2014-09-27

歌舞伎のぐるりノート : 中野翠

『歌舞伎のぐるりノート』 中野翠

 あれはやっぱり『伴奴』・・・だったのかなぁ。学生の頃、歌舞伎座でまだ小さかった勘太郎さん(現勘九郎)が踊るのを観た。三階席からなので舞台はちょっと遠かったけど、小さい勘太郎さんはすでに一人前の役者の自覚を見せて、しっかりと自分の踊りを踊っていて、「この子は近い将来お父さんを超える役者になるのだろうなぁ」とごく自然に思わされた。当時のチケットや筋書は手元に残っていないし、あれが何の踊りだったのか思い出せなくなっていたのだけど、ページに添えられた「幼い日の勘太郎の『伴奴』」のイラストを見て、「あ! この感じは!」と記憶が蘇った。

 著者が見て、感じてきた歌舞伎とその周辺をめぐるコラム集。さらりと書かれたシンプルだけと達者なイラストが効果的に文章を彩り著者の感興を伝えてくれる。

 『歌舞伎的なもの』に『血が騒ぐ』著者の感覚には共感するところが多かった。特に、歌舞伎が味わせてくれる「ある一瞬」について。

 歌舞伎は最初から最後までず~っと面白くわかりやすいもの・・・というわけではないと思う。ただ、歌舞伎を観ていると時々、その「一瞬」に薙ぎ払われることがあるのだ。それはもう『なにか凄いものを見た』としか言えない一瞬。理屈だとか、人間の理解の速度をはるかにこえた凄まじい情報量が身体を雷のように貫く。著者の言う通り『それは一瞬であっても、何ものにも替えがたい貴重な一瞬』で、その稀にやってくる「一瞬」に撃たれたいがために『おうおうにして退屈』な歌舞伎を観つづけずにはいられないのだ。

 それにしても著者が「歌舞伎的なもの」の化身のように思い、何度も語っておられる六代目歌右衛門さんの舞台を観ていない・・・というのは取り返しのつかないことだ。観ようと思いさえすれば多分不可能ではなかったのに。私のバカバカバカバカ。

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2014-04-05

染五郎の超訳的歌舞伎 : 市川染五郎

『染五郎の超訳的歌舞伎』 市川染五郎

 趣味は「妄想」とおっしゃる染五郎さんのことだから、タイトルは『染五郎の妄想的歌舞伎』なんだと、しばらく勘違いしていた。染五郎さんが考える歌舞伎の二次創作的妄想ストーリーが語られるのかな、と。(余談だが、「妄想的」といえば、歌人・水原紫苑さんの『歌舞伎ゆめがたり』が凄い。『勧進帳』『助六』『四谷怪談』『鈴ヶ森』『籠釣瓶』などの演目をもとに語られる物語は、妄想的であると同時に確かにそれぞれの演目が秘めたもう一つの物語のようでもあった。)


 染五郎さんがとても楽しげに歌舞伎を語っている。“この楽しさをどうしたらわかってもらえるんだろう?”とモキモキしてる。

 一章「古典を味わい直す」では、『女殺油地獄』『籠釣瓶花街酔醒』『三人吉三』『仮名手本忠臣蔵』『東海道四谷怪談』など、歌舞伎を代表する名作を染五郎流深読み、裏読みを交えて紹介しているのだけど、やっぱり歌舞伎の筋って、今の理屈ではなんだかよくわかんない複雑怪奇なところがあって、「伝わるかな~」と染五郎さんも読者との距離を測ってる感じ。

 二章「名作との格闘」、三章「歌舞伎を作る」になると、その距離がぐっと縮まる、というか距離なんか感じなくなる。歌舞伎の名作、大役や、憧れのあの役、新作、復活狂言に取り組む、おそらく物凄い苦労。その苦労を苦労とも感じさせないほどの情熱だとか、高揚感、幸福感が止めどなく溢れてくる。

 二十代をキャアキャア言わせる歌舞伎。絶対実現させてほしい。私もそういうの見たいと思ってた。絶対、歌舞伎にはできるはず。楽しみにしてます、二十代じゃないけど。


(それにしても、染五郎さんの子供時代の妄想一人遊びっぷりはちょっと涙ぐましい。)




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2013-10-05

歌舞伎ワンダーランド : 須永朝彦

『歌舞伎ワンダーランド』 須永朝彦

 『私、そういうこと話し始めると・・・止まりませんよ♪』

 っていう、猿之助四十八撰『新・水滸伝』の軍事オタクな女戦士・青華の台詞を思い出すなぁ。

 幻妖や異世界に魅かれてしまう質であるらしい著者が、歌舞伎に登場する「御家の重宝」「妖精・変化」「妖術」「魔人」といった、どちらかというと怪しくて、イカガわしいけど、とびきり魅惑的なものたちや、歌舞伎が醸す奇妙なトリップ感の源でもあるような『世界』というドラマの構造について語る言葉は、まさに立て板に水。読者がついて来ようが、来まいが、もう『止まりませんわよ。』って感じなのだ(笑)。

 歌舞伎のあまりに理屈を無視した展開に呆れ、あっけらかんとしたご都合主義に唖然とし・・・、『歌舞伎はもともと(略)戯曲的完成即ち文学的達成を目指さなかったから、部分的には燦然と輝くところがあっても、全体の論理を統べる文学的精神などは無きに等しい』と承知しているとは言いながら、アヤシげな「御家の重宝」が登場するたびに興味津々でワクワクを抑えられない様子の著者が、(失礼かもしれないが)可愛いというか、愛しいというか・・・。

 ああ、江戸吉原のモテ男・助六が実は源平時代の仇討兄弟・弟の曽我五郎時致で、源氏の宝刀「友切丸」を探索中であったり、蘇我入鹿の御殿に江戸時代の田舎娘が迷いこんでたりする世界にドプンとハマって、美しく妖しい夢幻に溺れたい。


 郡司正勝氏との歌舞伎の幻想性をめぐる対談の中で、歌舞伎においては、ただ幻想的なものだけが描かれるのではなく、夢幻的なものの中に非常に日常的なものが同居していることが指摘されている。なるほどなぁ・・・と思った。そこから生まれるんだろうなぁ・・・あの妙な、ちょっと目眩のするようなトリップ感は。




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2012-02-18

「でっけえ歌舞伎」入門 ― マンガの目で見た市川海老蔵 : 樹林伸

『「でっけえ歌舞伎」入門 マンガの目で見た市川海老蔵』  樹林伸


 私にとって、歌舞伎を観ることと漫画を読むことはほぼ同じ。歌舞伎を観ている時の感覚や生理は、漫画を読んでるときのそれとすごく近い。“歌舞伎は現代演劇よりもむしろ漫画の方に近いはず。もっと歌舞伎の世界と漫画の世界が近づくといいのに~”とずっと思っているし、“漫画の世界にある才能を活用しないなんて、歌舞伎はどうかしてる!”とちょっとイライラっとしてもいる。

 だから、海老蔵さんが新作歌舞伎のシナリオを漫画原作者に依頼したというニュースを目にした時は、“やってくれた!”とワクワクソワソワした。残念ながら、その新作歌舞伎『石川五右衛門』を観ることはできなかったんですけどね(だってチケット一般発売日には3階席は全部売り切れてたし、それ以上の席を取るのは経済的に無理だったんですもの)。

 本書は『石川五右衛門』のストーリーづくりを担当した樹林伸氏が、歌舞伎と市川團十郎家代々の歴史に関するざっくりした解説を盛り込みながら、新作歌舞伎製作の現場での出来事、体験、想いを記したものだけど、例えば、猿之助丈が「スーパー歌舞伎」創造の過程を語った『スーパー歌舞伎―ものづくりノート』のような舞台づくりのテクニカルな部分の記述はなく、普段から歌舞伎を見ている人にとっては、既に知っているような一般的な内容がほとんどで物足らないかもしれない。じゃあ、歌舞伎を観たことがない人がこの本を読んで歌舞伎に興味を持つだろうか?というと、それもちょっと・・・どうかなぁ。だって、歌舞伎を好きになるには、良い舞台を生で体験して、どデカイ衝撃を受けるしかない、と思うから。

 ・・・と言って、この本がつまらなかったという訳ではなく ~何が良かったって・・・この本に記されたような歌舞伎製作の現場があったこと。海老蔵さんが『そういう(おもしろいストーリーを作る)人材は、マンガやアニメ、ゲームなどの、今いちばん勢いのあるエンターテインメントの現場にいるんだと思っています。』と言って行動をおこしたこと。歌舞伎の長い歴史と、そこに培われてきた力を理解し、信じ、十分に敬意をはらって参加してくれた漫画の世界の才能があったこと。


 

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2012-01-07

歌舞伎-過剰なる記号の森 : 渡辺保

『歌舞伎―過剰なる記号の森』 渡辺保

 渡辺保氏と歌舞伎はしっぽりと深い仲なのである。歌舞伎は氏を虜にし、深い深いところにまで染みこんで、生々しく息づいている。氏が「口上」に言うとおり、氏が研究の対象とする歌舞伎は氏の内にあり、その『内なる歌舞伎』に目を凝らして本書は書かれている。

 自分の内へと向かうその視線が生む緊迫感は、著者による六代目歌右衛門論『女形の運命』にも感じたが、その視線の先で歌舞伎も艶やかなその身を一時やさしく任せるようで・・・ それはもう、密室で抱きあい濃密に目と目を見交わす二人。“ダンダンダンッ”「あなたたちっ! イヤラしいわよっ!」と心で叫んでみるが、私のヤキモチが割り込む隙間など無く・・・


 物語を宿らせる役者の身体、劇場という空間~それを形づくるシステム、そこを満たす音、戯曲に折り込まれる特徴的な場面・・・歌舞伎を構成するそれら一つ一つ~その精神、それがもたらすものについて語りながら、歌舞伎という芸能が立ち上がらせる世界に近づいていく。

 役者の身体、その動き、技術、戯曲、型、後見、ツケや柝、下座音楽など舞台上の音、道具、装置・・・すべてが、所謂リアルな事物、事象ではなく、見えないものを見せる~時間も空間も次元も自在に行き来する“うその中の真実”を見せるためにある。


 著者は自分の『内なる歌舞伎』に目を凝らすけれど、私はやはり私に見えている歌舞伎を見る。

 目には見えないはずの“何か”が“見える”。歌舞伎を観ていると稀にそういう瞬間を体験する。何がどう反応して“それ”が“見える”のか私には分らない。おそらくは役者の身体の中に、もしくは型といわれるものの中に、ものすごい圧力で圧縮された膨大な情報量が・・・瞬間、一気に弾け、目眩を感じるほどの勢いで渦を巻き流れ込んでくる。その瞬間の衝撃、陶酔感はいつまでも尾をひいて中毒のような症状をひきおこす。その感覚を味わいたくて劇場に足を運ぶものの、白塗りの顔での感情を顕わにした迫真の演技に、白けた気持ちにさせられることもままあり、そんな時には歌舞伎が持ち続けてきたらしい見えないものを見せるパワー・魔法は失われつつあるのかもしれないという不安、おそれを感じることもある。

 しかし、今現在の舞台に、江戸やそれぞれの時代の歌舞伎を見た人たちが目にしたであろう幻~超現実を出現させるために必要なのは、歌舞伎を生んだ『江戸の観念』や、明治、大正、昭和の名優たちの芸を単純に獲得、再現することではないのだろう。

 あまりに洗練され芸術的に磨きあげられたために、高尚なものとして受けとめられることが多いように思える、歌舞伎にたずさわる人たちの芸、技、その舞台。しかし、歌舞伎はせっかく研ぎ澄ましたその力を、どこに向かって振るうべきか、見失いかけているんじゃないだろうか。

 現実を超えた美しい嘘の中の真実に陶然としたい・・・そういう気持ちは現在の人たちの中にもある。その気持ちは、今、何に向けられているのか。歌舞伎はそこのところを狙いすましていかなくては。だって、歌舞伎って、もっと、もっと!もっと!!! 甘くて、荒々しくて、美しくて、危険なもののはず。すべてが奇跡的にかみあったときの歌舞伎の舞台って、3Dの映画よりも、ゲームや、マンガや、人気アーティストのライブよりも、よっぽど! よっぽど!!!


 渡辺氏には及ぶべくもないけれど、私だっていつか歌舞伎と深い仲になりたい。そのために、歌舞伎には私をもっとメロメロに翻弄して欲しいのよ~。


 

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2011-10-29

さかさまの幽霊―“視”の江戸文化論 : 服部幸雄

『さかさまの幽霊―“視”の江戸文化論』 服部幸雄

 歌舞伎『東海道四谷怪談』蛇山庵室の場のお岩の亡霊は、提灯の中から頭を下に逆さまの姿で現れたのだそうだ(昨年観た納涼歌舞伎の舞台ではお岩の亡霊は上に向かって飛んでいったように記憶しているが)。そういえば、以前読んだ江戸怪談の本の中には、逆立ちをした姿で現れ、通りかかる人たちに恨めしい無念の想いを語る幽霊の話や挿絵がいくつかあった。

 その“さかさまの幽霊”は、私にはわけのわからない不条理なものに思えたし、その図は怖ろしいというよりもむしろ珍妙という印象だったのだけども、江戸の人々にとっては“幽霊はさかさまに現れるもの”という道理があり、それは畏れ・怖れの感情と結びついていたという。

 “さかさまの幽霊”を生んだ文化的背景や人々の宗教的感性~そういうものを共有することが難しい現代の私たちには、もはや“さかさまの幽霊”を怖ろしいと思うことも難しく、不自然なことなのかもしれない。(昨年の納涼歌舞伎での『四谷怪談』をあまり“怖い”と思わなかったのはそういうことなのだろう。それならば、江戸の文化、感性を保存する古典としての歌舞伎もいいが、現代の感性で舞台と観客が緊密に結ばれた歌舞伎というのももっと真剣に貪欲に生み出されるべきだ。ターゲットを絞って小劇場での上演にするなど上演形態自体を変える必要もあるのかもしれない。)

 “さかさまの幽霊”は現代の私たちにとっては解りづらいものになってしまったかもしれないが、“逆さま”ということは元来、江戸の文化、宗教的事情を超えたさらに根源的な力を持つ。古くから、そして現代においても、“逆さま”という異常は人の不安、おそれ、陰の側の情動をかきたて“正常”に揺さぶりをかける。

 四代目鶴屋南北の描く世界を論じた「南北劇の構図」では、南北が芝居の中に仕掛けたそうした“逆さま”の破壊力・攻撃性について語られる。 

 その他、はっきりした上演の記録さえない『象引』が歌舞伎十八番に制定された経緯や、足元に宝を散らし、蓬髪に襤褸をまとったおじさん二人を描いた「和合神」の図像の流行についての考察など。多くの資料を解き、そこに秘められた江戸の文化・風俗・精神性を引き出して見せる手並みにはゾクゾクさせられた。




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2011-01-05

明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎 : 矢内賢二

『明治キワモノ歌舞伎 空飛ぶ五代目菊五郎』 矢内賢二

 キワモノ ~ 特定の時節・流行・出来事を当て込んで売り出されるもの。自然、その価値はごく短命に終わる。

 散切り頭、毒婦のゴシップ、異国人のサーカスに風船乗り、そして戦争・・・目まぐるしく変わる明治の世の出来事・事物を次から次へと取り込み、“本物そっくり”な、そして驚きにあふれた芝居に仕立てて観客の目に供す。

 ストーリーとしてはそれほど練られているわけでもなく、深いドラマ性があるわけでもない、そんなキワモノを、五代目菊五郎という天才役者の勘と身体は、事実の中に巧妙に嘘をすべり込ませ、嘘の中にふっと真実を立ち上がらせ、とびきり魅惑的な世界として完成させてしまう。

 嬉々としてキワモノ歌舞伎に取り組む五代目の姿を生き生きと描き出し、その天才的な芸の素晴らしさに思いをやる著者の筆に心地良く引き込まれ、見た事もない五代目への興味・憧れ・思慕をかきたてられる。

 歌舞伎は見世物の親玉として ~略~ 派手なキワモノを次々に送り出し、同時代の世間のありさまを鮮やかな手つきで切り取ってきた。

 「時代を超えられない」といってクサすのは、ちとお門違いではあるまいか。多くのお客に足を運ばせ、財布の中から木戸銭を払わせ、夢見心地で家に帰した。芸能としてはそれでひとまず大成功だ。


 下世話なエンターテイメントとしての歌舞伎を肯定するこのような言葉を、嬉しく、頼もしく読んだが、それが現代の歌舞伎に贈られる言葉ではなく、あまりにも浮かばれないまま忘れ去られている明治のキワモノ歌舞伎の成仏を願って手向けられた言葉であることは、悲しく、残念でもある。

 できることなら、キワモノとしての歌舞伎に、もう一度息を吹き返してほしい。伝統芸能でありながらキワモノであることは矛盾しないと思う。ぜひ、ぜひ、キワモノで私をワクワクさせてほしい。

 しかし、團菊の死後、明治のキワモノ歌舞伎が絶えてしまったように、歌舞伎という芸能は役者の身体、その個性に生き死にを握られているようなもので・・・キワモノの復活には、相当な力技を可能にする役者の存在が不可欠なんだろうなぁ。




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2010-10-09

歌舞伎のことば : 渡辺保

 何故か気持ちが乱れて、ちょっと泣きそう・・・なんである。

 私が、感じたい、解りたい、近づきたいと思っている歌舞伎の美しく妖しい姿を、夜空の月を水盤の水に写すように、著者はすっかり手に入れて、その水盤にたゆたい煌く月の姿を、私たちの前にも披露してくれる。

 指をのばせば触れることさえ出来そうな間近で揺れる月の姿に陶然としてしまうが、同時に、密かに想いを募らせてきた片思いの相手が、他の女の手に落ちてしっぽりといい感じなところを見せ付けられているような気持ちにもなって、くやしく、遣る瀬無く・・・ 渡辺保先生を相手に、泣いても、妬いても仕方ないのだが・・・。


 役者の身体をめぐる点から、劇場という空間、作劇の方法論、歌舞伎を支える思想の面から、「型」「つけ廻し」「偽せ宙」「花道」「綯い交ぜ」「やつし」「仁」「性根」「肚」「居どころ」「白化け」・・・歌舞伎の世界の言葉に込められた、またその言葉が体現する歌舞伎の精神、哲学、論理について語っていく。

 例えば「偽せ宙」 ~ 立廻りの中で、主役がスーッと体を前に出し、そこへ捕手が襲いかかるところを、スッと体を引込める。襲いかかった捕手は空を打つという動きを指す用語 ~ について。

 たとえば「市川団十郎」という役者がそこに立っている。搦みが「ヤアッ」とかかる。前の空間へ団十郎の身体が出る。その時、空間には、たとえば「曽我五郎」という身体が出る。しかし搦みが曽我五郎をつかまえようとした瞬間に五郎の体はなくて、搦みの手は空をつかむ。搦みは私たち観客の代表であり、曽我五郎の虚像は消える。しかし間違いなく残像がのこる。「五郎」の実像はなく、もとのところには「市川団十郎」が立っている。
 これほど役者と役の関係、それを見る観客の、三者の構造が隠喩的に語られる瞬間はないだろう。


 心の中でモヤモヤと感じていることが、言葉として明確に示される快感と、それを語るのが他人の言葉であることのもどかしさ。

 他人の水盤の月を指をくわえて見てるだけじゃなく、いつか私も自前の桶に月の姿を捕らえたい。 

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2010-07-07

千本桜―花のない神話 : 渡辺保

 「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」とともに歌舞伎三代名作に数えられる「義経千本桜」。「義経千本桜」の世界を貫くものとして、作者たちは、知盛、権太、狐忠信を主役とする各段のストーリーの背後に、日本人にとっての神話とも言える三つの伝説をしのばせていると著者は語る。その伝説を形づくる要素とは「判官贔屓(義経)」「天皇制」「狐」。そしてこの三つの伝説をつなぐ「桜」「吉野」「鮓」。これらのキーワードから神話劇としての「義経千本桜」の構造を読み解く。

 私には、著者が示したような「義経千本桜」の持つ神話的な物語の構造がのみこめた訳ではなく、むしろすっかり混乱してしまっているところだが、まぁ、いくつかの段をバラバラに一度ずつしか見たことのない私に(しかも私が見られるのは現代の舞台でしかない)、この狂言に秘められた謎を理解しろというのが無理な話だと一旦あきらめるしかない。

 もともとの原作である浄瑠璃は、太夫が語る物語という形態の為、文学性を保持できるが、歌舞伎にうつされると役者や観客の生理的に気持ち良い方へと流れていく傾向があるため、作者が意図していたものが変形されていたり伝わりにくくなっている部分もあるとは言うが、それ以前に私が戸惑ってしまうのは、この狂言を書き、見た江戸の人たちと、現代の私との距離感をどういうふうにとればいいのかということなのだ。

 例えば桜・・・「桜」と聞いて私が思い浮かべるのは群がり咲くソメイヨシノだが、吉野に咲くのは赤味がかった新芽と共に小さな白い花を咲かせる山桜だ。(私はその吉野の桜を見たことがない)考えてみれば当たり前のことなのだけど、この物語の背後に人々が見て、愛していたのはソメイヨシノではなくて山桜だということを改めて知らされると、それだけで少し江戸の人の心が遠くなってしまう。

 現代人のメンタリティと江戸人のメンタリティ、どこがどのくらい違うのか・・・その辺が私の中でもやもやしたままだから、著者が指摘した神話的なもの ~ 作者たちが、人の情に訴えるだけでなく、時代を批評する目も持った上で巧妙に織り込んだ物語 ~ が、江戸の人々にどのように作用したのか、そして現代の私にどのように作用するのかイメージできない。


 「あ~ 何だか解んね~!!!」とジタバタしているが、これまで舞台を観てちょびっと違和感を感じていたこと ~ 「安徳帝って割とサックリ知盛から義経に乗り換えちゃうのね~」とか、「弱いもの、滅びるものにあわれを感じる心情を判官贔屓というとは言いながら、対知盛戦では義経ってガッチリ勝者なんだよね~」とか ~ について、「なるほど、そういうことなのか」と気付かされる記述もあり、もう少し歌舞伎体験を積んでから改めて読み直してみなきゃいけないと思う。

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2010-02-20

絵で読む歌舞伎の歴史 : 服部幸雄

 中世の風流踊りから明治の天覧歌舞伎まで、歌舞伎という芸能の歴史の中で、転換点・分岐点となった出来事、その時代を象徴する人物を、屏風絵や浮世絵を添えてやさしく語った、著者の歌舞伎への愛あふれる読み物。

 当時へと思いを飛ばすような、穏やかな中にも熱のこもった語り口の心地良さもさることながら、江戸中期~後期の錦絵の見事なこと! 華やかな彩色、豪華絢爛な衣装に大道具、役者の個性的な顔貌に目を奪われるだけでなく、舞台の上の空気まで写し取ったかのような迫力に、しばし息が止まる。

 現在は舞台写真というものがあるけれど、写真集として出版されているものはともかく、劇場で売られている写真の多くは、この錦絵と比べていかにも味気ない。私が舞台上に見たものと写真に写っているものは違いすぎる。歌舞伎の空間には、写真には写らないものが沢山いる。

 江戸期、歌舞伎と浮世絵が切っても切れない関係にあったように、現代において歌舞伎と最も相性の良いメディアはマンガじゃないかと思うんだけどなぁ。松竹さん、思い切って筋書きの挿絵や芝居のポスターを人気マンガ家に描かせてみないかなぁ。

 優れたマンガ家ならば、あの歌舞伎の舞台上にある写真には写らないモノたちまで描いて見せてくれるのじゃないかと思うのだけど。

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