2018-03-17

人形たちの夜 : 中井英夫

『人形たちの夜』 中井英夫

 ひとくちに情念といっても近頃のものはどこか作り物っぽくプラスチックな肌触りがするのだが、いまでは様々な事情で目や耳にすることのなくなった言葉をふんだんに用いて語られる昭和の情念はまるで土か泥でも胃の中に詰め込んだかのようにズ~ンと重くこたえる。

 ・・・というような感想を書きかけていたのだけど・・・。最後まで読み通してみるとこれはただ情念のみで語られた物語ではなく、冴えた眼と感性で世の有様を見通し、その上で自分が一人の人間として世の中に在る為に生み出された物語であった。


 とある寺に所蔵された職人尽絵の屏風。その屏風を前にした主人公の中で醸されていた想いを源に物語は生まれ出る。
 ひどく不気味なことがいまにも起るのではないか。~略~ こうして職業がとめどもなく分化してゆくにつれ、人間は少しずつ互いに疎遠になり、ついには他人のしていることがまったく理解出来なくなって、とうとう人形のように言葉も交わさず、表情も動かさなくなるのではないか~

 職人尽しの古い屏風絵から、あまりに細分化された現代の職業を思い、さらにそこに時代が孕む不気味なものの気配を感じ取る感性はあまりにナイーブで鋭い。

 そのようなナイーブで鋭い心をもつ主人公が必要とした物語~もう一つの現実。やがて目にする結末は、読者である私たちにとっても、強靭な意志で独り孤独に物語を語ってきた主人公自身にとっても意外な、そして尊いものであった。

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2010-05-15

虚無への供物 : 中井英夫

 高校に入学したばかりの頃、兄の薦めで読んでいるのだが、色の名を持つ兄弟の話だったこと以外印象にないのは、私に中井英夫を読む資質が薄いからなのだろうなぁ。


 洞爺丸の事故で両親を失った蒼司、紅司兄弟と従兄弟の藍司、叔父橙二郎・・・氷沼家を覆う暗い噂と悲劇の影。影が一つずつ実体となっていくかのように現れる密室と横たわる死体。次々と氷沼家にふりかかる悲劇は、ただ“無意味な死”なのか? それとも何者かによる殺人なのか? 
  
 舞台は洞爺丸沈没事故のあった昭和二十九年から三十年。さすがに今読むと古めかしい感じがするだろうと思ったが、意外にもモダンな質感。(「モダン」という言葉を思い浮かべてしまうのが、すでに古めかしいっつったら古めかしいし、昭和の風景に古さを感じないのは、私が昭和の女だからかもしれないが・・・)

 探偵小説談義、呪い、予言、薔薇や不動をめぐって囁かれる因縁譚。現実の事件は非現実の領域に引き込まれ、夢幻の類の想念の中から現れた人物たちが現実の事件に姿を見せる。

 この現実は果たして本当の現実か・・・ 非現実の側に自分の現実を打ち立てようとする青年の暗い心。

 虚無・・・現実と非現実が平気で入れ替わってしまう世界・・・この作品には、大量に人が死んだ戦争の落とす影が濃い。しかし、現実が多層化する、非現実が現実となる・・・そんな危うさは今もある、と思うと、やはりモダンな作品。


新装版もあるけれど、『虚無への供物』といえば、やっぱりこの↓表紙。

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2008-11-15

黒鳥の囁き : 中井英夫

黒鳥の囁き / 中井英夫

 「鏡のなかへの旅」「空き瓶ブルース」「死者の誘い」「炎色反応」「黒鳥の囁き」


 ・・・いたたまれない。

 壮麗で背徳的で、深い闇のような幻想の世界・・・というのではない。闇の色をした幻想の底の物語であることは間違いないのだが、何というか、もっとこう・・・しょぼくれた・・・情けなさ、やるせなさを、どうしようもなく感じさせる。

 底なしに広がり、誰彼となく飲み込んでいく夢幻ではなく、一人の男の、一人の女の胸に閉ざされた妄想、夢、執着、そこに連なる現実。

 幻想と言えども妖しく美しいばかりではない。苦く、みっともなく、しょぼしょぼとしていながらも、しかしこちらを怯えさせるような度を過ぎた熱狂を秘めた五篇の短編。

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