2015-11-28

未刊行小説集 : いとうせいこう

『未刊行小説集』 いとうせいこう

 先日読んだ『世界の果ての庭』『ワールズ・エンド・ガーデン』の連想で、次はいとうせいこう氏の小説を。

  整理されていない記事や原稿データの詰まった段ボール数箱の中から救出された作品たち。長さも、雰囲気も、題材も、語り口も、色々。

 歌舞伎批評の言い回しで、地球人のお茶の間に様々に「襲来」してきた歴代異星人たちの「芸」を評した『江戸宙灼熱繰言(えどのそらほのおのくりごと)』。うふふふふ・・・確かに、歌舞伎の批評ってこんな感じで語られてるよぉ。リズムも言葉も独特で、劇評自体がひとつの芸!みたいな。その言い回しをきっちりなぞってスクリーンの中の異星人たちの振る舞いを歌舞伎に見立てて評する。何という手の込んだ、そしてバカバカしい遊び!とあんぐりする。でも、異星人たちの語る芸談や、その「役者の意地」を伝える逸話にうっかり感動しそうになるんである。

 『歌を忘れてカナリアに』。ポップスの歌詞をしょっちゅう忘れてしまう旅の男の言葉に誘われてカナリア諸島に向かったミハル。・・・いとう氏の書く島を舞台にした小説は「奇妙なズレ」に頭がじわ~んとして、心地いいんだよねぇ…と、南の島で無期限の休暇を過ごす男がおかしな具合に変容した童話をたれ流す『からっぽ男の休暇』や、南の島で休暇中の男が記す日記と認められる手紙の虚実が混ざり合う『波の上の甲虫』を思い出しながら読み始めた。

 でも、読み進めているうちに様子が違うことに気付く。男は歌謡曲の歌詞どころではなく自分自身のことを忘れているのであり、失われた何かを埋めるように次々と物語を紡ぐ。記憶と自分を失った男が語る物語はミハルをはじめ周囲の者たちを巻き込み魅了し…。

 これは、『ワールズ・エンド・ガーデン』『解体屋外伝』にも通じるような重苦しい「無」と、悲しみと、遠くかすかな希望をたたえた物語だった。

 
 ところで、私の手元には無残にちぎられた1冊のブックレットがある。有頂天というバンドのCD『BECAUSE』についていたブックレットの一部なのだが、ちぎり取られて私の手元にあるページにはバンドのメンバーをモデルにして書かれたいとう氏の短編『大脱走』が印刷されている。CDは手放してしまったけど、この短い小説とは離れがたくてブックレットから小説の部分だけちぎってとっておいたのだ。この短編は本作品集には収録されていなかった。


【過去記事】
『ワールズ・エンド・ガーデン』・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-16.html

『解体屋外伝』・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-41.html

『からっぽ男の休暇』・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-456.html
  
『波の上の甲虫』・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-23.html






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2013-11-02

想像ラジオ : いとうせいこう

『想像ラジオ』 いとうせいこう

 街を見下ろす高い杉の木のてっぺんあたりに仰向けにひっかかった男の軽妙なおしゃべりが、想像力の中だけでオンエアされる「想像ラジオ」。

 「『想像ラジオ』を受信する」「『想像ラジオ』にリスナーとして参加する」というのは、どこかで、誰かに起きた出来事の(何らかの形での)当事者になる・・・ということだろうか、と思った。それは、3月11日の震災の時に、「このことについて何か考えるためには、私も何らかの形で当事者にならないといけないのではないか」と思ったことがあったからなのだが・・・。

 だから、あの時起こったこと、そして今も続いていることについて考えることを忘れるままにしている自分を思い出さされ、責められているような気持ちにも、勝手になってしまったのだ。しかし・・・

 この小説の語るところは、「どこか遠くに満ちている悲しみ」から、大切な、愛する人を、かけがえのないものを失う、どうしようもない「私の悲しみ」へと収斂していく。「誰かの悲しみ」に共鳴するのではなく、誰にでも起こり得る、想像し得る、「私のもの」であるその悲しみを通じてつながるという可能性について・・・




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2013-01-26

見仏記6 ぶらり旅篇 : いとうせいこう・みうらじゅん

『見仏記6 ぶらり旅篇』 いとうせいこう・みうらじゅん

 『見仏記』を読むと無性に旅支度をしたくなる。お二人の後について一緒に歩いてるような気持ちになる。今回もやっぱりそう。だから、この「ぶらり旅篇」読んでいる最中には、所用で大阪まで来ていたことを幸いに、奈良まで足をのばして、本篇にもお二人の旅の様子が記されている興福寺と東大寺を訪ねてきた。


 特に訪ねる場所を定めず、行き当たりばったり、興味の向く先にふらりと向かうごぶらり旅。心のままに歩いても、何かに導かれるように出会うべきものに出会っていく、または事物がお二人にシンクロする・・・いや、お二人の方が周囲にシンクロしていっているのか。

 自由度が上がった旅は、静かな共感に満たされ・・・しかし・・・お寺との連絡や情報検索のためにしばしば取り出される通信機器・・・「スマートフォン」という単語に、何か妙な力みが感じられて(私の思い違いかもしれないけれど)、“あ、いとうさん、トシとったんだな。”と、なんだろう・・・温いような、さびしいような、可笑しいような、ちょっと、どうしたらよいのかわからない気持ちになる。

 旅の終わりにいとう氏が胸の内でつぶやく言葉。

 御堂の外から経が聞こえてきた。子供の声も聞こえた。お賽銭の音が絶えなかった。人間はそうやって現れては消えるのだ、と思った。点滅のようなものだ。


 「点滅」という言葉にひかれて、陽平君(岡野玲子『ファンシィダンス 4』)の台詞が思い出される。

 ほら! パチンコ屋のネオンサインあるでしょ あのピカピカ光ってる…
 電球は動かないで一つずつ順番に光ってるダケなんだけど
 流れてるよーに見えるでしょ

 ぼくもそうです ぼくも一瞬のぼくの連続です


 二人が言ってることは、それぞれ別のことなんだけど・・・。・・・一つ一つ別々の個体の点滅がそこここで行われることで連続して見える流れのようなものが生まれる・・・。

 いとうせいこう氏と陽平くん、私の好きな二人の言葉がつながりあったようで嬉しかった。




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2012-09-08

難解な絵本 : いとうせいこう

『難解な絵本』 いとうせいこう

 微笑ましいイラストの下に、私小説風、明治の文豪風、論文、宣言文、手紙文、インタビュー記事、スピーチ、雑誌のコラム、警句、前衛詩、独白・・・様々な文体で書かれた文章が並ぶ。どの文章もそれぞれのフォーマットに従って端正に整っていて、文意は明瞭。リズムよく、歯切れよく、言葉のチョイスに知性とユーモアを感じる、このような整った文章を読むのは気持ちがいい。

 これらの文章を書いたのは0歳から12、3歳くらいまでの子供たちである。子供コドモした無邪気で、他愛のない出来事、プリミティブな事柄が、ことさら技巧的な文章で書かれていることが、“ぷっ”と吹き出してしまうような可笑しみを誘うのだが、同時にそのことが、子供の見ている現実が大人のそれとはまったく異質のものであることを浮き彫りにする。子供の現実の中から発せられたこの理路整然とした文章は、大人の現実の中で見れば、「キャーッ」という金切声や、「う○こ」などの単語の連発や、黙々と砂場を掘る行為や、途方に暮れた眼差しだったりするのかも知れない。子供が見ている現実がどんなものかと考えてみるのは、ちょっとした恐怖でもある。

 とは言いながら、もちろんこれは全部、いとうせいこう氏が書いたものである。子供にとってはみんな知ったこっちゃないかもしれない。




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2011-06-15

ワールドアトラス : いとうせいこう

『ワールドアトラス』 いとうせいこう

 いとうせいこう氏の過去の作品はすでに絶版になっているものもあり、入手するためには専ら古本屋やネットオークションをチェックすることになる。この『ワールドアトラス』も、古本屋(ブックオフ?)で探して買ったものだが、購入以来じっくり読むでもなく、かといって本棚にしまいこむでもなく、食卓のあたりに投げ出されたままになっているのを、時々ぺらぺらとめくっては「Varbalian(ヴァーバリアン)」=「言葉の野蛮人」たるいとう氏の文章を拾い読みしている。

 単行本版はもっと大掛かりなものだったようだが、私の買った幻冬社文庫版はコンパクトに編集しなおされていて、いとう氏得意の「意味・物語の書き換え」が辞典形式で展開される。この辞典で世界地図を読み直すと、自分が思っていたところとは全くちがうところに立っている、なんてこともある。一つの言葉に“意味”を結びつけるだけでなく、ついつい暴走気味に“イメージ”を飛躍させてしまういとう氏の感覚には毎度のことながら“こりゃ、私には皆無のセンスだなぁ”と降参してしまう。

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2011-05-11

植物はヒトを操る : 竹下大学・いとうせいこう

『植物はヒトを操る』 竹下大学・いとうせいこう

 ある種の昆虫の雌の姿そっくりの花をつけて、雄の昆虫を招き寄せ、蜜を与えて花粉を運ばせる植物の恐るべき戦略! “良くできてるなぁ~”と感心してるばかりじゃない。人間も、その植物の能力の虜なのだとしたら?! 人間を意のままに操るために、植物はその美味しい実を、美しい花を人に与えているのだとしたら!

 条件の悪い土地でも強く繁るよう、より美味しく、より多くの実をつけるよう、より人の歓心を買う美しく珍しい花を咲かせるよう、人間の都合のいいように人は植物に手を加えているけれども、それも全て植物の計算のうち?! だって、そうやって植物が人間の役にたつものになればなるほど、人間は植物を絶やすことができなくなって、植物の繁栄に手を貸すのだもの。

 “あれっ?!”と、もしかしたら昆虫と同じかもしれない自分の立場を見直してみる。そして、人間とは全く異なる生命の形を持つ(何と言っても「タネ」という形で何年間も自分を保存する能力を持ってる。)植物の不思議に驚き、ちょっとした畏れを感じながら素直に頭を垂れる。

 しかし、対人間の場合、生命や種の維持・繁栄のレベルだけでなく、心の部分にまで食い込んできた植物の戦略?がニクい。互いに身勝手に利用しあいながら、やっぱり愛し愛されているともいえる植物と人の関係。お二人の会話の中に、一方で腐れ縁のようでもあり、また一方でつねに瑞々しくもある植物と人の関係が垣間見えるようだ。




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2011-03-02

ゴドーは待たれながら : いとうせいこう

『ゴドーは待たれながら』 いとうせいこう

 待ち続けるウラジーミルとエストラゴン。待たれ続けるゴドー。

 『問題は……誰が……いつ……どこで待ってるかということなんだが。』

 “待つ者”がいなければ、“待たれる者”は存在しない。待っている人は本当にいるのか。約束の時は過ぎてしまったのか。それとも、今この時も待たれているのか。行かなければ。しかし行ってしまえば、もう“待たれる者”ではない。 
   
 『待つ者が死に絶えてしまった後の救世主』『果てしない宇宙の中に、たった一人で暮らしている神』

 宇宙そのものである者は何も見られない。
 絶対の存在はなにも認識できない。
 つまり……馬鹿同然だ。


 俺は一体誰に待たれているのだ。待たれている俺は誰だ。待たれている俺には“待つ”という希望さえ無い。

 進むべきルートの一つ一つが不可能性に塗り込められていく。逃げ場の無い袋小路。ぐるぐる繰り返される自問自答。問えば問うほど可能性は消されていく。どこにも行けない。何も起こらない。自縄自縛。

 ・・・しかし、実はこれは非常に巧妙な騙し絵なんじゃないかと思いたい気もして・・・ 何か一つ、見落としてるんじゃないか。とても決定的な何かを。見落としているその一点さえ見つけることが出来れば・・・ 「な~んちゃって!」とすべてが冗談に変わるんじゃないか・・・ とか・・・




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2010-11-03

からっぽ男の休暇 : いとうせいこう

『からっぽ男の休暇』 いとうせいこう

 都会で次々に舞い込む仕事を軽やかにこなし、眠らない日々を楽しんできた才能豊かな男に突然“それ”はやってきた。疲れたわけではない。才能が枯れた訳でもない。うまく説明できないが仕事はやめた。そのまま南の島へ長い休暇に・・・。

 海と太陽とぬるいビール。ある時は椰子の木につるしたハンモックの上で、ある時は波にゆられる小船の上で、ゆるゆるの思考をめぐらす。ゆるんだ記憶の中からは曖昧な童話の記憶がこぼれてくるけど、何かが違う、どこかずれてる。なんだっけ? 思い出さなきゃ。

 無理やりに思い出した結果・・・一寸法師は桶に乗って川を下るし、「鶴の恩返し」は「鶏の恩返し」にすりかわって、男はコッコッコッコッと首を振りながらビーチを駆ける。赤頭巾ちゃんを待ち受ける狼は小麦粉で腕を白く塗りたくっていて、側では子ヤギたちが震えており、あまつさえ豚の姿までが脳裏にちらつく~「豚はすっこんでろ!」


 実はこのお話を読んだのは数年前~南国・宮崎で暮らしていた頃のこと。

 南の島で男が体験するような“忘却”と“ずれ”を快感として味わうには、ずれる前のきっちりと充実して、合理的でちゃんとした形をした日常がないといけないわけですが・・・ 良くも悪くも全てが「てげてげ」、明らかに都会とは時間の流れ方が違う南国・宮崎でのゆるい日常~しかも失業中という終わらない休暇の真っ只中。太陽と緑と海と牛と蛙の鳴き声への倦怠が憎しみに変わってしまいそうな・・・ つまり、このお話を読むには最悪のシチュエーションで読んでしまったわけです。


 休暇が終わって東京に帰る男がただ羨ましいばかりだった。

 

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2010-06-16

自己流園芸ベランダ派 : いとうせいこう

 『ボタニカル・ライフ―植物生活』に続く、植物との生活エッセイ第2弾。

 前作に溢れていた、こちらまで浮き足立ってしまうような「バタバタ感」は薄れた感じ。40代に達した男の落ち着きなのか、10年を超えたベランダーとしての経験の為か、それとも文字数や文章のフォーマットが定まった週一の連載モノという体裁のせいか。どれもあるけど、それだけでもないような・・・

 相変わらず、植物が放つ魅力に抗いきれず、色々な鉢植えを景気よく買っては、よく枯らす。植物が起こす奇跡のような変化に唖然とする。決して思い通りにはならない植物たちの生に閉口する。植物たちへの残酷な無関心を発揮するかと思えば、一転、身を揉むような心持ちで完全介護体制を敷いたりする。

 一見、未熟な人間と、偉大で奔放で気難しい植物の関係は変化していないように見えるのだけど・・・ やっぱり何か変化してる。せっかく自宅に招いた植物たちとの距離感にひたすら戸惑う、『山賊と攫われてきた美女』のようだった両者の間に、微妙な(一方通行かもしれないけど)信頼関係が生まれているような。

 時に気心の知れた同居人であり、時に傍若無人な闖入者であり、時に手のかかる幼子であり、時にご近所トラブルを起こす隣人であり、時に生活に潤いをくれる美女であり、時に離れていても心の通う友人であり、そして、絶対的に異次元の生命である植物たち。

 命の在り方としては全く異質で、決して踏み込めない領域を保ちつつ、互いに関り合っている植物と人間 ・・・ いとう氏が体得しつつある、植物との間の呼吸のようなものが、驚きと落胆と喜びに満ちた植物との生活を語る文章の中に、どこか内省的な落ち着きとなって漂っているのかも。

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2010-06-12

ボタニカル・ライフ : いとうせいこう

 ベランダー(※)の一人称は「俺」である。
  ※ベランダで植物を育てる都市生活者。広々とした庭で植物を丹精するガーデナーとは一線を画す者。

 「俺」は植物を愛でる“いい人”でもなければ、植物たちにとって優秀な育成者でもない。『山賊が美女でもかっさらってきたかのように不器用に、そしておどおどと植物を見つめる』無骨かつ未完成な自分の在り様を「俺」という一人称で表明する。

 都会暮らしのベランダの上で、鉢植えたちのわがままな王であり、同時に下僕でもある「俺」。気が付いたら植物たちに夢中な日々を、ハードボイルドな諧謔味をもって綴ったベランダーの手記。


 植物と暮らす日々の驚き、不測の事態を前にした戸惑い、奔放な植物達への苛立ちと妬み、自らの無力さ、こみ上げる感動、降りそそぐような悦び ~ 何より魅力的なのは、それらのことを一気呵成に書いていく言葉のリズム。ほとばしる言葉の疾走感に、あっと思う間もなく“ぶぅんっ”と意識を持っていかれている。そして、『ノーライフキング』で、現実と小説の区別がしばしつかなくなってしまったように、『見仏記』で一緒に旅したように、今回もまた、せっせと鉢植えの世話をするいとう氏の背中をずっと見ていた。

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