大貿易家であり長崎代官をつとめる末次家の「不肖の息子」平左衛門と、かつて手の付けられない悪童で「南蛮人斬り」の異名で呼ばれた内町火消組惣領・平尾才介。

 自由な気風に溢れていた町が暗雲に呑み込まれようとするとき、ついに「不肖の息子」平左衛門がその本性を顕す。

 広く世界を見る目と、自由と公平の精神、独立の気概をもって遥かにひらける海に臨む、平左衛門や才介はじめ、末次船船大将の彌兵衛ら長崎に生きる人々。大御所秀忠から将軍家光の時代へと、徳川家の支配体制が強まっていく中で、これから始まる息苦しい世の中を生きていく人々の心の中で輝き、吹き続けるであろう黄金の風のような勁くて清々しい男たちの生き様。




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2012-03-24

出星前夜 : 飯嶋和一

『出星前夜』 飯嶋和一

 “「島原の乱」なら、天草四郎でしょ”と少しばかりロマンティックに考えて読み始めた自分が恥ずかしい。藩主の悪政に対し、島原半島およびその対岸天草で勃発した大規模な反乱を、地の鳴る音が聞こえるような不穏なうねりの中に描いた大作だった。

 
 かつてキリスト教の布教や異国との貿易が行われ、それぞれに個の気概を持つ人々が暮らし、前藩主有馬氏に従って関ケ原や朝鮮での戦を経験した軍役衆の残る土地柄。その地に加えられた宗教的弾圧。領民に表高の二倍もの年貢を課し、その生活の現実を見ることもない藩主松倉家による愚劣な政治と過酷な支配。ひたすら耐え、生き延びようとする人々を襲う天災、それに続く飢餓、病。理不尽に命を奪われる子供たちの純粋すぎる怒りと虚無。生活の軛を離れ、教会堂の森にたてこもる子供たち・・・蜂起前夜の気配。

 人々がそれぞれの心に従い起こしはじめた行動は、意図しない結果をも招き、止めようのない流れにのまれ・・・一人ひとりの異なる想いで撚られていたであろう糸は、「反乱」という激しくうねりのたうつ一本の太縄へと糾われていく。

 重要なのは、崇高な理想や理念を唱えることではない。それはむしろ大勢を破滅へと導く。馬鹿馬鹿しい武力衝突や騒乱を回避するためには、泥臭い駆け引きこそが重要だ。


 そう説いた有家村鬼塚の庄屋甚右衛門さえもが、結局は蜂起勢の一人となり、軍を率いて、先には全滅しかない戦を戦う。

 人々の信仰心も、矜持や誇りも、生への思いも、大量に流された血の中で踏みつぶされ葬られる。もはや止まることのないこの絶望的で救いのない反乱の中に、作者は小さな星を書き入れた。矢矩鍬之介~教会堂の森に立て籠もった少年たちの頭。反乱に加わるもそれがもたらす結果のあまりの愚かさ、悲惨さを厭い、島原の地を抜けて長崎にたどりつき、その後は贖罪と無私の心で人々を生かす医者として生きた青年。蜂起勢が死に絶えた後にただ一つ残った蜂起衆の心。




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2010-12-01

神無き月十番目の夜 : 飯嶋和一

『神無き月十番目の夜』 飯嶋和一

 慶長七年十月、徳川の支配が各地に及ぼうとする中、新しい領主による検地に抵抗し、一村ことごとくなで斬りの惨劇に見舞われた村。

 水戸城からの呼び出しに応じ常陸国小生瀬の村を訪れた旧月居軍の騎馬衆・大藤嘉衛門の眼前に広がる異様な光景から ~ ほんの数日前までの生々しい暮らしの跡をそのままに留めながら、人々が忽然と消えてしまった村に漂う血生臭い野戦場の匂い。村の奥に隠された谷間に累々とその無惨な姿を曝す夥しい数の屍。 ~ この悪夢のような出来事の顛末が語り起こされる。

 日々の暮らしとは関わりなく人々を襲う運命の変転。支配する者と支配を拒む者の間の激しい軋み。作者は硬派な筆致で権力を持つ者の理不尽さ、己の保身のみを考える者たちの醜さ、そして“無辜の民”である人々の限界~純粋であるが故の始末に負えない身勝手さや愚かさまでをも容赦なく描きながら、最悪の結末へと自ら走っていく人々の姿にそれぞれの人の持つ誇りや美しさを重ね合わせていく。

 悲惨な物語である。しかしその惨劇の顛末を書き上げるダイナミックな構成、強靭な筆の運びは、事態の陰惨さを描くだけでなく、単に善悪では割り切れない混沌の中にある人々の営み、荒々しく野性的な生命力を際立たせる。



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2009-09-30

始祖鳥記 : 飯嶋和一

「人類の夢や希望を乗せてるんだね、と言ったら・・・そんな重たいものは乗せられない、と切り返された。」

  世界最速の電気自動車“Buckeye Bullet”が駆け抜ける、缶コーヒーのCM。3部構成で語られるこの長い物語の中心に描かれた“空飛ぶ表具師”の姿に、このCMのナレーションが重なった。

 腐敗した政に民の不満が鬱積していた天明期、大凧を作り空を飛んだ表具師・幸吉。

 ただ子供のような純粋さと衝動で空を飛んだ幸吉だったが、人々は幸吉の飛行に己の期待や望みや満たされない思いを託す ~ “紙屋幸吉は鵺となって政道の腐敗を糾弾してくれた”。

 ただ食べて、寝て、暮らすだけの日々には安住できない、“遠くばかりを見続ける”資質を濃く持ってしまった幸吉。飛ぶことにとり付かれた幸吉には、地べたに張り付くように暮らす人々の思惑など目に入らなかった。自分の目には全く入っていなかった人々の想いや期待の重みで、純粋な衝動に過ぎなかったはずの幸吉の飛行は、罪として罰せられる。

 他人の行為に、勝手な期待や意味を押し付ける大衆の無自覚・無責任な嫌らしさが、幸吉を追い詰めたようにも見えるが、幸吉のように遠くばかりを見て、自分の足元が見えない男というのは、やはり憂き世に暮らすには困ったものだ。


 幸吉の意図に関らず、幸吉の飛行に様々な意味を見つけ、想いを掻き立てられた人々。幸吉の飛行が掻き立てた想いが呼び合い、不思議な歯車が回りだす。第2部は、そんな大きな歯車を回した人々のドラマ。回る歯車の中で力強く響く言葉~「いつも目指す方を見続けること。見ている方へ物事は進む。」

 そして、幸吉が見続けているのは、やはり“飛ぶ”ことだけだった。今度こそ、人々の意図や思惑の及ばぬところで、再び大凧に乗り空を駆ける幸吉。

 しかし人々は、他人の想いの埒外で、この世の重いものを何も寄せ付けず、鮮やかに空を飛んだ幸吉の姿を、それぞれの想いを込めて胸に刻んだ。

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