2010-10-27

麻布怪談 : 小林恭二

『麻布怪談』 小林恭二

 「怪談」といっても怖い話ではなくて、ある男の身におこった妖しく不思議なできごとを語る「奇談」。

 大坂の儒家の息子・真原善四郎。不惑も近いのに一人立ちするでもなく親元でふらふら過ごし、これといった不満もないが、これといって満足なこともなく・・・。儒家の子でありながら親に隠れて国学に凝ってみたりと、目先を変えてみようとはするが、夢中になるほどのこともない。はかばかしい成果もあがらない。

 退屈な毎日に倦んだ挙句、遊学という名目の下(学費・生活費は親がかり)、江戸でまた無為な日々を過ごすダメ男・善四郎のもとを美しい女が訪う。

 姉のように厳しく優しく世話を焼き導いてくれる女・ゆずり葉と、我儘に男を振り回す娘・初。タイプの違う二人の美女から惚れられ、迫られ、押し倒され・・・二人の間で流されるままに夢のような日を送る善四郎。少年マンガのラブコメみたいなシチュエーション・・・私は男になったことがないのでわかんないんだけども、こういうのって男にとっては夢なんですか? 

 しかしまぁ、取り柄も無い四十男が現実の女にそんなにモテるはずもなく・・・ゆずり葉もお初もただの女ではなかったのですが・・・。

 からんだ宿縁の糸を解きつつ、異類の女二人に見守られ、導かれて、生きるべき世界におだやかに帰っていく善四郎。

 ダメが高じた男の妄夢、退屈と孤独と不安を病んだ男の為のファンタジー・・・という気がしないでもないけれど、松の位の太夫として鳴らしたゆずり葉の思い出話や、最中の皮屋の娘から大奥のお中臈までのぼりつめたお初の身の上話、それなりに満たされた老いを迎えた善四郎の姿には、切ない中にものびやかでカラリとした明るさがあっていい。



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2010-01-23

首の信長 : 小林恭二

 桂小五郎、高杉晋作、西郷隆盛、坂本竜馬、土方歳三・・・幕末オールスターズの座敷に侍って、テンション上昇、妄想を膨らませきっている遊女・筑波嶺が見た男たちの真の姿は! ・・・「筑波嶺日記」

 日本を手中にしようとする最澄、「伝説」を目指す空海 ~ 平安仏教の二大スーパースターが推し進める大プロジェクト vs.検非違使庁 ・・・「聖者伝」

 全宇宙の出来事が記録されたアカシックレコードの破損により、織田信長の人物係数が失われた。歴史を正しく保とうとする運行係の奮闘虚しく、何度リセットを繰り返しても、その度に異常な愛情をたぎらす者たちの手によって刎ねられてしまう信長の首。 ・・・「首の信長」

 源氏一族により生み出され、発展、継承された「武士道」~殺しと死の美学~を考察する。 ・・・「新源氏物語」


 歴史上の人物をネタにして、少々皮肉を込めたユーモア小説・・・くらいに思って読み始めたけど・・・。歴史上のヒーロー達がその獣性と欲望をむき出しにして、こちらの夢をぶち壊しながら疾駆する様は、滑稽とか皮肉とかを通り越した悪意すら感じて、読後、嫌ぁ~な気分になる。

 歴史上の男たちを妄想の対象にして喜んでいる輩に冷水を浴びせるに十分な意地悪さ。ヒーロー達に抱いているほんわかした手前勝手な憧れをあざ笑うかのような、S心あふれる作品集。

 ただ「信長」の二文字に引っかかってうっかり読んでしまった私も、まんまとバッサリやられてしまった。例えるならば、よその風呂場のぞこうとして暗闇を抜き足差し足してたら肥溜めに落ちちゃった(そんな経験は無いが)・・・っていうような気分。

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2009-08-12

カブキの日 : 小林恭二

 大阪の蓮華座、京都の祇園座、東京の江戸座、その上にさらなる隆盛を誇る、琵琶湖湖畔に立つ大劇場・世界座。今日は一年に一日きりの世界座での「顔見世」の日。

 両親に連れられ、世界座の顔見世にやってきたカブキ好きの少女~かつて立作者として人気を博した河井世之介の孫娘・蕪は芝居茶屋の若衆・月彦から「準備はいいか?」と記した紙片を受け取る。

 世界座では、カブキ改革派の旗手・坂東京右衛門と、守旧派の首領・水木あやめの暗闘が繰り広げられている。

 顔見世の切狂言を任された京右衛門と同志たちは、あやめの思惑をいぶかしみながらも、乾坤一擲の覚悟を決め、あやめ一派は晴れの舞台で京右衛門を完全に破滅させるための策を進める。

 さあ、舞台の幕が開く。

 
 世界座の楽屋三階は迂闊に踏み込めば二度と抜け出すことのできない迷宮。大きな力に導かれ、蕪と月彦は三階の迷宮を行く。

 京右衛門のもとに届く、世之介からの謎の手紙。カブキの至宝・名古屋丸の消失。京右衛門たちが必死に演じる世之介の狂言「山三郎浮世別離(なごやどのこのよのわかれ)」。あやめが放つ数々の罠。

 ファンタジーとサスペンス~からまりあって進む物語の合間に挿入される、「船舞台」の伝説や、阿国と名古屋山三の逸話。

 物語は走りながら、くるくるとその様相を変えていく。

 迷宮に棲む老人の台詞

 「物事にはなんだって表と裏がある」
 「表ってのは着たきり雀の着物みたいなもので、はぐってしまえばそれっきりだが、裏ってのにはどこまでいっても裏がある。それでもって、その裏のどん詰まりはいつだって表のどん詰まりにつながっているのさ、ひーひひひ」

 

「芸とは実と虚の皮膜にある」

 表と裏、実と虚 ~ 何が実で何が虚かなんて予め決まってるわけではない。つねにくるくると入れ替わりつづける物事のその皮膜に立ち上がってくる何かを見せる、それがカブキの魂。

 蕪と月彦、京右衛門とあやめ、舞台の上で進む芝居、三階の迷宮に棲むという世之介 ~ どこに向かっているか分からない事態の中で、それぞれがそれぞれに疾走する。この物語の進行自体が、くるくると自在に姿を変える怪物的なカブキという芸の世界に重なってくる。


 作中、カブキを語る言葉が色々な場面で何気なく折り込まれる。


 「その動きがまるで自由で、インスピレーションに満ちているんです。しかもそのインスピレーションがおしつけがましくないんです」
 「彼が踊れば、たとえ手にしているものが二本の細い棒でも、人はそこにまるく灯った光の輪を見ることでしょう」

 

 心中の道行を踊る蕪と月彦 

 曲がクライマックスに近づいても蕪と月彦は、そんなことは知らぬげに楽々と踊り続けている。
 だがどうしたことだろう。
 いつのまにかその場にひたひたと死の影が差し始めているではないか。



 名優・坂田山左衛門の懐述

 ひたすら大団円に向けて形式を積み上げてゆく、予定調和の物語があるのみだ。ここにはどこにも生まれでようとする美意識の輝きは見られない。-だとしたらわしはカブキに見放されたことになる。



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