2017-01-07

人生は賢書に学べ  読み切り 世界文学 : 著・山本史郎 イラスト・大竹守

『人生は賢書に学べ  読み切り 世界文学』 著:山本史郎 イラスト:大竹守

 この本を読むべきか否か、かなり迷ったのだ。世界の名作をあらすじで読んでしまっていいものか? だから、手に取って読み始めた後もずっと言い訳を考えていた。

 なにごともやらないよりは、やった方が得るものがある(多分)・・・よね?
 
 そもそも私は、外国文学なんて小さい時分にお子様向け世界名作全集的なものを読んで以来ほとんど読んでこなかったんだから、たとえあらすじだけでも読んでおくにこしたことはない・・・と思う。

 ゆるぎない世界的名作といっても、若いうちに読んでこそ大きく響くものがある作品ってのはあるはず。今さら読んでも遅そうな作品をあらすじだけ読んですましちゃうってのもいいんじゃない? 残りの人生で読める本の冊数なんて限られてるんだしさぁ・・・。

  ・・・とか何とか。

 実際、あらすじだけで何かをキャッチするためにはかなりの想像力が必要なわけで、「グレート・ギャッツビー」なんかは、あらすじを読んだだけではいったいなにが何なんだか、どのあたりがいいとこなんだかちんぷんかんぷん。「異邦人」や「百年の孤独」や「戦争と平和」のように、あらすじを読むだけでそれぞれに、すべてに倦んだような気分や、なんだか過剰に溢れ出るもの、大河ドラマのようなスケールの大きさと重層的なストーリーの厚みを感じさせるものもあったけど。 

 「若きウェルテルの悩み」「白鯨」「ライ麦畑でつかまえて」「百年の孤独」「戦争と平和」「ホビット」「神曲」「レ・ミゼラブル」他、18篇を収録。「読んだ方がいいんだろうな。」と思った作品はいくつかあった。でも、実際に読めるかどうかは・・・わからない。




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2015-03-07

『ホビット 決戦のゆくえ』設定画集

 気が付いたときにはもうどうしようもなく好きになってしまっていた、ということはあるもので・・・。


 昨年末、映画『ホビット 決戦のゆくえ』を見た直後は、「面白かったけど、期待したほどではなかったなぁ~」くらいにしか思っていなかったのだ。

 それが、お正月を迎えるころになって・・・ふと目の前をトナカイ(と思っていたがヘラジカらしい)、つづいて太い眉毛がよぎるようになり、「あれ?」と思ったときにはもう寝ても覚めても闇の森のエルフ王・スランドゥイルのことが頭からはなれなくなっていた!

 白金の豊かな髪、優雅な物腰、ノーブルな太眉、鹿、二刀を振るっての鬼神の戦いぶり、不敵な微笑み、傲然とした冷たい表情とその下に隠した愛情深いハート。ああ、もう、スランドゥイル王、闘いの時にはあんなに獰猛な武闘派エルフの王のくせに、あなた、なんでそんなに傷つきやすいんだ。

 「もう一度、王を見たい」「ああ、まだ足りない」・・・と、同じ映画を繰り返し見ることなんてほとんどない私が、スランドゥイルのために4回も劇場に通ってしまった。

 映画公開も終わった今、止まらないスランドゥイル愛を持て余しているっ!!! DVDを入手するまでの間(プレーヤー持ってないのにDVD買う気満々)何か王を思うよすがが欲しい・・・というわけで、本画集を購入。

 結構な大判だし値段も張るし、収納場所もお小遣いも乏しい私にとっては悩ましい買い物だったのだけど、届いた画集にはお値段以上の価値があった。実際に映像に使われたものだけでなく、映像には映らない部分のディティール、世界観を構築していく過程をスケッチやイラスト、デザイン画で見ることができ、そこに注がれた愛情、熱意、おしみなく出されたアイデアに感動する。

 何より嬉しかったのは、デザイナーたちによるスランドゥイル王の妄想戦闘シーンのイラストが収録されていること。映像化はされなかったほどの超人的な戦いぶりが素敵すぎる。添えられるデザイナーたちの言葉も熱い。

 映画にはレゴラスとタウリエルの参戦に加え、戦闘に備えて甲冑に身を固めたスランドゥイルが登場し、観客は怒りと凶暴さをまとい、輝くような真のエルフ王の姿を目にすることができます。


 ピーターから、スランドゥイルの戦闘シーンを大渦巻きのように見せたいというリクエストがありました。彼を「死の渦巻き」に見立てようというわけです。そこで彼の周りに舞い散る雪を動かして、戦いながら突き進む彼の剣が閃光を放ちながら雪と血の渦を巻く様子を描きました。


 こうした(スランドゥイルの戦闘シーンの)アイデアは現れては消えていきましたが、心の目ではこれらが上映されているところを見ることができました。





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2015-01-24

エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談-憑かれた鏡 : エドワード・ゴーリー編

『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談-憑かれた鏡』 エドワード・ゴーリー編

 このブログへのコメントで紹介して頂いた一冊。どんより曇った冬の日に読む怪談も乙なもの。

 禍々しいものが棲みつく曰くつきの家、呪いやまじない、つきまとう亡霊、不吉な夢、謎の影、恐ろしい言い伝え。どれもクラシックな味わいのある12の怪談。各作品の扉をエドワード・ゴーリーの挿絵が飾り、白と黒で描かれたの深い陰影に、じくじくと暗鬱な気分、不吉な予感がしみだしてくる。

 因縁や真相めいたものを語ることなくポンと放り出された怪異に震える。雨模様の湿って陰鬱な町の様子、森や岩場に蟠る闇、郊外の丈高い草が生い茂る丘や林の木々をざわめかせる風・・・描かれる風景の不穏さにも気分がざわめきます。

 しかし、超常的な怪異そのものよりも、怪異に関わる人たちの異様さの方が恐い。自分から嬉々として幽霊屋敷に乗り込んでおきながら、振り切れた怖がりっぷりを見せる「空家」のジュリア叔母とか、「信号手」の男の沈みっぷり、「判事の家」に棲むものの度外れた邪悪さ、「古代文字の秘法」カーズウェル氏の逆恨み具合と恐るべき偏執ぶりとか・・・。




この本を紹介していただいたリネさま

ゴーリーの挿絵や翻訳の良さもあるのでしょうが、とても雰囲気を楽しめる短篇集でした。
ありがとうございました。

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2014-12-27

忘れられない一冊 : 週刊朝日編集部・編

『忘れられない一冊』 週刊朝日編集部・編

 三浦しをんさんが異彩を放っている!

 主に文筆を生業とする著名人たちの「忘れられない一冊」。多くの人が人生の節目節目で出会った本や、忘れがたいシチュエーションで読んだ本、大切な人や時間の記憶と分かちがたく結びついている一冊を挙げている中で、しをんさんが披露するのは「ウン○を食べる話」の話である。

 小学生の頃に読んで感銘を受けた(感銘を受けたのか?!)、平安貴族の男が恋しい女のウン○を食べる話について、「あれは何と言う作品だったか?」と首をひねるしをんさん。しんみりと感動的なエピソードが並ぶ中に「ウン○を食べる話」の話とは! 一瞬言葉を失ってしまう。

 しをんさんほどの読み手ともなれば、「忘れられない一冊」なんてたくさんあるだろうに、よりによって、よりによって・・・(笑)。でも・・・ここにしをんさんの「ウン○を食べる話」が収録されていることを思うと、じんわりとお腹の中から力がわいてくるような気がするのだ。

 人生なんて何もそんな深刻なばかりのモンじゃない。「ウン○を食べる話」のことが気になって仕方がない、昔読んだ「ウン○を食べる話」について〝あれは何であったか・・・”と時折思い出しては考えている、そんな一時もある。人生ってそんなもんだよって・・・。


 それから・・・「夢の中で手に入れた本」について、まるでそれが実在するかのようにありありと語ってみせた吉田篤弘氏の「思わぬ収穫-夢の中の古本屋で」も、奇妙で面白い話であった。



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2014-10-18

リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選 : 高原英理編

『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』  高原英理編

 「リテラリーゴシック」~「文学」の形をとって具現化された「ゴシックなるもの」。中世風の怪奇趣味に彩られた「ゴシックロマンス」の枠組みにとらわれず、「暗黒」「不穏」「残酷」「耽美」「可憐」を重要な要素とし、『人間の持つ暗黒面への興味』『恐怖や残酷さへの思惟』から生まれた短篇作品を集めたアンソロジー。

 日本文学における「ゴシック」の黎明期の作品として泉鏡花、他。猟奇と怪奇を語る戦前ミステリの中から乱歩、横溝、小栗虫太郎。『血と薔薇』の一群から澁澤、三島、塚本邦夫、中井英夫、他。60~90年代の幻想文学から須永朝彦、葛原妙子、赤江瀑、山尾悠子、古井由吉、皆川博子、久世光彦、他。そして、乙一、伊藤計劃、桜庭一樹、京極夏彦、小川洋子、大槻ケンヂ、編者である高原英理らによる「ゴシック」の現在。

 錚々たる名前が連なる中で、石の都の廃墟と化した世界で愛の内に閉じて歩き続ける二人の男女と二人を囲んで行軍する死の群れを語る、絵画的あるいはある種の舞踏的な山尾悠子の『傳説』~美しくも恐ろしげなヴィジョンをともなって想念が自在にうねる古井由吉『眉雨』と続くあたりが圧巻だった。

 実は古井由吉の『眉雨』は収録作品中いちばん訳のわからない作品だったのだが、いちばん酷く私を引っ掻いていったのもこの『眉雨』だった。

『いよいよ間近に迫った事態を、実現するよりも先に、現実よりも生々しく聞き取り、聞き奪って、阻止する。身の内の恐怖を、血のにおいよりも濃く煮つめて凝固させ、その中に敵の来襲を封じる。』

『厄災の到達をぎりぎりまで、見ることの恐怖、見る側の恐怖の力によって押し留め、その猶予の間に、寄せる敵勢の源にあるはずの、攻めの恐怖を鼓舞する熱狂に、なろうことなら、ひとすじの太い視線の針を立てる。』


 恐れること~恐怖する力を極限まで高めることで、恐るべきもの、厄災の到来を阻止するという着想に震えた。

 世界と自分自身の奥底にある暗がりを見つめ続けるものだけが「ゴシックなるもの」を作品として取り出すことができる。暗がりを見つめ続ける熱狂と、暗がりにあるものを見極め、暴く明晰さ。その明晰さが残酷・・・であるような気がする。


 ところで、本アンソロジーのおかげで気になっていた謎が一つ解けた。

 以前、こちらのエントリーにも書いたのだけど、梶井基次郎の「Kの昇天」について私は「Kが月へ登っていった後の浜辺には、Kの義眼が残っていた」という妙な記憶違いをしていた。

 なんでそんな記憶違いを? と思っていたのだけど・・・

 海辺の別荘に病身を養う青年、月、砂浜・・・そんな共通するイメージのせいで、「Kの昇天」と横溝正史の「かいやぐら物語」が綯交ぜになっていたらしい。「かいやぐら物語」の最後に描かれる月光を透かしたガラスの義眼が、私の記憶の中でKの義眼になっていたのだ。



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2012-08-04

まさかジープで来るとは : せきしろ・又吉直樹

『まさかジープで来るとは』 せきしろ・又吉直樹

まさかジープで来るとは


 まずはシンプルな驚き。次いで、思わず漏らす失笑と同時にこみ上げる嘲りとも、憧れとも、尊敬とも、畏れともつかないこんがらがった感情。「ジープ」があけた風穴を抜けて、引き出された色んな想いが広がっていく。人は「花」や「月」にだけでなく「ジープ」にまで、様々に物想うようになったんだなぁ。

 じわりと内省的な共感を呼ぶ言葉が多い中で、タイトルにもなっているこの句は、ジープという車両の底抜けのワイルドさのせいか、何か、パカンと“開いた”感じがする。

 ここに収められている言葉たちが、自由律俳句なのか、それともリズムにのった自虐的なあるある、もしくはシュールな一言ネタなのか、それはよくわからないけれど、「ネタ」か、「詩」「句」かを分けるのは、この“開いた”感覚なんじゃないかと思う。

 言葉によって呼び起こされるものが内向きな共感に留まらず、喜びにせよ、悲しみにせよ、怒りにせよ、羞恥にせよ、恐怖にせよ、驚きにせよ、そこに“開かれた”何かが感じられた時・・・何かちょっと、ふるえる。




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2011-08-27

実は平家が好き。-目からウロコの「源平」、その真実

『実は平家が好き。―目からウロコの「源平」、その真実』

 昨年『平家物語』を読んだんだけども、清盛はじめ平家の人たちって、まぁ多少の奢りはあったにせよ、そんなに悪人とは思えないのよねぇ。色んな政治の局面ではなかなか大人な対応もしているし。それにひきかえ源氏の武将たちは、卑怯で残忍で野蛮なケダモノのよう。特に義経なんて、手柄に汚く、卑怯な手を使うのが得意で、正々堂々と戦うなんてはじめからアタマに無い。自分の思い通りにならないとすぐキレて、部下とマジ喧嘩。とても大将の器とは思えない実に残念な男。

 源氏方に悪評がたちこそすれ、平家が悪人に貶められるような内容ではなかったと思うんだけどなぁ~『平家物語』って。奢り昂ぶった極悪非道の悪人。貴族かぶれして猛々しさを失った情けない武士。そういうイメージってどこから出てきたんだろう。

 そういう悪評にさらされる平家の人々を弁護する。国際感覚に長け、合理的な精神と卓越した政治的センスと行動力を持った清盛の実績を再評価し、重盛、知盛、教経、敦盛、忠度、経正、惟盛ら魅力的な平家の男たちの死に様、生き様を見ることで、華麗なる一族・平家の姿を浮き上がらせる。

 内容は歴史雑学的な軽いものだけど、『平家物語』の名シーンを反芻しながら読むとちょっと感動。




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2011-07-16

伊東忠太動物園 : 藤森照信・増田彰久・伊東忠太

『伊東忠太動物園』 藤森照信・増田彰久・伊東忠太

 学生時代、何度か一橋大学の兼松講堂を利用させて頂く機会があった。ほぼ1日中を講堂内で過ごし、最初は何も感じなかったのだけど、ある時、建物内の階段で、ふと視界の隅に変な鳥がいる気がして“ギョッ”と振り返った。細部はもうかなり曖昧で、私の中で半ば以上ファンタジー化してしまっている記憶なのだが、あの“ギョッ”は忘れられない。それが、伊東忠太の怪物との出会いだった。

 一度気付いてみると、兼松講堂のあちこちには奇怪な姿の動物がとり付いている。“うぁっ クリーチャー! クリーチャーがおる。兼松講堂、スゲぇっ”・・・身近にこんな異次元があったことに、ふるふると異様な悦びと興奮を覚えてしまった。

 その後、兼松講堂やその怪物たちが伊東忠太の設計によるものだと知って(自分で調べた覚えは無く、どういう経緯で伊東忠太のことを知ったのか、我ながら謎なのだが)、歌舞伎見物に上京した折に、築地本願寺へも怪物探しに行ったのだけれど、その寺院としてはあまりに風変わりな姿にも、そこに棲む動物や幻獣にも、兼松講堂で感じたほどの衝撃と悦びは無かった。

 やはり“怪”には、無防備な日常の中で遭遇してこそ・・・。

 
 ところで、伊東忠太の怪物の写真を多数収めたこの『伊東忠太動物園』~著者の語り口が妙に可笑しい。靖国神社境内の遊就館について、伊東忠太が直接設計をしたものでない可能性を指摘しての言葉。

 そのせいか、伊東ならではの図像が見られないし、また、鬼面がついてはいるものの、こうしたこれ見よがせは彼の好みではないし、鬼面のタッチも伊東好みとはいいがたい。伊東はもっとクリクリモコモコした形が好きなのである。


 大の大人の発言にしては、妙に幼児的というか駄々っ子的というか(笑)。妄想家・伊東忠太に著者自身も多くの妄想を託している・・・というか、“この人は、伊東忠太を見ているとワクワクしてたまんないんだろうな”と思わせるフシが言葉の端々に見えて何だか可笑しい。

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2011-06-11

チーズと塩と豆と : 角田光代・井上荒野・森絵都・江國香織

『チーズと塩と豆と』 角田光代・井上荒野・森絵都・江國香織

 NHK・BSの紀行番組と連動したアンソロジーだということは、読む前にちらっと目にしていたのだけど、それにしても、収録された4篇のうち3つまでもがとても似かよったトーンの作品になっているのはどういう訳だろう。

 スペイン・イタリア・フランス・ポルトガルの田舎を舞台に、その地に根付いて暮らす人々、土地の風土とそこにしみ込んだ「食」を描いた4つの短篇。

 何かを考え始める前から周囲にあり、その中で育ち、口にしてきたもの。身体と心の根幹を養ってくれた食べ物。深く刻み込まれた生まれ故郷の刻印。

 私もまた、広島の郊外で生まれ育ち、東京に出てやっと息をついたような開放感を味わい、九州で暮らしてその風土の違いを実感し・・・自分の中に、数年前まで意識することのなかった「お好み焼き愛」が芽生えているのに気付いて驚いたりしている。

 しかし、まだ故郷の町の窮屈さや、田舎の頑迷さを恐れる気持ちの方が強い私は、作中の主人公たちが、強い強い何かにひかれるように都会から生まれ育った田舎に戻っていく姿には、かすかな失望と反発を感じる。

 私が共感を覚えるのは、「アレンテージョ」の中のこんな言葉の方だった。

 僕は思うのだけれど、おなじものを見るというのは大事なことだ。べつべつの思考がべつべつの肉体に閉じ込められている二人のべつべつな人間が、それでもおなじ時に同じ場所にいて、おなじものものを見るということは。

 僕は思うのだけれど、おなじものをたべるというのは意味のあることだ。どんなに身体を重ねても別の人格であることは変えられない二人の人間が、日々、それでもおなじものを身体に収めるということは。

(「アレンテージョ」江國香織)





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2011-03-26

シティ・マラソンズ : 三浦しをん・あさのあつこ・近藤史恵

『シティ・マラソンズ』 三浦しをん・あさのあつこ・近藤史恵

 ニューヨーク、東京、パリ・・・沢山の人々が暮らす街。大都会の風景の中を、それぞれに“走る”人。

 スポーツ用品メーカーのWEBサイトに掲載された作品ということで、事前にそういうオーダーがあったものか、三作品とも、『競技生活に見切りをつけ新たな生活をはじめたものの、何か消化・昇華しきれない思いと喪失感を抱えるかつてのアスリートが、“走る”という行為に改めて触れることで、これまで見えなかった世界を感じ、驚き、新たな息吹を吹き込まれる』~という判で押したような展開で、驚きには少々欠ける。

 しかし、“走る”肉体を、“走る”ことを介して生まれる人と人の繋がりを、シンプルに、純粋に“美しい”と感じさせてくれる点ではさすがなのだ。特に、(『風が強く吹いている』のイメージがまだ強く残っているからかもしれないが)三浦しをんの書く“走り”はのびやかで、美しく、感動的だ。

 ・・・とか何とか・・・“走る”どころか、電車のホームの階段を駆けあがっただけで、その日一日具合が悪くなってしまうような私がこんなことを言うのは、我ながら嘘臭いというか、白々しいというか、薄っぺらいというか・・・何とも後ろめたい気もする。

 でも、だからこそ私にとって、“走る”ことを愛し、“走る”ことが幸福とつながっている人類の存在というのは、畏敬の念を抱いて見上げる決して届くことの無い領域のお話で、夢と驚きと祈りと祝福と、それをすべて包み込む美しさに満ちているのだ。


 

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