2012-03-03

葬送 : 平野啓一郎

『葬送』 平野啓一郎

 すごく漠然とした感覚ではあるんだけど、クラシック音楽や芸術を深く愛好するわけでもない私にとって「ショパン」とは、作曲家、芸術家として意識されていた訳ではなくて、高校の初め頃までなんとなくだらだらと通っていたピアノ教室で練習したり、友人が音楽室のピアノで遊び半分に弾いてくれた曲・・・そうやって自分や友人が「何気なく“今”弾いている“曲”」のことだったような気がする。

 この小説の中で、生き、生活し、苦悩するショパンを見て、初めて自分の中に「人」としてのショパンは存在せず、「曲」としてのショパン(しかもとてもライトな)しかいなかったことに気づき、驚いた。そして、小説の中でショパン自身が、いずれは遺された作品や肖像画こそが“ショパン”となり、そこから零れ落ちる“ショパン”を掬い上げるものはいない・・・ということを語っていることに胸が少し痛んだ。 


 19世紀のパリ。その“天才”によって類い稀な作品を生み出した芸術家 ~どれほど悩み苦心して書き上げたものだとしても、その苦悩の後を一切残さぬ繊細で華麗な音楽を生みだすショパンと、芸術とそれを生み出すべく自らに与えられた才能のために、自分自身が鼻面を引き回され、生活を食い尽くされ、恐ろしい孤独にさらされても、絵画にその全てを捧げ描き続けるドラクロワ。社交界での華やかな交友。愛する人との間に交わされる言葉。疎遠になっていく人との間ですれ違う想い。失われてしまった人や時間をめぐる回想。内省的な独白。煌めく才能に恵まれながら病に侵され衰えていくショパンに、あるいはドラクロワの渾身の天井画に注がれる人々の眼差し。それらが互いの隙間を埋めるように幾重にも重ねられ、描き出されていく彼らの芸術と生活、そして、その時代。

 何層もの言葉を重ねて構築されたドラマの中から、自分を取り囲む人たちの言葉の、表情の、しぐさの意味を読み違えまいと心を砕くショパンや、どんなに苦心して言葉を選んでも、言葉が自分の思いを正確に伝えないことに落胆するドラクロワの姿がふと立ち上がってくる。


 

 

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2009-01-07

一月物語 : 平野啓一郎

 わけのわからぬ「情熱」とでもいうようなものを抱えて、神経衰弱気味に自分探し(というか「自分なくし」というか・・・)の旅にある、美貌の青年詩人・井原真拆(いはらまさき)。

 山中で迷い、怪我を負い倒れた真拆は、僧・円祐に助けられる。数日を、円祐が暮らす山中の小屋で過ごす真拆に、夜毎訪れる不思議な夢。夢に現れる、顔の見えぬ女の美しい裸体。現実と交錯する幻。円祐が匿う謎の女。

 夢の女に激しく魅かれていく真拆。その情熱が極限に達したとき・・・。


 殊更に古風な漢字を使い、魔的に美しい夢幻のような舞台が整えられたこの作品・・・幻想的な小説かとも見えるが、実際には一人の青年の“自分探しの果て”とでも言えそうな、何だかえらく現実的な問題が描かれている。精神的・観念的な問題なだけに、すぐに幻の世界へと同化して行ってしまい、つい幻想的なめくるめく感覚にとらわれてしまいがちなのだけど・・・。

 描こうとしていること、そのための道具立てには、「日蝕」と共通するものがあるように思われる。

 真拆は、 ~略~ 自分を織り成す社会と自然と云う二色の糸を解いてしまった後に、猶南京玉のように残る個と云うものの存在を発見して驚喜した。それが純粋に一つの価値を有する世界を想った。己の情熱が、己のものとして成就する明日を想った。


 夢の女との愛が成就する一瞬に、「自分探し」の果てを見た真拆。


 中島らも氏がエッセイ(「恋は底ぢから」)で引用されていた、稲垣足穂が語ったという「詩というのはね、歴史性に対して垂直に立っているのです。」という言葉。真拆がたどりつこうとしたのは、ここではなかったのか。

 詩人として、恋する男としての、歴史性(日常)に対する垂直方向への果てしない飛躍。女との愛の成就が、そのただ一度の飛躍だったのではないかと。

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2008-10-08

高瀬川 : 平野啓一郎

 実験的ともいえる短編4編を収録。私は「清水」と「追憶」が好きだ。
 
「清水」
 境界が曖昧に溶けていく記憶と現実の間。記憶の中の現実の切れ間に閃く、肉体が感受する光、音、映像。
 
 浮遊するように、幻のように、心の世界へと沈んでいきながら、外界と感応する肉体へと繋がる糸を手放さない ~ 私が存在する境界。


「高瀬川」
 男女の性的な交わりが延々と描写される。肉体的な感覚を拠り所にしながら、その側に口を開いているもう一つの世界に身を浸そうとしているような・・・。「清水」を裏返した作品のように思える。


「追憶」
 白い頁にポツリポツリと散る言葉。文脈があるのか、ないのか・・・頁の上にパラパラとこぼれた言葉は、細く透きとおった糸で繋がれ、「誕生」と「不在」、「輝き」と「孤独」を萌え立たせる。

 埋もれていた一編の散文詩から、記憶の表に浮かび上がってくるように、白い空間に現れる言葉。とりとめなく浮かんでは消えるその言葉は、綴られた文章よりも深く心を抉る。 

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