2015-07-04

蚊がいる : 穂村弘

『蚊がいる』 穂村弘

 「世界」と「自分」との間のズレに戸惑う。自分の感覚や決断に確信が持てない。結果、なんだか色んなことが曖昧なままふわふわしていてどうすればいいのかわからない。いつもの穂村氏である。

 いや、でも。そもそも、「世界」と「自分」との間のズレや、自分の曖昧な在り方なんかに気づいてしまうのは、穂村氏が「短歌」という武器を手にしてしまったからじゃないのか? 「世界」や「現実」の本当の姿を見る鋭敏な感覚と、その「本当のこと」を言語化する歌人としての能力がなければ、自分が感じている違和感の正体なんか良くわからないままぼんやりと現実に馴染んでいくしかないのだ。

 もしも、歌人であることよりも現実と折り合いをつけることの方をとりたいのならば、さっさと「短歌」という武器を捨てればいい。・・・と思うのは、まぁ私のやっかみであるが・・・。

 それにしても、歌人として現実の中にちゃんとした居場所も得て、さすがにもう現実とのチューニングだって合わせられるようになっているんじゃないの? 「短歌」に加えて「内気キャラ」「現実が怖いキャラ」という武器まで手に入れようなんてズルい、と思う。

 でも・・・ある短歌大会の会場で目にしてしまったのだ。

 会の実行委員より「入選者に賞状を渡してください」と頼まれ司会者の傍に立った穂村氏の動きは、会場中の誰よりも(憧れの穂村氏を前に緊張する入選者や、慣れない物販コーナーでの接客にまごつく普段は深窓の奥様らしき女性たちよりも)ぎこちなく、視線は落ち着きなくさまよっていた。おそらく、『入選者に賞状を渡す』っていう一連の動作の正解がわからなくなっちゃったんだろうなぁ・・・。実行委員のおじいちゃんに救いを求めるように向けられた壮年の穂村氏の目。会場の片隅でこっそり思った「・・・穂村さんて、本当に・・・そうなんだ。」




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2015-01-17

異性 : 角田光代・穂村弘

『異性』 角田光代・穂村弘

 角田光代さんがご自身の体感として書いている感情や感覚、女性にみられる傾向などが、なかなか私の中には見当たらない場合もあり、やっぱり「男性は○○」「女性は☆☆」っていうふうに単純に割り切れるものじゃないよなぁ~とは当然思う。角田さん、穂村さんのお二人も、なにか結論めいたことを語るわけではない。ただ、女性である角田光代さんと男性である穂村弘さんが互いの話を受けて問い、語り、自問するその言葉に、「うっわ、そうなんだ?!」 「なるほど、そういうことか!」と驚いたり、膝を打ったりすることがある。

 ひとつには、「おごり/割り勘」問題。「おごってもらうのが当然と思っている女」「割り勘女」「おごるのを当然とする男」「割り勘男」。そもそも、なぜそのような差異が発生するのか? それぞれのタイプの生態は? そこに容姿の美醜は関係するのか? 単なる運か? 四者の間の関係性は? ご自身の体験、身近な人たちの言葉、態度を反芻しながら、「おごり/割り勘」問題の諸様相をひもといていくくだりはスリリングでさえある。ことは、私が思っていたような「女性の自立心の問題」なんてつまんないものではないようである。
 
 そしてもうひとつ「目からウロコ」であったのは、男女の「所有感覚」の差異について。男はある対象を見たり、思い浮かべたり、名前を唱えるだけで、それを「所有」することができる。そうかぁ・・・、そうなのかぁ・・・。



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2014-06-07

世界中が夕焼け 穂村弘の短歌の秘密 : 山田航・穂村弘

『世界中が夕焼け―穂村弘の短歌の秘密』  山田航・穂村弘

バービーかリカちゃんだろう鍵穴にあたまから突き刺さってるのは
               『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』


 鍵穴に頭から突き刺さった人形。山田航氏はこの一首から、鍵穴に人形を突き刺すことによってその扉を開けようとした人物の狂気とも言えるほどの強い意思と、その狂気への作中主体(まみ)の共感を読みとっている。

 通常の方法では開かない『未知の空間』への扉が、リカちゃん人形の首でなら開くかもしれないと思うその切迫感にはゾクリとする。だけどやっぱり、鍵穴にリカちゃん人形を突き刺す人のヒリヒリ感よりも、鍵穴に人形を突き刺しかねない人が、それでもちゃんと鍵穴には鍵を差し込んでいる痛々しさの方が私は好きなのだ。

 ・・・などと思いながら読んでいたが、穂村弘氏がこの歌に込めた情景はもっと壮絶なものであった。バービーもしくはリカちゃん人形は誰かの手で鍵穴に差し込まれたのではなく、その扉を開けるべく自ら命懸けで鍵穴に飛び込んだのだ。歌われたのはそのミッションに殉じた彼女たちの姿。

 何と言うか・・・穂村氏の抱えている欲求は、私が思っているのよりもはるかに強いと、いつものことながら思い知らされる。私の欲求なんて精々“世界の中にいる自分を肯定したい”というとこであるが、穂村氏は世界に呑み込まれない個を希求する。

 穂村氏は、神のような絶対的なものや、世界という無限の広がりを持つものに対して、「夢に出てきたガールフレンドの髪型が中途半端」であったり、「一億年後の誕生日が曇り」であったりする今一歩残念な感じだとか、ドラマ性の無さこそが『個としての人間の尊厳』であるという。
 
 「ちっともドラマチックじゃないこと」や、「世界よりも圧倒的に小さくて有限であること」を武器にしてまで世界に抗いたいという穂村氏の欲求の強さにただ絶句する。

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2013-03-30

手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ) : 穂村弘

『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』 穂村弘

 人が不用意に触れてしまうだけで瀕死の火傷を負ってしまう魚だか蛹だかの話を聞いたことがあるような気がする。

 まみという女の子も、不用意な何かに触れられると熱を出したり、火傷をしたり、死にそうになったりするんだろうか? 熱っぽくて、粘膜質っぽい女の子は、生よりも死を実感したがっているように見える。

 甘い甘いデニッシュパンを死ぬ朝も丘にのぼってたべるのでしょう


 それは・・・、好きなものも食べられなくなったり、死なない為に好きな食べ物も自粛したりして生きた末に訪れる死とは全く異質な死なのだけど。

 そんな少女性に宛てて書かれた手紙(歌)。




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2013-03-09

君がいない夜のごはん : 穂村弘

『君がいない夜のごはん』 穂村弘

 「食」にまつわるエッセイ集。

 自分の味覚に確信が持てない。美味しい食べ物をだいなしにしてしまう逆ソムリエとでも言うべき言葉力。自分が関わると見る間にぐだぐだになっていく食べ物。「食」に対する自分の不甲斐なさをとめどなく語る穂村氏であるが、何かを食べることのほんわかとした幸せ感は伝わってくるのだ。砂糖入りの甘い麦茶、布団の中でかじる菓子パン、半分だけめくったラップの隙間からのつつき食いなんて、世界一幸福な「食」ではなかろうか。

 しかし、巣の外に一歩でると、そのあまりに無防備な「食」の幸福は様々な危機や罠に遭遇する。どんどん巨大化していく危機、巧妙化していく罠に、穂村氏は恐怖しながらも必死の応戦を!


 ご自身の惨憺たる?「食」との戦いっぷりを見ているのは、残酷なくらいに執拗で精巧で冷静で強靭な歌人の目なんだろうに・・・と思う。「うさうさ」とか言ってウサギを撫でて見せてもダメだぞ・・・と思う。でも、その怯えっぷり、戸惑いっぷりは本物なんだろうなぁ。アンバランスな人だなぁ。魅力的で困る。

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2011-07-09

絶叫委員会 : 穂村弘

『絶叫委員会』 穂村弘

 思わぬ一言が、普段何の疑問も不都合も感じていない日常の壁を突き抜け、世界が混沌とした底なしの広がりを隠していることを暴いてしまうことがある。例えば、中国製ねずみ花火の説明書き。

この花火はぐろぐろ回ります


 そんな、日常の割れ目、世界の深淵を垣間見せる言葉に出会っては、ときめいたり、恐怖したりで“うわぁ~っ”ってなっている穂村氏を見て、私も違う意味で“うわぁ~っ”と思ってしまう。

 何と言うか・・・日常の中に稀に降ってくる、そういう奇跡的な言葉に対する穂村氏の憧れは強すぎる。その憧れの強さは、「日常」とは次元を異にする「世界」への畏怖ばかりじゃなく、“自分の言葉で世界への入口をこじ開けたい”という欲求の表れでもあって、そんな怖い欲求を持てる人の心の強度に、私は“うわぁ~”ってなってしまうのだ。


 本書の中で、穂村氏は「言葉」によって「日常」にできた割れ目から「世界」が、予想外に可愛かったり、怖かったり、理不尽だったりする姿をのぞかかせる瞬間をたくさん書いているが、先日読んだ保坂和志氏の『世界を肯定する哲学』も、「世界」と「私」のありようについて「言葉」で考察する内容であった。

 保坂氏も、穂村氏も、「世界」と「私」、そして「言葉」にこだわっている。「言葉」の体系を、見る、聞く、感じる、思考する、伝える、等々々々・・・様々な演算を行うためのOSのようなものとして意識されているところも、お二人に共通しているように見える。さらに、保坂氏にとっても、穂村氏にとっても、「世界のリアリティ」に触れる感覚というのは、「日常」を曖昧に生きている中では感じることのない、「日常」もしくは「私」と「世界」との間にある「ズレ」に気付くことでもたらされている。ただ、その「ズレ」との出会い方には、お二人それぞれの個性があるようで・・・。

 保坂氏は、『中学二年の夏の終わり、部屋の窓を開けると外の風が予想以上に冷たかった。』というご自身の体験・・・その時身体に感じ、心に思った、通常は言葉になる以前の様々なことを出来る限り精密に言語化する~思考するための「言葉」の精度をジリジリと上げていくという方法で、「私」と「世界」のズレを検出してみせる。

 穂村氏は、吉行淳之介の『おい、驚いたよ。俺ん家にもうひとつ部屋があったんだ』という言葉や、池の側の看板の『噛みつきますから白鳥に近づかないで下さい』によって、突如顕わになる「日常」の割れ目、「世界」の歪みにわなわなしている。「天使的」、言葉の「翼」、「飛翔」・・・何かを一気に飛び越える「言葉」にわなないている。


 

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2011-05-28

短歌の友人 : 穂村弘

『短歌の友人』 穂村弘

 穂村氏が近・現代の短歌について考え綴った文章をまとめた歌論集。短歌という表現形式の特性、短歌という形式で発せられる言葉によって、そこに何が現れるのか・・・穂村氏の文章を通じて、これまでほとんど縁のなかった短歌の世界に触れる。

 引用された歌からも、それらについて思考する穂村氏の文章からも、喉元まで迫った叫びのようなものが・・・幻聴のように聞こえて来るような気がして苦しい。

 世界の中から其処此処に漂う目に見えぬもの、形を持たぬものを掴み出して、自らの言葉の内に捕らえる~不定形な世界に自分の言葉で形を与える。短歌という「世界」と「私」が直結するような言葉を選んだ人たちの、倣岸とも思えてしまうほどの心の強度、世界に対する執念はどこからくるのだろう?

 自分の発する言葉に対する強烈な自負、執念の一方で、穂村氏の文章からは、自分が摑みだそうとしているものへの怯えのようなものも感じるのだ。

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2010-12-25

ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi : 穂村弘

『ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi』 穂村弘

 沢山の沢山の沢山の沢山の「普通」の中で、何故だか…でも、それはもう明らかに(良くも悪しくも)「特別」であった街の景色、恋人のしぐさ・言葉、妄想の類かもしれない幻。

 ほんの一瞬の「特別」が、時とともにどこかへ流されて消えてしまわないように、その瞬間の心臓の音と一緒に永遠にピン留めする三十一文字。

 ひとつひとつ丁寧に執拗に切り取られピンで留められた「特別」。

 「普通」の中に紛れ込んだ「特別」につけられた印 ~ ラインマーカーのポップさだけでなく、ピンで刺して留める偏執ぶりを何だか感じちゃうんだけども・・・



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2010-10-23

どうして書くの? ― 穂村弘対談集

『どうして書くの? ― 穂村弘対談集』

 穂村弘 × 高橋源一郎、長嶋有、中島たい子、一青窈、竹西寛子、山崎ナオコーラ、川上弘美

 今の人間同士は、それが誰と誰であろうと、何というか実際に会う前から噛み合ってるんじゃないか。

 根本的に世界が耕されているというか、生きている場自体ができあがってしまっている、と思うのだ。

 本書は言葉を書く人間同志の「書くこと」についての対談集である。

 前述の世界と人間の変化をたぶん全員がどこかで意識しながら、「書くこと」について真っ直ぐにしつこく語り合った記録だ。



 どうして書くのか? 穂村氏においては「生き延びる」~ただ現実の中で生活する~のではなく「生きる」ということが繰り返し問題にされている。(「生き延びる」と「生きる」という感覚については、『整形前夜』の中でも語られているし、『短歌という爆弾』には「我々は『大過なく生き延びるため』にこの世に生まれて来たわけではない。」という記述がある。)


 明治期や戦後の大歌人たちの発する言葉の強さ、その言葉を生む内面の濃さは、「近代の始まり」あるいは「戦争」という時代における世界の重量、圧力と対応したものなのか。だとすれば、「日本中がコンビニの中みたいになった現象」の中で生きる自分たちが発する言葉は、かの大歌人たちの言葉に匹敵する強さを持ち得るか? 太刀打ちできるわけが無いという怖れと、言葉で世界と相対している者のプライドと・・・。

 言葉によって世界と関係する、もしくは言葉によって世界を押し返す。世界の中で「生き延びる」のではなく「生きる」ということ。


 「書く」人たちの言葉を「読む」者として目にしながら思うのだが・・・ 「生きる」ために発せられる言葉の強さよりも、「生き延びる」ための言葉に込められた誠実さの方が私には好ましい。

 一青窈さんとの対談の中で、「何かを伝える」ということを「水を飲ませる」という行為に例えて語り合うくだりがある。誰かに水を飲ませようとする時、水をコップに入れて渡すというのは誰にとっても一番抵抗の無い言わば「生き延びる」ための言葉であり、もっと強い何か~「生きる」ということ~を望むことから、例えばスポンジに含ませた水を口元にたらすとか、口うつしで水を飲ませるという行為~「生きる」ための言葉~が生まれる、と言うのだが・・・

 コップの無い場所で、もしくはコップというものの存在を知らない人から(どうしてもコップを粉々に握りつぶしてしまうという人もいるかもしれない)、口うつしやスポンジに含ませて与えられた水には間違いなく大変な価値がある。しかし・・・コップの存在と使い方を知りながら口うつしやスポンジで水を飲ませようとする行為は、どうしてもその突飛さ、身勝手さが鼻について、コップに注いだ水を差し出す誠実さ(コップの中で水が少し居心地悪そうにしていたとしても)よりも価値のあるものだとは思えない。

 それに、水を口うつしやスポンジに含ませて飲ませる行為は、コップが存在する世界でこそ「生きる」ための言葉だが、コップが存在しない世界でのそれは「生き延びる」ための言葉だ。「生き延びる」ための言葉を侮ってはいけない。

 ああ、しかし・・・だからこそ穂村氏は問うているのか。どこに行っても“コップの存在しない場所”など無い「日本中がコンビニの中みたいになった」世界 ~「生き延びる」ための言葉が無くても「生き延びる」ことができる世界~ で、自分たちが発する言葉とは何なのか? どういうものであり得るのかと。

  

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2010-04-17

整形前夜 : 穂村弘

「貴様、変装しているんだな。分かったぞ、貴様明智だろう。明智小五郎だろう」

「ハハハ……、やっと分かったか。お察しの通りだよ。君をこんな目に合わせる人間は僕の外にはありやしないよ。」    『人間豹』 江戸川乱歩


 ・・・なんという・・・。あぁ、これは、なんという・・・。

 パラパラとページを捲っている段階で、目に飛び込んできたこの言葉・・・「来れ好敵手」というエッセイ(乱歩の全集に寄せられたものらしい)の中で引用された『人間豹』のこの一節に、もう・・・胸を撃ち抜かれてしまったのだよ。

 殺人鬼・恩田とそれを追う探偵・明智小五郎の間に交わされる台詞の、何と危険で甘美なことか! 

 この台詞を目にしてしまった後では・・・、穂村氏には申し訳ないが、他の言葉はもう随分とうっすらとしか見えないのだよ。


 ・・・とは言っても、やはりドキンとさせられるのは、穂村氏が持つ「世界」の感覚。ただ『生き延びる』ためだけの現実=『生活世界』に違和感を感じ続ける『異次元への憧れマニア』穂村氏には、はっきりと存在が感じられるもう一つの世界があるらしい。穂村氏に限らず、『生活世界』とはズレた世界をまとっている人がいる。私には見えようのない世界だが。

「フィリップ・マーロウ」には「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」(『プレイバック』)という有名な台詞があるが、私はそれに加えてもうひとつ、「桃色の虫」が見え、幻の「鐘」が聞こえなければ、「生きている意味がない」と思うのだ。



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