2016-09-24

その日の天使 : 中島らも

『その日の天使』 中島らも

 久しぶりにらもさんのエッセイを読む。この本自体は初めて手に取るが、内容はほとんど他のエッセイ集などに収められていたもので、何度か読んだことがあるものが多い。

 10代の後半から所謂「大人」になる頃までらもさんのエッセイをたくさん読んだ気がする。もうゥン十年も前のことなので、いつ何を読んだとか細かいことは覚えていないのだけど。思えばその頃は、私もそれなりにうっすらとした暗黒の中にいて、その中でらもさんの言葉を読んでいた。私の魂の何割かは、らもさんの言葉で養われたと思っている。

 ・・・と、私の血肉の一部とすら思っていたらもさんの言葉なのだが・・・、久しぶりに読んでみると何だかよくわからない・・・のだ。この言葉たちは、らもさんの何処から、らもさんが何を想って・・・生まれたのだろう? らもさんは何を見ていたんだろう?

 あの頃の私には、らもさんの言葉がわかっていたんだろうか? 独りよがりな共感をしていただけなのかも知れない・・・けれど、今よりは「わかって」いたようにも思う。らもさんの言葉の中に感じる、らもさんの「きれいさ」に私は救われ、守られ、養われていたのだろう。

 ユーモア、笑い、苛立ち、怒り、絶望、恋愛、病、薬物、中毒、仕事、生活・・・色々なものを語る言葉の中からキラリとこぼれる「美しいもの」に胸をうたれる。

 らもさんは私の天使だ。



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2012-09-01

恋づかれ : 中島らも

「恋づかれ」 中島らも(『恋は底ぢから』

 リサイクルショップに行く。

 進物のタオルなどを処分して手にしたのが400円。隣接するブックコーナーで400円分だけ買物しようと、100均の棚をうろうろ。アーティスト本の類に挟まれて中島らもさんの『恋は底ぢから』の単行本があるのを見つけたので購入。

 この本、以前文庫で持ってたんだけど、単行本がこんなきれいな表紙だったとは知らなかった。朝顔が一面に描かれている。100円で手に入れて得した気分。

 この本には、あのとても美しい恋愛エッセイが収められていたはず… と、帰るなりページをめくる。

「恋づかれ」という一篇。

「結婚してからいくつも恋をした。」


 チャイムを鳴らすでもなくいきなりドアの外に立っているアパートの管理人や、NHKの集金の人のように恋は突然やってくる。

「そうやって恋におちるたびに、僕はいつもボロボロになってしまう。」


 「恋」がらみのものはあまり読まないのだけど、これは私が一番好きな、恋についての言葉。



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2010-08-14

僕にはわからない : 中島らも

 前回のエントリーで感想を書いた京極夏彦氏の『幽談』と並行して、中島らも氏のエッセイ『僕にはわからない』を読んでいたんである。ランダムに手にした2冊の本を、偶々同時進行で読んでいただけなのだが、ジャンルも、書かれた時期も全く違うこの2冊の本の内容が所々で見事にシンクロしていて驚いたのである。

我々は自分の大きさに即したスケールで物を見るように作られている。アリにはアリの視界のスケールがあり、恐竜には恐竜の、ヒトにはヒトのスケールがある。そのスケールをはずれてミクロスケールにはいってもマクロスケールにはいっても、その生物は生きていくことができない。  「なぜ人間は無知なのか」(『僕にはわからない』)

例えば、限りなく俺たち人間に近い宇宙人がいたとしよう。でも、大きさが千倍だったらどうだ。逆に千分の一だったらどうだ? ~中略~ 千年が一秒程度のスケール感の相手だったら、俺たちは目の前に出た途端に死んでるよ。     「十万年」(『幽談』)

 

一匹のアリが人間と言うものの全体像を理解したとすると、そのアリはどうなるだろうか。恐らくは恐怖のあまりに瞬時にして死んでしまうのではないだろうか。  「なぜ人間は無知なのか」(『僕にはわからない』

人間は、世界の半分見ていれば足ります。~略~」
「半分、でいいのです」
  こんなにこわいものは。  「こわいもの」(『幽談』)



 部分的なとこで奇妙に一致しているだけじゃなく、全体に何か通じ合うものが流れているような気がする。書かれた時期は随分違うのだが、多分、それぞれの時点でのらも氏と京極氏には、“世界”のとらえ方や“怪しいもの”との関り方において似たところがあったのだろう。

 時間感覚、スケール感、文化的な枠組、外部からの刺激を受け取る器官の違い・・・ “世界”と接する部分が少し変化するだけで、世界はぐるりと裏返ってしまう。“よく知っているもの”が“知らないもの”になり、見えなかったものが見え、あるはずのものが消え、生きていることは絶え間ない死の連続になり、死は生きていることと変わりがない。

 人の認識の頼りなさを知っているからこそ、「僕にはわからない」。

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2010-04-07

こどもの一生 : 中島らも

 同名の芝居の脚本を小説化したもの。瀬戸内海に浮かぶ亀島。この小さな島にはサイコセラピーのクリニックがあり、5人の患者が治療を受けている。ここでは薬と催眠により、精神的な傷を負っていない10歳児の状態に戻って暮らすという治療法が試みられている。10歳児に戻った“こども”たちは架空の人物「山田のおじさん」をつくりあげる遊びを思いつき熱中するが・・・

 “ピンポーン”  

 ある台風の夜、チャイムが鳴り・・・ そこには「山田のおじさん」が・・・
 

 “最初面白くて後半怖い”という情報が事前にインプットされていたせいか、前半のギャグの部分から一転ホラーになっていくその落差は、期待していたほどではない・・・というか・・・

 確かに後半は怒涛のB級ホラー的に怖い。でも、“楽しく、笑いに満ちた”部分であるはずの前半も薄ら怖いのだ。

 レジャーランド建設用地の下見のためにこの島に来たはずの三友と柿崎が、クリニックを訪ねた途端に患者になっていること。患者の食事に必ず入っているキノコ。絶対怒らない看護師・井出ちゃん。10歳のいじめっ子と化した三友の、同じく10歳児化した患者EMIちゃんに対する嫌がらせのエグさ加減。いじめっ子・三友を“せいしんてきにいためつける”ための手段として他の子供達が考え出した「山田のおじさんごっこ」。どれもうっすらといや~な感じを出していて、間に挟まれたギャグにもとても楽しく笑う気になれないのだけど・・・。みんな本当にここで笑うんだろうか? 芝居で見ると印象が違うのかな?

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2009-02-11

水に似た感情 : 中島らも

 タイトルが印象的 ~ 「水に似た感情」。怒りの涙、もどかしさの涙、哀しさの涙が流れきった後に、ただ流れ続ける、透明な水のような涙。

 これは、小説というよりも、一種の装置、あるいは儀式のようだ。


 鬱気質をアルコールで持ち上げつつ、芝居の台本を口述筆記で仕上げたその朝、取材旅行の為にバリへと旅立ったモンク。

 バリ到着後から、モンクに波状攻撃で襲い掛かる数々の体験。不甲斐ない取材スタッフ ~ トラブルだらけの取材 ~ 躁転して上がり続けるモンクのテンション ~ 不思議体験 ~ 水のように流れる透明な涙 ~ 地獄のミーティング ~ バリの夜と、その夜を彩る光 ~ マリファナの煙 ~ 真実を告げる夢  

 そこに書かれていることが本当なのか、嘘なのか。そんなことは、とりあえず考えなくて良い。

 モンクが見た風景を、モンクが見た光景を、モンクが見た幻を、モンクが聴いた音を、モンクが感じた怒りを、モンクが流した涙を、モンクが口にした言葉を、ただ、ただ、なぞるように読めば良い。その時、私に訪れる感情。それをただ、ただ、味わえば良い。


 ある心の状態を、ある感情をもたらすための、これは装置、もしくは儀式なのだ。

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2007-09-26

頭の中がカユいんだ : 中島らも

 中島らも氏の中につまったテクストや、想い出や、想いや、マーブル模様のどろどろが、酒やクスリや脳内物質による酩酊とともに流れ出したような小説。

 「きれいは汚い、汚いはきれい」

 作中に数回現れたこの言葉が、この小説の印象とダブる。

 まっとうな努力の中でむくむくと湧き上がる憎悪。臭気と汚物にまみれて“きらり”とこぼれるもの。

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2007-04-18

永遠も半ばを過ぎて : 中島らも

 電算写植オペレータのおれ・波多野善二
 三流詐欺師の僕・相川真
 大手出版社編集の私・宇井美咲

 ひょんな事から詐欺師・相川に居つかれてしまった波多野。相川の調子良すぎでむちゃくちゃな言動に不眠症気味の波多野は、ある日訳もわからず飲み過ぎた睡眠薬による意識混濁の中で、誰のものともわからない言葉を写植機に打ち込み始めていた。

 「永遠も半ばを過ぎた。・・・」

 波多野の打ち出した原稿で一儲けと狙う相川は、早速俄仕込みのウンチクで「ユーレイが書いた小説」の格好をでっち上げ出版社に持ち込む。編集者・美咲も加わっての詐欺はマスコミを巻き込んでの大事件に!

 詐欺師・相川の憎みきれないキャラと、胡散臭いと知りつつ彼を受け入れてしまう波多野が、ぐだぐだと落ちていくのか、浮上しているのか分からない日々を重ねるうちに、何だか事態が大変な方へと転がっていく。この感じ・・・町田康の小説の感触に通じてるような・・・。

 三流詐欺師達の言動のアホさ加減というか、可笑しさはドタバタとコメディ的なんだけど、読み終わって感じたのは、“砂時計の中を流れるさらさらした砂のような手触りの小説だな”という印象。

 印象的だったのは、写植屋として五千万もの文字を打ってきた写植屋・波多野の言葉

 「おれはね、いつも言葉に洗われるんだ。目からはいって脳を伝って、指先から流れ出て行く。~略~ ただ洗われているだけだ。おれは一本のチューブみたいなものだ。とても気持ちのいいもんだよ。」「写植屋にとっては、文学も肉の安売りのチラシも同じことで、崇高な言葉もなければ下等な言葉というのもない。~略~ 印象なんてものが残ると困るんだ。」

 こういう言葉や、ところどころに現れる作中作「永遠も半ばを過ぎて」のさらさらした感触が、ちょっと黒い笑いの成分の中でアクセントになる。

 作中、一番美しいと思ったシーン

 酒に溺れ気味に生き、「孤独というのは『妄想』だ。孤独という言葉を知ってから人は孤独になったんだ。」「人は自分の心に名前がないことに耐えられないのだ。」「私はそんなに簡単なのはご免だ。不定形のまま、混沌として、名をつけられずにいたい。」とつぶやく編集者・美咲が、波多野の「淋しい? 淋しいっていうのはどういうことだ。おれは知らない。」という言葉に、ぼろぼろと涙を流す場面。この場面が波多野の目線でそっけなく、不思議なものを見るように書かれているのが良い。 

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2007-04-04

砂をつかんで立ち上がれ : 中島らも

 中島らもさんのエッセイはどれも面白くて読みやすい。読んでるこっちが「こんなに読みやすくていいの?」って不安になってしまうくらい読みやすい。

 「砂をつかんで立ち上がれ」は『書物』『印刷物』というキーワードを含んだエッセイをまとめた一冊。膨大な読書量を誇る(であろう)らもさん、本書にも子供時代に読んだ伝記、世界文学全集の類のもの、貸本マンガから、私など作者名もタイトルも聞いた事のないような珍本、奇本、企業紹介パンフレットまで幅広い書物が登場する。

 恐らくその読書経験から、高尚で難解な語彙も沢山持っていらっしゃるであろうらもさんが書くエッセイが、こんなにもわかり易く楽しいことがとても嬉しい。それこそ「軽いから軽いのではなくて、重い人に金剛力があってヒョイと飛んでみせるから軽々としている(らもさんが嫉妬さえ覚えるという田辺聖子さんの文章を評して書かれた言葉)」という口当たりの軽さなんじゃなかろうかと思う。

 他の方の作品の解説として書かれたものも本書には収録されているが、こうやって作品と切り離されて掲載されても、十分ひとつの「作品」として読めてしまう。

 面白い語り口の中にも、真摯なものがしっかり滲み出してくる。らもさんが“良し”とするもの、あこがれるもの、そういうものを語る口調はとてもまっすぐで、読んでいて何かこみあげるものがある。

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2007-01-20

たまらん人々 : 中島らも

 らもさんの本で初めて読んだのが確かこれ。その頃は「かねてつ」の広告くらいは目にしていたけど、らもさんそのものに興味はなくて、“ちょっと面白いおじさんなんだろう"くらいに思ってたのかなぁ・・・。記憶が曖昧。

 読んでみてそりゃもう笑った笑った。面白かった。電車の中で“ぶっ”とこみ上げる笑いをかみ殺すのに苦労した。笑っちゃいかんと思ってこらえるあまり、“ふぐっ”“うぴっ”“くぎゅ”という奇妙な音を出す私は、電車で一人笑っている以上に怖かったかもしれない。

 あんまり面白かったので、この後らもさんのエッセイを買い漁り、ひとつずつ読んでいく毎にらもさんのものの見方、判断の下し方に惹かれるようになっていった。たまにTVで見かけるらもさんは、想像していたよりもゆっくりとしゃべり、つかみどころがないようで、美少年だったという面影はかなり無くなっていて・・・そして私とは随分と違う人だ、素敵な人だと思った。

 随分久しぶりにこの本を読んでみると、前回読んだ時のように“ぶっ”と噴出すという回数は随分減っていた。2回目だから、というのもあるけど、笑うというよりしみじみしてしまって・・・。らもさん懐深すぎ。

 面白く書いてあるけど、ちょっと風変わりだけど憎めない人・・・みたいに読めないこともないけど、多分この本の中の人達はテイスティなどころじゃなく手におえなくて、訳わかんなくて、理不尽で、無軌道な自由人で、わたしなぞは近くにいるだけで胃に潰瘍ができるかもしれない。そんな人たちをも「テイスティ」と評して、そんな人々の塊の中に身を置いてなお、頭いくつ分かとびだした存在感を放っているらもさんの大きさが・・・妬ましい・・・いや違う・・・素晴らしい・・・いや違う・・・

 なんだかやっぱり遠い人だ・・・



 蛇足・・・


 今回読んでて思わず噴出したのは、「サンバからロックまで全72種のリズム」を刻み、おかずまで入れることのできるリズムマシーン「山本さん」(人じゃないじゃん)の活躍ぶりだった。

 「スー・チャカ・スー・チャカ」と律儀にリズムを刻む「山本さん」。しかしらもさんが「おかず」のボタンに手をのばしスイッチを押すと、突然狂ったように「テケトッテン・ストトコトン!!」とおかずを入れるんだそうだ。意外とお調子者だった「山本さん」。。。

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2006-12-20

空のオルゴール : 中島らも

 好きな作家を聞かれると中島らも氏のお名前を挙げさせていただくことが多い私。実は氏のエッセイに比べ、小説の方は読んでいる数が少ないのですが、これまで数作読んだところでは、エッセイよりもフィクションである小説の方により濃く中島らも氏の生々しい存在が見えるように感じています。エッセイはエンターテインメントであり、小説が自己主張の産物であるような。

 大学院生・トキトモは教授の依頼により近代奇術師の父と呼ばれるロベール・ウーダンについて調べるためパリへを向かう。パリで後輩リカと出会ったトキトモはリカの師である奇術師フランソワを紹介されるが、ほどなくアンチ・マジック・アソシエイション(U.M.A.)を名乗る集団によってフランソワ師が惨殺され、それを皮切りにリカ、トキトモと奇術師仲間たちも執拗に命を狙われる。一人ずつ殺されていく恐怖の中で奇術師たちも必死の反撃に出る。

 全編、怨念と復讐の殺人劇なのですが、それが冗談に思えてくるほど表面はのんきでナンセンスな掛け合いと、ボケと突っ込みで満たされていて、ラストには読者がほっと笑うことができるような一幕が用意されています。でもその底部にはずっと、黒くどろどろと重く、悪意すら漂わせる鈍器のような恐怖が溜まりゆっくりうねっている。

 物語の序盤、フランソワ師の葬儀の場で遺言によりマジックで参列者を驚かせるという演出が加えられる。「あんなことしてるから殺されるんだ」というプレスの人間の一言を耳にしたトキトモがその男の腕を極め、「君には死者に対する敬意というものがないのか。」と迫る場面がある。目頭が熱くなった。合気道に多少の心得がある以外は何だかぼんやりしているような学生・トキトモにもゆずれないものがある。何ていうことはない人間だけど、そういうものだけは持っていたいと思う。でも苦境に立たされたとき、矜持を保つことができるか? 私は・・・残念ながら甚だ疑わしい。

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