2011-12-28

猫を抱いて象と泳ぐ : 小川洋子

『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川洋子

 どこまでも静かな、悲しみと、恐怖と、充足。


 彼は、十一歳の時のまま大きくなることを止めた身体を小さく折りたたむと、テーブルチェス盤の下のスペースにすっぽりとおさまることができた。

 チェス盤の下にうずくまり身を潜めたまま美しい軌跡を描くチェスを指した“盤下の詩人”リトル・アリョーヒン。いつも彼の心にあった悲しく、優しく、温かいものの姿 ~大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ、細い壁と壁の隙間に入り込んで誰にも気付かれないままミイラになった女の子、甘いお菓子とチェスを愛し廃車バスの中で暮らす太ったマスター。

 何かがいびつなまま、どこにも行くことができない、他のどこにも身を置くことができない不幸と、何ものにも侵されない居場所を与えられた幸福。その与えられた小さな居場所にぴったりと身体を馴染ませて、限りなく広く、深く、暗く、美しい光さす海に静かに潜り自由に泳ぐ。



 
 ああ・・・何を書いても、このひっそりと美しい世界の気配を乱す雑音にしかならない・・・




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2008-07-30

博士の愛した数式 : 小川洋子

 小川氏の小説はしん・・・としている。光、色彩、匂いはふんだんに描かれ、鮮やかに感じることができる。もちろん街の音や人の生活音もあるはずなんだけど、なぜか生々しい音が耳に聞こえてこない。無声映画を見ているように、耳ではなく目で音を感じているような・・・。

 これまで読んだ作品では、その静かさが何か冷たく怖ろしいものに感じられたのだけど、本作の静かさは、明るさと暗さが混ざりながらも、決して冷たくはない。大きな声を出すと消えてしまうものを見つめる眼差しのような、真摯な静かさ。

 事故の後遺症のため80分間しか記憶が保てない数学者。彼が住む離れを訪れる家政婦とその幼い息子。ひっそりと存在するこの世の真実を書きとめた数式をちりばめながら描かれる三人の交流。

 
 純粋なものに触れたとき、どうして心はこんなにも柔らかく、無防備になるのか?

 これまで見えていなかったものを発見する驚きと喜び、それによって生まれた新しく、豊かな意味に浸されるという祝福。

 発見されていなくても、記憶されていなくても、間違いなくこの世界に在るものの存在を想うことの、祈るような美しさ。

 博士と義姉が築いてきた想いは今、どこにあるのか?

 博士は何故、記憶を保てない人として物語に登場してきたのか?


 次から次に色んな想いがわいてきて、とてもひとつの言葉でまとめることが出来ない。すばらしい頭脳を持つ数学者なら、この想いも一つの数式で表してしまうだろうか?

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2007-07-18

ブラフマンの埋葬 : 小川洋子

 「僕」が小さな獣「ブラフマン」に出会い、彼と過ごし、そして彼を葬るまでの短いお話。

 舞台は何処とも知れない村。読むなり、この村は以前読んだ同じく小川氏の小説「沈黙博物館」の舞台となった村に似ていると思った。

 森の木々、丘の草、泉の水、海や空はすべて鮮やかで清々しい色彩をたたえ、確かにそこにはいくらかの人の生活感もあるのだが、村は斜面一面に古代墓地が広がる丘を背負い、その死者の存在感に比べて不思議と「生」のエネルギーに乏しい・・・「生きている」ものの影が薄く感じられる。村には鉄道の駅も、外からの来訪者もあるのだが、この村が本当にこの地上のどこかに繋がっているのかどうか疑わしい気すらしてくる。

 村にある<創作者の家>の管理人である「僕」が親しく付き合うのは墓碑銘を刻むことを仕事にする「碑文彫刻師」。そして「僕」の部屋に飾られ、「僕」を安らかな気持ちにさせるのは、とうの昔に一人残らず死んでしまっているだろう見ず知らずの一家の古い家族写真。「僕」は何だか随分と「死」と近しいものを身の回りに置いている。

 生気の薄い村の中での「生」を感じさせる出来事(村の娘と隣の町から来る恋人との逢引。「僕」の娘に対する恋愛めいたもの)は、まったく何の感情の起伏も熱も感じさせず、ただ記録として書き留められる。

 この小説の中で唯一純粋に生命を感じさせるのは「ブラフマン」だけであり、「僕」と「ブラフマン」の交流は暖かく、微笑ましい。ただ、意地悪くみると「僕」は輝くばかりの「ブラフマン」の生命を貴重な標本を見るように観察していたようでもあり、「僕」がひとしきり「生命」の観察を終えると「ブラフマン」はあっけなく命を失ったようにも見える。

 この小説も「沈黙博物館」のように静かに「死」に包まれていこうとする世界でのお話のような気がする。その中で一瞬生き生きとした姿を見せた「ブラフマン」・・・彼のことをどう受け止めたらいいんだろう? 

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2007-07-14

沈黙博物館 : 小川洋子

 なんだろうこの居心地の悪さは。

 何処とも知れない村に着いた博物館技師の男。彼は荒れ果ててはいるが広大な屋敷に住む老婆の依頼で、死んだ村人たちの形見を集めた「沈黙博物館」づくりに携わる。

 庭師の剪定バサミ、娼婦の避妊リング、美術教師が死の間際までしぼり尽くした絵の具のチューブ、耳縮小手術専用メス、沈黙の伝道師が身につけていたシロイワバイソンの毛皮・・・。老婆と男の手によって“奇跡的な生の痕跡。その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品”が死者のもとから盗まれ、集められ、「沈黙博物館」の展示品として永遠に保管される。

 死者の「生」をこの地に留め続けるために蒐集された形見たち。博物館技師や、彼に仕事を依頼した老婆はその形見に、彼ら自身より雄弁に彼らの「生」を語る何かを感じているらしい。

 ---博物館技師の男はしばしば顕微鏡を覗き、カエルから切り取った細胞、タニシの殻を叩き割って採集した精子に「生命」を感じる。形見といい、この小動物の細胞といい、生きていることから切り離されたモノにより生々しい「生」を感じるなんて何だかグロテスクだ。 そして彼は、とても会いたがっていた兄夫婦に生まれた子供-今生きている生命には結局会えないまま村を出られない。

 彼を取り込んでしまった村は一見人々が普通に暮らす土地であり、色彩に溢れ、臭い、光、闇を感じさせる場面は沢山あるのだけど、不思議と「音」の印象が無い。

 気味の悪いアンバランスさに満ちた小説だった。


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