2013-06-15

歳月なんてものは : 久世光彦

『歳月なんてものは』 久世光彦

 マレーネ・ディートリッヒ演じる女間諜の映画を見て、その安手の哀しいストーリーに声を忍んで泣き、そうして自分が泣いていることが嬉しかったという久世少年は、なんと大人びた、夢見がちでセンチメンタルな子供なんだろう。久世少年がディートリッヒの映画を見たという阿佐ヶ谷の木造平屋建の小さな映画館のことは、兄や姉、他の誰に訊いても知らないと言うのだそうだ。


 1章に「鮮やかな人たち」と題して、久世氏が関わった俳優たちの話、2章は本や映画や少年時代に見た光景の記憶「本と少年幻想」。

 久世氏のエッセイを読んでいると、はっとするような美しい言葉や、温度と湿度を持ってからみついてくる感傷的な言葉に出会う。

 『火灯しごろ』の銀座だとか、映画のラストシーンに『嫋々と』流れるウィンナ・ワルツの調べだとか、普段の生活では耳にも目にも口にもしないこれらの言葉に、瞬間、心が飛ぶ。私の知らないはずの風景や記憶を語るその言葉に、きゅうっと胸が痛く、切なくなる。

 そしてまた久世氏の言葉は、雑事にまぎれてちゃんとすくい取ることもしないままに忘れかけていた気持ちにすぅっと触れていくのだ。

どんなに哀しいだろうと思って、人は泣かない。どんなに嬉しかっただろうと、その気持ちを察して泣くのである。





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2011-04-30

書林逍遙 : 久世光彦

『書林逍遙』 久世光彦

 『美の死―ぼくの感傷的読書』にしても、『花迷宮』にしても、久世光彦氏の語る読書体験は、幼い日の記憶、青年の繊細であったり怪物的であったりする自意識、時代の空気、幻視の光景などといったものたちと、夢とも現ともつかないほど分かちがたく絡まって、疼くように熱っぽい。

 失われていく時代への郷愁、美しさへの憧憬、少年の心にしまわれた後ろめたさと羞恥、死の匂い。

 じくじくと、甘い匂いと痛みの混ざった感傷にずぶずぶ巻き込まれて、生暖かい涙を流してみたくなる・・・不思議な心持ち。

  

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2010-08-21

蕭々館日録 : 久世光彦

 小説を書いている父さま・児島蕭々の書斎には、いつもおかしな大人たちが集まってきては、他愛もない遊びや議論に興じている。私~五歳の少女である麗子は、書斎に侍ってそんな大人たちの姿を見つめている。

 美学者の迷々さん、精神病院のお医者様並川さん、金貸しの中馬さん、かけだし編集者の雪平さん、文士の蒲池さん、そして九鬼さん。もしかしたら、「蕭々館」に集まってくる大人たちは、もうどこにも見当たらなくなった「高等遊民」たちの真似をして、過ぎていこうとする時を、間もなく失われてしまうであろうもの(もう失ってしまったかもしれないもの)を惜しみ、愛し、その惜別の情を他愛のない喧嘩や悪ふざけに紛らしているのかもしれない。

 馬鹿騒ぎの最中も、「蕭々館」の大人たちは、時に“悲しいことも無きに泣き”そうな顔をしている。そんな大人たちの中で、麗子を堪らない気持ちにさせるのは九鬼さんである。麗子も、「蕭々館」の大人たちも身体のどこかで、九鬼さんもまた“間もなく自分たちの前を去っていくもの”であることをわかっている。

 長い髪を無造作にかき上げる九鬼さん。インバネスを風に弄らせた鴉のような九鬼さん。肋の浮いた九鬼さんの胸。心から笑ったときにだけ浮かぶ笑窪。迷子のように怯える姿。時に見せるぞっとするほど冷たい目。九鬼さんのことを想うと麗子は下腹のあたりがもぞもぞする。沢山の智恵も才能も持っているのに幸せそうでない九鬼さんがあんまり可哀相で、麗子は声を上げて叫びそうになる。


 九鬼=芥川龍之介、蒲池=菊池寛、児島蕭々=小島政二郎

 一種のかわいた明るさを持ったせつなさ ~ “悲しいことも無きに泣きたい”気持ちを抱えた、愛(かな)しくて哀しい大人たちの世界を、遠くへ行ってしまうものたちの後ろ姿を、久世光彦の目を持った五歳の童女・麗子がじっと見つめ、見送っている。

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2010-04-14

百けん先生 月を踏む : 久世光彦

 久世氏が夢想する昭和二十二、三年頃、小田原・・・古寺の仏具小屋に棲みついた百けん先生と、小坊主・果林の奇妙な日々。

 山腹の<経国寺>、海に近い<抹香町>の娼家<碇屋>、饂飩を食わせる食堂<達留満>の間を行きつ戻りつしながら百けん先生が書く、流れ出た夢のような作中作には、内田百間のシュールと久世光彦の感傷が入り混じる。

 長い別れの予感に似た不吉さを湛えた、怖いような懐かしさと倒錯気味な幸福感に、少し・・・胸をかきむしられるような気がする。

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2010-01-13

逃げ水半次無用帖 : 久世光彦

 憂いを帯びて艶っぽく匂うように美しい半次。近づいたと思うと姿は無く、いつの間にか遠くでゆらゆら揺れている逃げ水のような半次。気の狂った半次の母は、幼い半次をおいて、吹雪のように花びらを散らす桜の枝にぶら下がって死んだ。


 半次が世話になっている、居ながらの佐助・娘御用聞きお小夜父娘のもとには界隈で起こる不思議な事件が持ち込まれる。

 首を括った女とそれを見上げて哂う子供。暮六つの鐘が鳴ると気が違って走り出す振袖娘。墓場から消える老女の死体。少女の千里眼。身分違いの恋。正気を無くした男の一人二役。

 どれほど生きて欲しいと周りの者が願っても、ふぃっと死んでしまう者があり、どんなに深い地獄を抱えていても死ねない者がいる。人の心には、外の者には手の出しようのない、それぞれの平安と闇がある。人の心の解らなさ、届かなさ、頼りなさ。そしてあまりにも近い「死」というもの。

 人の心の中には、明るい日の下に曝したら可哀相なことが、誰にもある。そんな悲しい心が忍び歩くために、暗い、寂しい夜はある。



 虚無・佯狂・浮生・告解・因果・不定・・・。それぞれに哀しい事件の謎解きは、やがて半次の中の虚無を解く事件へと繋がって行く。


 半次に関る女たち・・・キャンキャンと子犬のように可愛いお小夜も、気のいい夜鷹のお駒も、実相寺の年とった庵主花幻尼も、事件の中の女たちも、半次と寝た沢山の女達も、狂って死んだ半次の母も、息苦しいほどに「女」である。悲しくて、怖くて、優しくて、可愛くて、寂しい女。

 この「女」たちは本当の女だろうか? 男の夢の「女」ではないか・・・。

 心が死んでも身体が男を求める女。哀しくても、怨んでいても、優しく男を抱きしめる女。後ろめたさを感じながらも、そんな哀しく優しい女に包まれていたい男。恥じらいを含んだように少し被虐的に甘く匂う男の願望。

 女たちの生暖かい心が、体温が、悲しい、怖い思い出に浸された半次に絡みつき包み込む。

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2008-10-01

謎の母 : 久世光彦

 黒いインバネスを羽織り、だらしなく涎で汚れた口で悪態をつき、卑屈に詫び、酒で濁った目で女にからみつきながら、少女・さくらには大切な「約束」ということを口にした小説家・朽木糺。

 嘘つきで薄汚い小説家が抱く真実に、十五歳の女学生である少女は撃たれる。少女には小説家が、世の中への恥じらいに身をよじる幼子に見え、少女は小説家の「母」になる。

 朽木とこの世での「信義」を分かち合い、朽木がたどり着くしかない死を予感しながら、幼子である朽木を、悲しくも強い目をして胸に抱いた「母」である少女。

 
 まだ十五歳で幼さもある女学生でありながら、自らを、すべてを包みこみ抱きしめる母であると思う少女の心理が恐ろしくも感じられる。そのような少女が男性である久世光彦氏によってが描かれるということが、その時代、男女の心にあった不安、切ない希望、誰かの胸に身をゆだね抱かれることへの欲望・・・そういったものをより濃く、少し倒錯的に感じさせる。

 久世氏の言葉には粘度があり、匂いがある。皮膚感覚・・・特に粘膜系の感覚を刺激される。だらしなくて滅茶苦茶な小説家・朽木糺がその身に漂わせる匂いを思うとき、少女は「下がらない熱の匂いともちょっと違い・・・」と、心でつぶやくのだが、「下がらない熱の匂い」! ああ! 感じられる! これ以外の言葉では伝わらない、病の床の熱っぽさ、湿気、少し酸っぱいような、甘いような匂い。こういう言葉を読むと、しばし恍惚としてしまう。


追記

 以前、「人間失格」を読んだ時に、「恥」と「恥じらい」という感情について、私はこんな感想【http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-110.html】を書いている。そして、太宰とダブる小説家・朽木糺が、無頼を気取りながら、身に纏いつかせているのは「恥」ではなくて「恥じらい」で・・・。十五歳の女学生は朽木の無頼を、恥じらいを、母のように抱きしめ、母のように突き放す。

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2008-02-20

飲食男女(おんじきなんにょ) : 久世光彦

 「怖い絵」、「花迷宮」など、久世光彦氏の文章を読んで感じるのは、西向きの部屋、濃い色をした夕陽、ねちっとした汗、花や果実の匂い、うしろめたさ、湿り気・・・。

 食べ物の記憶、感触とともに浮かび上がってくる女たちの姿・・・味覚・嗅覚・聴覚・視覚そして皮膚感覚すべてで感じる、現実と夢と妄想の間で描かれる19の掌編。

 私がこの本を読んだのは、うららかな春のことだったが、春の爽やかな風を感じながら読むのは相応しくなかったかもしれない。読むなら、春以外の季節(春に読むなら桜満開の中に限る)、夕暮れから夜中にかけてをおすすめする。

 これまで読んだ久世作品の湿度のもとは、じっとりと皮膚にぬめる汗だったように思うが、この19の掌編の中では汗とともに色々な雨が作品を濡らしている。うしろめたさの中に寂しさと悲しさ、少しのやさしさが感じられるのは、この雨の湿度のせいかもしれない。

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2007-05-05

一九三四年冬-乱歩 : 久世光彦

 昭和9年冬・・・「悪霊」の連載を中断した江戸川乱歩の突然の失踪。神経衰弱気味の乱歩が世間から身を隠すように逃げ込んだ、麻布箪笥町「張ホテル」での4日間のできごと。

 仮の名でホテルに泊まり、乱歩の名前から自由になった開放感とともに感じる一抹の寂しさ。かつての創作メモを眺め、またホテルの美しいボーイ・中国人青年の翁華栄や、推理小説に精通した美しい人妻・メイベル・リーとの出会いに刺激され、久しぶりに創作意欲に取りつかれた乱歩は「梔子姫」と題する小説を書き始めるが、隣室に感じる怪異や、まとわり付く正体不明の視線に悩まされ続ける。筆が進むにつれて小説と現実の間の壁が朧になり・・・。

 久世光彦氏が乱歩を見つめ、またあるときは乱歩自身になって書かれた小説。作中の記述や描写に、久世氏の著作「花迷宮」「怖い絵」の中でも書かれていた久世氏自身の少年時代の体験と重なるものが見え、乱歩に随分とご自身を投影して書かれたのだなと感じた。倒錯したエロティシズムとロマンティシズムに溢れた作中作の「梔子姫」も、乱歩の幻の作品というよりも、明らかに久世氏の匂いのする小説。

 作品全体に「屋根裏の散歩者」よろしく、天井や壁の節穴から乱歩をじっと見つめる久世氏の湿った視線を感じる。

 乱歩のチャーミングな描写も良いし、作品上の現実の世界と「梔子姫」の世界の境界がゆるくなり、ふとどちらの世界にいるのか解らなくなってしまう眩暈のような感覚・・・十分に楽しませてもらったのだが、乱歩が滞在する「張ホテル」202号室の隣室・201号室の怪異については翁青年とミセス・リーが推理するものの、尻切れトンボに終わった感じがするのが少し残念。

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2007-03-17

怖い絵 : 久世光彦

 「怖い絵」・・・文庫版の表紙にも使われている高島野十郎の蝋燭の灯りに照らされるように、作中にぼうっと浮かび上がるのは、ロシア正教のイコン、ビアズリーやモローのサロメ、竹中英太郎や伊藤彦造の挿絵、ベックリンの「死の島」、甲斐庄楠音の描く死臭を纏った女。

 それらの絵画は久世氏の体験・・・殊に終戦を挟んだ前後10年、つまり氏の幼少期~20代初めにかけての体験の中で出会い、記憶に深く埋め込まれたものたちだ。戦中、戦後まだ世間は混沌としていて、妙な明るさがあるかと思えば、一寸先の見えないような不安に満ちている・・・身の回りに死や「怖いもの」が沢山あったのだろう。そしてまた久世少年は「怖いもの」にひかれてしまう質だった。久世少年の怖い記憶にはどこか性的なもの、死を想わせるものが潜んでおり、そしてそういうものに惹かれる氏自身の罪悪感、羞恥がからみついている。

 そういう、目を背けたいが、目を覆った指の間から盗み見ずにはいられない後ろめたさ、じめじめした感情がからみついているからこそ、体験の中に埋め込まれた絵画たちは「怖い」。

 「怖い」という感情が育む豊かに暗い世界が垣間見える一冊。 

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2006-12-06

花迷宮 : 久世光彦

 久世光彦氏の幼少時の読書体験に纏わるエッセイ。

 東京は阿佐ヶ谷、時は昭和十四・五年。すぐに熱を出す身体の弱い子供だった“私”は、自然、部屋で本を読んで過ごす時間が長かった。裏庭に面したその部屋の窓からは金木犀が香り、白熱灯の明かりをつけてもむしろ暗く隠れてしまう部屋の闇の中から、私はつねに「あの方」の視線に見つめられていた。

 勲章をつけ、眼鏡をかけた「あの方」の御真影。

 親の目を盗むように大人の本を読む私をいつも見つめている視線。すべてを見られていることに羞恥を感じながらも、「あの方」とつながっていたいという恋情めいた気持ち。甘く倒錯した感情を幼児ながらに氏は自覚していたらしい。

 以前、久世氏の「陛下」という小説を読んだことがある。「陛下」への想いをつのらせ、反乱に身を投じる陸軍中尉の話はこんなところにリンクしていたのか・・・。


 母の目を盗んで、“私”がその部屋で読むのは姉の本棚の少女小説、兄の本棚の冒険小説、父の本棚からは泉鏡花・漱石・岡本綺堂・・・そして乱歩、横溝、「人間椅子」に「真珠郎」。

 まだ5歳の幼児にすぎない“私”がそれらの本の放つセンチメンタリズムに、恐怖に、官能に、淫靡さに身をよじる。

 幼い“私”の記憶なのか妄想なのかも判然としない、まさに匂いたつような暗い花の迷宮。

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