2011-04-20

f植物園の巣穴 : 梨木香歩

『f植物園の巣穴』 梨木香歩

 主人公である植物園の園丁が尋常ならざる歯痛のためかかった歯医者で、薬を差し出す手がどうも人間のものとは思われず、小窓の奥を覗いてみると犬が忙しく立ち働いている。犬はこちらの視線に気付いて、「皆まで言わずともよし、忙しいのだから」と言わんばかり・・・ このくだりを読んで“ぞくぞくぅっ”とする。“あぁ、奇妙な世界が入り込んできた。”
 
 しかし、その異界は、私の予想に反して、主人公の日常に静かに穏やかに交わるものではなく、不穏なものを湛えて、主人公を形も記憶も定まらぬ薄闇の世界にひきずりこむ。

 流れ、滞る水の気配。そこに育つ植物。千代という名の複数の女の面影。家にまつわる記憶。

 そのようなものがゲル状に溶け合い、神々の名や、神話的なものをちりばめた世界を行くうち、主人公の自然科学的知識と常識は変容し、彼は新たな「感覚」を得る。

 主人公の胎内巡りのような旅を共にするうち、私もなんとも頼りない、あやしい心持ちになってくる。

 この私は本当に正しく私であるのか?

 
 主人公の異界めぐりの旅は穏やかな日常へと帰って行ったが、私の中ではまだ何も完結しない。

 小さなうろが開いたような気配がする。




FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2011-04-09

春になったら苺を摘みに : 梨木香歩

『春になったら苺を摘みに』 梨木香歩

 『私は本当にはどう感じたのだったろうか。』

 わかりやすい言葉、表面的な感情に惑わされず、注意深く、しっかりと自分の内側に目を向ける。押し付けはしないけれど、主張する。そして、その同じ目で他者に向かう。自分のまわりにボーダーを引くのではなく、様々なグラデーションの中にいる自分を感じる。

 修行僧のように厳しく深い著者の精神。ときに苦しくなるようなその厳しさを、英国の景色と生活感、そこに満ちる空気が穏やかにつつむ。~学生時代、二週間だけ旅をした英国の風景と空気感を思い出しながら読む。記憶の中にある英国の風景は何かしらの手掛かりになってくれている気がするが、それは単なる気のせい・・・自己満足かもしれない。

 ウエスト夫人の営む下宿で暮らす実に様々な人たちと、彼らを驚くべき懐の深さで受け入れるウエスト夫人、そして町内に暮らす人々の交流。自分とは異質な人たちと共存するということ。
 
 私は、できるだけ小さな世界-なるべく似た価値観を持つ人のなかで、波風にさらされずに生きていきたいと思っている。そう願うことは良くないことだったろうか?



FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2009-06-06

蟹塚縁起 : 梨木香歩・木内達朗

 暗い色調の中にぼうっと浮かぶ蟹の群れ、彷徨う魂。幻想的な中に、しんとした厳しさ、怖ろしさすら漂わせる絵本。

 善良に暮らす農夫の、自分でも気付かぬ心の奥底に眠る前世の魂。囚われの家臣を救うため、敵の只中に斬り込んでいった情愛深い武将。多くの家臣をむざむざ死なせ、自らも無惨に倒れた武将の深い恨み。

 
 真夜中、眠る農夫の足下から、ざわざわと群れをなし仇を目指して進む蟹。折り重なる蟹の屍骸 ~ 誘われるように、眠っていた武将の無念の魂が、男の中に妖しく甦る。


 色っぽい要素は無いはずなのに、濃い情念の色気のようなものにあてられて、読後かすかに熱っぽい気分になる。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2009-06-03

丹生都比売 : 梨木香歩

 水と銀の神・丹生都比売と天武帝の御子・草壁皇子の、吉野の地での、清らかで寂しく、ひっそりとした交感。

 壬申の乱前後を題材にした作品はいくつか読んだことがあるけれど、このように静かな物語は初めて。この時代を舞台にした作品で、主役になることが多いのはやはり中大兄皇子、大海人皇子、大津皇子 ・・・ 中大兄皇子・大海人皇子の活躍や、鵜野讃良皇女(持統帝)の女傑ぶり、大津皇子の悲劇が語られることは多くても、母の激しすぎる愛と期待も虚しく若死にした草壁皇子を中心に描いたものって、目にした覚えが無い。

 梨木氏によると、歴史に大きな跡を残した天智帝、持統帝は言うまでも無く、大津皇子も悲劇的ではあるにしても、その生き方は「主役の器」~激しく、熱く、輝かしい金色の光を放って生きた者たちなのだと。それと比べて、諦めに満たされたかのような草壁皇子の生き方は・・・。

 苦悩しながらも、眩い光の照らす道を歩いた王者たちの陰で、ひっそりとすべてを諦めて生きた人。そういう人の生を、そっとすくいあげるような物語。

 自分に向かって天が微笑むことは無いと知って、静寂の中で、かそけき銀色の光と戯れた皇子。それを思うと、草壁のすぐに熱を出してしまう体を、弓を握るとかぶれてしまう手を、ぎゅっと抱きしめたくなる。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2009-03-25

からくりからくさ : 梨木香歩

 祖母の遺した古い家で暮らし始めた蓉子と、3人の女性下宿人~マーガレット、紀久、与希子。庭の草を摘んで食べ、心を持った人形「りかさん」を囲み、糸を染め、機を織る ~ 巡る時間の中での女たちの日々の営み。

 女たちの何事もない日々の生活はもちろん、そこに訪れる葛藤も、共感も、温もりも、小さな波乱も、あくまでゆるりと、荒ぶらない穏やかなトーンで描かれるのだけど、決して彼女らの世界が優しく穏やかだというのではない ~ そこには常に、何か容赦のない目が注がれているのが感じられるのだ。

 何処がどう“容赦ない”のか? と言われるとちょっと困ってしまうのだけど・・・、例えばそれは、時に女たちが見せる鼻持ちならなさや、ちょっとした醜さをさらりと書いてのける筆致。 ~ そこに、彼女たちの欠点をあげつらうような意地悪さは微塵もない。女たちが見せる色んな顔、色んな感情に対して、それを彼女らの美点・欠点と区別することなく、其処に何らの感情移入をするでもなく、全てを「女たちが持つ一面」として同一の平面上にさらりと見てしまう目が“容赦ない”なぁ・・・と。

 4人の女たちの生と日常の底に流れる、一人一人の人間とどこかで接点を作っていながらも、一人の個人の力など及ぶべくも無い、大きな大きな人の世の流れというのも容赦がない。

 容赦のない世の流れの中に一人一人の人が遺す跡。名も無い人の営みの中で連綿と伝えられていくもの。長い長い連続の中に生まれる、時に劇的な、時に小さな変化。機を織るという行為にからめて描かれる、長い時間繰り返されてきた人の営み。

 蓉子たち4人の女たちも、古い家の結界に包まれ、先に生きた人たちによって紡がれた縁に導かれるように、「自分の仕事」を探り、自分の織物を織っていくのだろう。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2008-03-08

村田エフェンディ滞土録 : 梨木香歩

 百年前の日本人留学生・・・土耳古の地で歴史文化研究に勤しむ村田氏の青春記。

 村田氏が身を寄せる、英国人のディクソン夫人が営む下宿屋の壁や中庭の敷石(古代遺跡からの発掘物が建築資材に使われている)からは、時折ビザンティンの衛兵や古代の神がぼんやりと姿を見せ、使用人ムハンマドが拾ってきた鸚鵡は「友よ」「いよいよ革命だ」「繁殖期に入ったのだな」「失敗だ」・・・と住人達の会話にけたたましくクチバシを挟む。


 大きな転換を経験したばかりの日本の国の人間として、多くの民族が交わる土耳古の地の異なる文化、異なる信仰、異なる暮らしがからみあう中で、時に自信を無くし、屈折した思いを味わいながらも、見聞を重ねていく村田氏。

 国、文化、信仰というものをどう受け止めるか?というメッセージの色も濃いが、百年前の青年の、少し幻想的でもある異国体験記としてわくわくしながら読める。

 同じくディクソン夫人の下宿に暮らす独逸人考古学者オットーのいかつい顔、理に勝った熱弁。遺跡を研究する希臘人ディミィトリスの何を考えているのか解らない物憂げな眼差しと、深い知性、思いやり。下宿の使用人ムハンマドのムスリムとしての誇り、やさしさ。

 居間でお茶を囲んで皆とおしゃべりをする他愛ないひと時。中庭で雪遊びをした日。遺跡で大きな発見をした喜び。馬での遠出。長旅で寝付いてしまった同朋の為に、鯵の塩焼きを作って食べさせたこと。

 国も育ちも、思考も、性質も異にする友人、隣人たちとの交流の中で、村田氏の中に積もり、育っていったもの。

 大きな時の流れの前に、進む道が変わってしまったとしても、日常の雑事にただ追われるだけの日々に埋もれるとしても、最後まで自分の芯となり、自分を養い、支えてくれるもの・・・大切な体験、大切な思い出・・・。

 思い返す毎にじわじわと胸が熱くなる。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

2007-02-28

家守綺譚 : 梨木香歩

 亡くなった友人の屋敷の家守をしながら暮らす、どこかぼうっとした文筆家の綿貫。生い茂る草木と山裾の疎水からの水が流れ込む池のある庭、座敷を囲む縁側、ひんやりとした土間、小川の魚を狙う鷺が描かれた床の間の掛け軸・・・。お話の舞台としては、ゴシックなお城よりも、贅を尽くした洋館よりも、こんな純和風なお屋敷に私は弱いのです。

 四季折々に屋敷を彩る花、屋敷には時折河童や小鬼、花の化身・・・その他いろいろ正体のわからないものたちが訪れる。亡くなったはずの親友も掛け軸の絵の中から気まぐれに現れる。

 綿貫は家守をしながら、“そんなこともあるものなのだな・・・”と屋敷を訪れる不思議たちの中に身を置く。

 それぞれに植物の名前のついた掌編からなる美しいお話です。手元に置いておくとそれだけで“ほうっ”とする一冊ですね。

FC2 Blog Ranking

theme : 読書メモ
genre : 本・雑誌

プロフィール

やぶからねこ

Author:やぶからねこ

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログランキング
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村 漫画ブログへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
検索フォーム
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
魂に喰い込んでます
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ