2017-05-06

厭な小説 : 京極夏彦

『厭な小説』 京極夏彦

 京極さんが「厭な小説」と言うからには本当に厭なモノなんだろうと思った。ならば、わざわざ「厭な」とことわってあるものを、読まなきゃいけないだろうか? さらには、京極さんが「厭な」と言ってるモノを受けとめる気力、体力が私にあるんだろうか? そんなわけでずっと読むのをためらってきたのだが、京極さんの書くものだから「厭」だけではないだろう、と意を決して読んでみた。

 はたして・・・厭だ。これは厭だ。しんどい。でも、ちゃんとエンターテイメントとして成立してた。もっとも、エンターテイメントであるかどうかなんて受けとめる人次第ではあるけれど。例えば、世の中では歴としたエンターテイメントとして通ってるホラー映画や絶叫マシンは、私にとってはただただ腹立たしいまでに嫌なものでしかないし・・・。

 でもねぇ、見返し、目次・・・と頁を捲っていくと、ご丁寧なことに第一篇「厭な子供」の扉頁のノドのあたりに、読書中にまぎれこんだらしい蚊の死骸がぺしゃんこになって貼りついているのだ。目にした途端、「ああ・・・」と、がっかりするというか、哀しいというか、萎えるというか、それでいて懐かしい、何とも言えぬ気持ちになる。これはやっぱりエンターテイメントだろう。

 ただ、二つだけエンターテイメントとして受け入れるにはきついものがあった。一つは「厭な子供」の中で、語り手の妻にふりかかる出来事。女性としてはやはり辛い、受け入れ難い。もう一つは作中に登場する嫌な上司・亀井部長。最後の一篇「厭な小説」での彼の言動のまあ不愉快なこと! あまりのヒドさに、あやうく読むのやめてしまうとこだった(苦笑)。冷静になって考えてみれば、それだけ感情をゆさぶられたってこと。



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2016-08-13

百器徒然袋 風 : 京極夏彦

『百器徒然袋 風』 京極夏彦

 やはりどうも・・・これがあの『京極堂シリーズ』と同じ世界でのお話とは思いにくい。スピンオフを通り越して、デフォルメされた三頭身キャラでお届けする作者自身による二次創作的お遊び・・・っていう感じがしてならんのだが。シリーズ前作の『百器徒然袋 雨』よりもいっそうノリは軽く、味わいは薄くなったようだ。

 「五徳猫」「雲外鏡」「面霊気」の三篇が収められているが、引き起こされる事件はどれも人の心の闇などではなく現世の金銭的な欲から生まれた下世話で即物的なもので、妖怪のような妖しい事物に結び付けようとするのはどうも無理がある。こんな俗な事件のために京極堂が蘊蓄を語り、唯一無二の「探偵」榎木津が乗り出すのはもったいないような気がしてしまうんだなぁ。『京極堂シリーズ』コメディver.として楽しめばいいのかもしれないけど。

 最後、「ちょっといい話」になってるのも、いいんだけど、いいんだけど・・・確かに胸がちょっと・・・“ぽっ”としてしまうんだけども・・・でも、何かちが~う!



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2013-08-10

冥談 : 京極夏彦

『冥談』 京極夏彦

 幽霊でも、化物でも、妖怪でもなく、「こわいもの」のお話し。例えばそれは、「あるはずがない」「あってはいけない」場所に何ものかがある怖さ。

 収められた話のいくつかに「家」というものが印象深く登場する。「冬」という話の語り手は、匂いや音、皮膚に残った感覚を頼りに、子供の頃に訪れていた豪農であった祖母の生家の記憶を辿る・・・。


 私の父方の祖母の家も農家だった。「冬」に書かれているような豪農ではもちろんなかったが、襖で仕切られた部屋がいくつもあり、盆や正月に親戚たちがあつまると、私も兄や従兄弟、従姉妹たちと家中を走り回り、あちこち探検して回ったものだ。

 松のある庭に面した仏間、その裏の曾祖母が寝起きしていた薄暗い部屋、妙な匂いのする黒光りする水屋、ヤツデとドクダミの生えた狭い裏庭、玄関の三和土は苔でも生えていたのか深緑色で、やはり三和土になっていた台所には薪で炊く竈があり、風呂は五右衛門風呂だったなぁ。部屋の周りはぐるりと縁側がめぐらされていて、なんだか入り組んだ廊下の行き止まりには波しぶきとその上に浮かぶ月が漆喰で描かれていたように思う。

 私たち家族が寝るのは納屋の二階の空き部屋で、階段をはさんだ隣りは当時独身でまだ実家で暮らしていた父の末の妹である叔母の部屋だった。

 
 年頃の女性の部屋というものが気になって叔母の留守中にこっそりその部屋に入ってみたことがある。すると、床には何やら鮮やかな色で描かれた花札のようなものが散らばっており、その中に幽霊のような青ざめた女の人の絵があるのを見た   ・・・というのは、おそらく夢との境が曖昧になってしまっている記憶。




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2012-11-10

百鬼夜行 陽 : 京極夏彦

『定本 百鬼夜行 陽』 京極夏彦

 霞がかかったようにはっきりとしない記憶、想念、自分の内の過剰だったり足らなかったりするものに苛まれる者たち。京極堂シリーズのサイドストーリーともなる、事件関係者たちそれぞれの内なる物語。(・・・なのだが、先日読んだ『陰摩羅鬼の瑕』以前の本編ストーリーについては記憶の彼方であった。やっぱり読み直さなくては。)

 一応は現実の生活者である人たちが、奇妙に歪んだ内なる世界を淡々と語る。そんな話を10人分も続けて読めば、形も正体もわからないけれど、それが自分の中に居座っているとどうも苦しい・・・そんな妖怪様のものを内に持っているいうのは、ごくごく当たり前の、普通のことなのだという気がしてくる。だからこそ、この10人の人たちの、彼らの内なる妖怪を肥大させ、現実の生活の中に放たせてしまうことになった事件との遭遇が悲しく、恐ろしい。


 「目競」では、今では非常識で破壊的な探偵である榎木津礼二郎の、“ないものが見えてしまう”少年時代の健気な胸の内が見られる。こうなると、中禅寺の中にいるものも見せてほしくなるなぁ。 




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2012-11-03

陰摩羅鬼の瑕 : 京極夏彦

『陰摩羅鬼の瑕』 京極夏彦

 白樺湖畔に立つ「鳥の城」・・・旧華族由良家の館では婚礼の夜に花嫁の命が何者かに奪われる。5度目の婚礼を前に、花嫁を守るべく探偵・榎木津と関口が「鳥の城」を訪れるが・・・。

 最後まで訳のわからぬ謎と混乱する事態に翻弄されるような『塗仏の宴』までの京極堂シリーズとは違い、序章を読んでいる時点で大方の結末が予想できる。

 しかし、結末を予想した上でも、「鳥の城」の書斎に立つ漆黒の鶴の姿は美しくかつ不吉で、悲劇がいかにして醸成されたのかを語る中禅寺の言葉は悲しく、生きていることに怯える関口の混乱は私の神経をも苛む。


 ・・・でもやっぱり、いかに特殊な状況にあったとはいえ、由良伯爵のような死生観が身に付くものだろうか? とは思う。





追記

 この世には不思議なことなど何もない・・・のかもしれないけども、何か不思議な感じのする偶然というものはあるもので・・・。この『陰摩羅鬼~』を読んでる時にも、“あ・・・?”と思ったことが一つ。妖怪好きの柴くんと中禅寺が儒教談義をするくだりで、『「いき」の構造』の著者九鬼周造氏の名前が出てくるのだけど、その後『陰摩羅鬼~』を読む手を一旦止めて、たまたま手元にあった岩波文庫の冊子『古典のすすめ』を何気なくめくったちょうどそのページにあったのが、九鬼周造の『「いき」の構造』だったという・・・。

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2011-11-05

死ねばいいのに : 京極夏彦

『死ねばいいのに』 京極夏彦

 これも“憑き物落とし”のようなものなのかしらん。


 殺人事件の被害者・亜佐美と関わりのあった人たちのもとへ、素性のわからぬ若い男が訪れる~死んだ女のことを尋きたいと。

 見ず知らずの若者の訪問を訝しみ、その礼儀知らずで常識はずれな態度に苛立ち、邪険に追い払っても尚「アサミのことを尋きたい」という若者を前に、後ろ暗い心は怯え・・・心の中にじわじわと根をはり、いびつに凝り固まった思い~彼らの中の“憑き物”が頭をもたげる。

 だいたい、何でこの人たちは初対面のアヤしい男に、ベラベラと自分のことをしゃべるのだろう? と読みながら思ったのだけど、“憑き物”のせいといわれれば納得もできる。

 “憑き物”つきたちは、見ず知らずの男の前で語り続け、やがて、学歴も、定職も、礼儀も、常識もない男の口にする一言で・・・解体される。そして、まっさらで何も憑いていないかに見えていた男には、亜佐美が憑いていた・・・のか?

 結局、亜佐美については、ほとんど何も語られない。誰もが自分のことしか語らない。亜佐美のことを尋きたがっていた男さえ、本当に知りたかったのはおそらく亜佐美のことではなく・・・


人はどのくらい他人に関心を持っている(持てる)のか? やけに不安をあおられる。読後、妙に自分語りをしたくなる。




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2011-08-06

百器徒然袋-雨 : 京極夏彦

『百器徒然袋  雨』 京極夏彦

 中禅寺ってこんなにノリのいい人だったっけ? 中禅寺秋彦といえば、地獄のように機嫌の悪い恐い顔・・・ではなかったか?

 京極堂シリーズは『塗仏の宴』以降ご無沙汰していたのだけど、悪ノリ気味でちょっと下世話な中禅寺に違和感。非常識な探偵・榎木津が主役を張る外伝だけに、その狂騒的な空気に中禅寺まで巻き込まれたか? いや、何と言うか・・・作者自身が京極堂シリーズの登場人物たちをちょっと離れたところから眺め、動かして楽しんでいるような・・・外伝というよりもむしろ二次創作的な、本編との微妙な距離を感じる


 「鳴釜」「瓶長」「山颪」・・・探偵が捌くのは、妖怪めいた怪しく不思議な出来事ではなく、やけにこんがらがってはいるが、欲にまみれた人間の姿が見える世俗の事件。幼児のように無邪気で破壊的な探偵が事件そのものを粉砕する。無茶苦茶である。あ~ でもこの無茶苦茶な探偵は、麗人・・・なんだよなぁ。その非常識な“王様”ぶりに魅入られてしまう元依頼人の“僕”の心理がアヤしい。




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2010-12-04

数えずの井戸 : 京極夏彦

『数えずの井戸』 京極夏彦

 バラバラなのだ。こんなにもバラバラなものたちが、一体どう作用し合ってあの惨劇をもたらしたというのだろう? このバラバラな者達が呑込まれていく先は、なぜ同じ一つの闇の中だったのだろう? とても観念的な前衛芝居でも見ているようだ。


 「これで本当に全部なのだろうか」・・・常に「足りていない」という思いに苛まれる青山播磨。

 勘定をすることができず、「そこにあるもので全てなのだ」と思う菊。

 全て壊れてしまえば欠けなど無くなると言う遠山主膳。

 常に増え続けることを欲し、数えることで限りを知ることを嫌う吉羅。

 十まで数えることも出来ぬのに、一つ二つと数えていなければ何も出来ぬ米搗き三平。

 探さなければ“在る”ものを、探すから無くなる・・・ 数えなければ揃っているものを、数えるから欠ける家宝の皿。


 数えることなどできぬ全体と、数えることで生まれる細部。一旦数え始めた細部は、どんなに集まっても全部になることははい・・・・・

 彼らは“全部”もしくは“無”になろうとしたんだろうか? 似たようなものに囚われていながら、それぞれバラバラに散らばっている者たちが、暗い井戸の周りに集まってくる。バラバラだった彼らは数えることも出来ないくらい完全に壊れることで、一つのおはなしになったのだろうか?

 いや、もともと・・・おはなしは一つではなかったのか。



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2010-08-11

幽談 : 京極夏彦

 「現実」と二重写しに、幽かにそこに「ある」もの。生きている女の手首、私を眺めている死んだ友人、どこまでも追いかけてくるとても嫌なものの気配。十万年に一度ほんの数秒間だけ空を泳ぐ巨大な魚。「現実」とは異質であるけれども「そういうもの」として「ある」ものたちを語る「現実」と「異界」の間の話。

 「現実」を形づくる網目をひとつひとつ解していくと世界は少しずつその本来の姿である混沌へと帰っていく。「現実」とは、混沌に与えられた仮の姿の一つでしかない。

 私たちの現実認識の仕組みを揺るがすことで出現する異界。


 京極氏も執筆者として加わり、怪異研究の手法に関ることや、人が「ありのままの現実」と思っているものが何であるかということなどが語られている『見えない世界の覗き方―文化としての怪異』とあわせて読むと面白さが増すかもしれない。

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2007-08-04

嗤う伊右衛門  : 京極夏彦

 「四谷雑談集」「東海道四谷怪談」といった古典のテクストをほどき、京極氏の手によって新たに織り上げられた岩と伊右衛門の物語。

 「闇」「境界」「隙間」。「闇」と「己」の境界、「境界」を破って何かが侵入してくる、又は流れ出していく「隙間」・・・そういうものが息苦しくなるような切迫感をもって繰り返し書かれる。

 黒々とどこまでも広がる世間に対して、薄い境界一枚隔てて、己を保つことの不安・・・閉じて膨れるか、破れて流れ出るか・・・息苦しい闇の中で、男も女も互いに触れようとする手はすれ違いを続ける。


 美しい顔は崩れても心根は正しく、そして己の正しさに頑なな女・岩

 笑わず、主張せず、他への気遣いに磨り減っていく悲しい侍・伊右衛門

 “誠実・実直な侍”という殻を拠り所に生きてきた岩の父・又左衛門

 訳もわからぬ自らの不機嫌に苛まれる悪役・伊東喜兵衛

 妹一途の不器用な男・直助権兵衛

 鈍だが邪気のない按摩・宅悦

 自分では全て承知、自分のことも相手のことも皆解っているつもりで振舞いながら、闇の中で自らの境界が溶けていくこと恐れる心に、互いの想いは分厚いガラスを通したように屈折して触れ合うことが無い。

 それぞれに正しく生きているはずの男女の、悲しく美しい純愛物語のような、または愚かしい一人相撲の挙句の悲劇のような・・・。

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